第106話 ペチペチ
8月7日 16時15分
時計は既に中で会議が始まっているであろう時間を示している。
そんな時に俺は浮遊魔法を使い、ニュートさんを背中に乗せてとあるお店の屋根の上にのぼるとひっそり息をひそめる。
「…あそこが中央議会だ。見えるかい?」
「確かに、凄い厳格でおっきな建物が見えますね。……だけどなんで俺達隠れなきゃいけないんですか?」
「言ってるだろ?僕はどこの派閥にも所属していない、無所属議員なんだ。だから少しでも立ち回りをミスってどこかの派閥の怒りを買えば派閥総出で潰しにあう…」
そう言ってニュートさんは中央議会の前に整列する憲兵の人達を指さす。
彼らは恐らく議会を守るエリート憲兵たち、うちの学園の卒業生の中でもその魔法使いとしての力量を認められ憲兵として出世する人も多いと聞く。
「ちなみに僕は議長派からも副議長派からも怒りを買ってる」
「議員としてほぼ詰みじゃないですか!?立ち回りミスりすぎでしょ!」
「いや、それでも昔は軽い嫌がらせをされるくらいで済んでいたんだけど、最近グリム派からも怒りを買っちゃってね」
「…そんなお気にのスニーカーを買い替えるくらいのペースで人から怒りって買う事ができるものなんですね」
「う、うるさいなぁ!とにかく、僕はとうとう虎の尾を踏んでしまった。だからいま正面をきって議会に入り込もうものなら、あの憲兵の人達にペチペチされちゃうだろう」
「ペチペチ…」
政治の裏側のえげつなさ過ぎる話をしているニュートさんであったが、その顔は悲壮感にあふれるという訳ではなく、むしろこの状況を楽しんでいるようにすら見えた。
だから俺は尋ねてみた。
「一体なんで、グリム派からの怒りを買っちゃったんですか?」
「……別にそれも隠すつもりはないよ。なぜならそこに今回君達に協力してもらいたい仕事のターゲットがあるからね」
「ターゲット?」
「あぁ、話はたったの2週間前に遡る」
アレクとリアラさんを地面に置いてきたまま、屋根の上の俺達二人はちらりと目を合わせる。
そして腕を組んでニュートさんは語り始めた。
******
2週間前、7月24日
「…ほぉ。確かにこれは、髭ジジイのコバンザメどもを追い詰める証拠となるだろうな。だがなぜ俺だ?あんたも今更あいつらの顔色を伺う必要もないくらいには嫌われてるだろうが」
「グリムの言う通りだ。だけど僕には力がない、これを議会に提出しても揉み消されてしまう可能性がある。現にそういった事が何度かあった。だからこそ、今議会で急速に力をつけているお前に託したいんだ」
僕は夕暮れ時、グリムがここコリントスの街で構える事務所にて二人きりで対面していた。
僕が手渡した書類をめくりながら内容を確かめるグリムは真面目な表情でチラチラと僕の顔を伺いながら静かに読み続ける。
普段エンドレッド魔法学園の副学長として働くグリムがこの事務所に滞在しているのは1か月に1日もない。
そのタイミングで名だたる政治家たちもグリムとの顔合わせをしようと詰めかけるものだから、僕が時間を取る事ができたのは運がよかった。
特に最近はグリムを取り巻く政治家たちの動きが激しくなっているようにも見えていたから、余計にそう感じる。
そして今回僕がグリムに手渡したのは、副議長派の幹部として全国元老評議会にも参加する予定だった議員の汚職に関する証拠だった。
議会の中では僕と敵対する勢力も多いが、少数ながらも若手で苦労をしている僕の事を気にかけてくれている優しい中堅議員の方々とは密に連絡を取り合っている。
そんな関わりの中で偶然発見し半年以上をかけて調査してきたこの証拠は、必ず議会でも取り上げなければいけない事項だ。
「…相変わらず、正しくない事は自分を犠牲にしてでも許せない、あんたの悪い所だ」
「そう、かもな。僕は別に人の不祥事で飯を食っていきたいわけじゃない。ただ単に、どんな小さなことでも大きなことでも、僕が解決できる立場にいて見逃したり諦めたりする事ができない、小さい男なんだよ」
「だからもう一度聞く、なぜ俺だ?俺はあんたとは真逆の人間だ」
グリムは書類をぱたりと閉じて僕の目を見て尋ねてくる。
