第113話 衝撃
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「4階は誰もいない…」
階段前の最後の部屋の扉を静かに閉じてから俺は呟く。
ここまで浮遊魔法を使って足音を消しながらひたすら隠密行動で部屋を巡ってきたが、人の気配が一切しない。
ただ、ここまで捜索してきた部屋にはそれぞれ人が居たであろう痕跡は確認できており、少なくとも昼までは何人かが仕事をしていたと思う。
それでも不自然なほどにひと気のない4階フロアに、俺は腰に手を当てて考え込む。
(終業時刻が終わったから全員が一斉に帰宅したのか?いや、この違和感、何となく違う気がする。もしくはここで何かが起きたのか?全員が立ち退かなければいけない程の事件が…?いや、それにしてはそれぞれの内装が綺麗に片づけられている)
考えても考えても納得のいく答えは出てこない。
今日はこんなのばっかりだ。
俺は溜め息をついてから両手で頬をパチンと叩く。
(うん、割り切ろう。きっとニュートさんならそうする)
俺は一旦この違和感を頭の隅に追いやってから、努めて静かに階段の手すりに手をかけた。
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「……いや、ここは考えないとダメだ」
アレクは一人残された応接間のソファに腰を掛けながら、小さく呟く。
リゼとニュートが部屋を出てからたった数秒後、アレクは拭いきれぬ違和感に改めて向き合う事を決めていた。
アレクは目の前の机に手をついて、これまでのニュートの行動を振り返る。
(ニュートさんは明らかに何かを急いでいる。いつからだ?少なくとも最初、僕らがニュートさんに出会ったときは何も急いでいなかった。リゼ先生と出会ってから?違う。…シエル君がシャルロッテさん捜索の事をニュートさんに伝えてからだ)
アレクは机に広げた自らの掌を見つめ、集中力を最大限まで高める。
そしてじっと一点だけを見つめて、顎に手を置く。
「…なんでニュートさんはここまで強引に僕らを連れてきた?なぜリアラさんを一人置いて、そしてシエル君も一人で…っ!!」
そこまで呟いてから、アレクは一つの可能性に辿り着く。
その瞬間、アレクはソファから立ち上がり天井を見つめる。
「…いや、そんな事、ありえるのか…?それでも…」
アレクはぎゅっと拳を握りしめて、今度は応接間の扉に目を向ける。
シエル、アレク、ニュート、リゼ、そしてリアラ。
「…ニュートさんにとって今の状況は、最大のチャンスであり、最大のピンチだったんだ。だから、僕らを全員分断する必要が有ったのか」
その時、応接間の置時計はちょうど6時を指していた。
何かが、起ころうとしていた。
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「ここが、グリムの書斎だったはず」
「……本当に誰もいませんでしたね」
「だな」
ニュートとリゼの二人は足音を立てずに事務所内2階に到達していたが、そこに至るまで注意深く伺っても人っ子一人も見つける事ができずにすんなりとグリムの書斎までやって来ていた。
不気味なほど静かな廊下で、ニュートは隣のリゼに声をかけてある部屋を指さす。
声を出せば誰かが反応するかもしれないと期待していたニュートであったが、やはりこの2階にはリゼ以外に誰もいないようだ。
ニュートは肩をすくませてから立ち止まり、部屋の扉の前で一度小さく息を吐く。
「それじゃ、どうせ鍵がかかっているだろうけど、確かめておこうか…な?」
「……っ!」
ニュートは扉のドアノブに手をかけて軽く引いてみると、扉はギギギ…と小さく軋みをあげて問題なく開かれるのであった。
その様子を見たリゼは予想外の展開に目を丸くしているが、ニュートはドアノブを握りながら考えを巡らせていた。
(…なるほど、これはいよいよだな。あいつはどこまで読んでいる?)
「…先輩、どうするんですか?」
「……」
扉の前で固まっていると、隣で心配そうに見つめるリゼがニュートに声をかける。
その声に我に返ったニュートは、一度ごくりと唾を飲み込んでから答えた。
「…決まってるだろ?僕は行くよ」
「…待ってください、今回は様子見だけだったはずです、これじゃ…」
正義感の人一倍強いリゼが何を言いたいのかニュートには分かっていた。
だからニュートは制止される前に小さく扉を開けて書斎の中に入り込んだ。
「あ、もう…!」
ニュートを制止する事ができなかったリゼは少し迷いながらも、辺りを見渡してニュートに続いて静かに部屋の中に入る。
書斎の中はまるで2週間前にニュートが訪れた時と変わらない、殺風景な内装のままだった。
ニュートはゆっくりしている暇がない事を理解し、リゼの事を気にすることなく、スタスタと目的の場所へ足を進めていた。
(執務机の後ろの棚、左上から3番目)
ニュートはグリムの執務机を横切ると、棚の前で立ち止まって躊躇いなくその棚を引いた。
「……!」
その時ニュートは思わず声を出してしまいそうになるのをぐっと堪えて、改めてそれを自らの目で確認する。
棚の中で横たわるそれは確かに2週間前にニュートがグリムに手渡した汚職の証拠書類だった。
この2週間グリムがこの事務所を訪れた記録は確認できなった、まさしくあの時と同じ状態で放置されていたのだろう。
ニュートは棚の中からその書類の束を取り出してから、振り返ってリゼに報告する。
「リゼ、これが僕の探していた…っ!!」
その瞬間、ニュートの視界がブラックアウトする。
同時にガシャァンッ!!と大きな音を立てて棚が崩れ落ちるのであった。
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その30秒前。
俺は3階フロアに到達し、目を丸くした。
一つの部屋の扉だけ大きく開け放たれ、中からほんの微かに魔力を感じるのだ。
「…………」
もしもあの部屋に誰かが居るのだとしたら真っ先に警戒しなければいけない、俺はいくつかの部屋を飛ばして浮遊魔法でその部屋の傍まで急いだ。
部屋の入り口のすぐ隣に腰を下ろすと、嫌な汗が一筋頬を伝う。
心臓の音が聞こえるようであったが、息を整えて覚悟を決める。
俺は懐から手鏡を取り出して、そーっと角度を調整していく。
ゆっくりと中の様子を確認していくと、ある人物の姿が映り、俺は驚いて手が固まった。
見覚えのある銀色の髪に、見覚えのある制服、そして一度見たら忘れないその美しく儚げな顔立ち。
俺は思わず顔を覗き込んで声をあげる。
「……シャ……っ!?」
「『獄炎龍』」
俺がようやく見つける事ができたシャルの姿をその視界に捉えたと思った次の瞬間、俺の視界の全てが炎に包まれた。