分かってる、グリムという男がどんな男で、なぜもう一度同じ質問を繰り返したのか。
あの事件があって、変わってしまったと思ってた。
だけど偶然この街で再会してその目を見た時に、あの頃と全く変わらない純粋な瞳をグリムは持っていた。
だから僕は自信を持って答えた。
「お前にしかできないからだ。これをどう利用したってかまわない、お前の成り上がりの為の踏み台にしてもいい。だけど、僕はお前を信じているから、必ず悪い事を悪いと声をあげて実行する事ができる奴だと信じているから…」
「悪いが、俺はもうあの頃とは違う」
グリムはそっと目を閉じると立ち上がって僕の差し出した書類を片手に背後の棚に向かう。
その一つ一つの所作はゆっくりで、一度もこちらに振り返ることなく書類を棚の一つに仕舞い込む。
その様子を見届けた僕は、声を震わせて小さくグリムの名を呼ぶ。
「…グリム。何をやってる…お前まさか…!」
「今、波風を立てられるわけにいかないんですよ、先輩。…分かったら早く帰れ、話は以上だ」
「待て!それはどういう意味だ、副議長と何を企んで……」
「ここで殺してもいいんだ。分かってるだろ、あんたの魔法は俺には効かない」
そう言ってグリムは机の上で一つの魔水晶をコロコロと転がす。
分かってる、僕の魔法じゃ、グリムの爆破魔法に到底かなわない。
僕は唇を噛みしめて、くるりとグリムに背を向けて扉の方へ歩みを進めた。
「…憲兵には気をつけろよ。今回の情報代として、最後の忠告だ」
「…分かってるよ、そもそもお前に接触しようとした時点で目はつけられてる。ありがとうな」
「………」
僕は後ろを振り返ることなく答えると、一気に扉を開ける。
するとそこには金髪でスーツを身に纏った秘書のような美人の女性が一人佇んでいた。
僕に対し深く頭を下げるこの子は一体いつからここに居たのだろうか…いや、そんな事はどうでもいい。
僕は振り返って一言だけ言い残して部屋を出た。
「僕は諦めないよ。僕一人でも必ず暴いてみせる」
「勝手にしろ」
*******
「……という我ながらクールすぎる別れを経て、僕はグリムに手渡した書類たちを取り返そうと…」
「コピーとっときゃ良かっただけの話ですよね?書き写しもせずに原本丸々グリムさんに手渡しちゃったらそうなるかもしれないって普通分かりますよね?」
「…………必殺・正論反対パーンチ!」
「うげえ!やばい、この人普通に学生に手を出してきたよ!憲兵さんにペチペチされてきてください!」
この人、一々カッコつけてるから誤魔化されそうになるけど、案外ポンコツなのかもしれない。
屋根の上でじゃれ合いながら取っ組み合いになる俺とニュートさん。
しかし、そんな様子を200メートル以上離れた中央議会の6階バルコニーから見つめる視線がある事をこの時の俺達はまだ知らなかった。
そしてすぐ次の瞬間、俺は思い知る事となる。
「おりゃ!てい!…………ん?」
そこでニュートさんはおもむろに中央議会の方へ顔を向けると、何かを察知したのか、突如として血相を変え勢いよく俺の口を塞ぐと俺の肩をぐっと引き寄せる。
「え、ちょ…!」
「伏せろ!!」
ガッシャン!!!
と、先程まで俺のいた屋根が破壊音を立ててその一部を失う。
その一部始終に驚いて中央議会の方に顔を向けようとした俺はニュートさんに腕を掴まれて顔を隠すことを優先した。
すると今度はニュートさんのいた場所が狙撃される。
顔を伏せながら俺は隣のニュートさんに視線を合わせる。
「誰に狙われて……」
「やっぱりこうなったか。これはグリムの差し金か?いや、少し違うな」
「ニュートさん?」
「議会の方から…ただの憲兵でもない。…うん、一度ここから降りて逃げるよ、地上の憲兵たちにも今のでバレた」
「それは、一体どこに向かう予定でですか?」
「目指すはグリムの事務所だ。僕の予想が正しければそこに居るはずだ。君の彼女と、僕が訪れた時にもいたあの金髪美人秘書のフローラという女がね」
「………!」
「どうせ狙われているのなら、この状況を利用して少しだけ騒ぎを起こそう。責任は全て僕が負う。だから僕を信じてくれ」




