第104話 この世界の理を破壊しうる魔法
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11年前
僕が教室の扉を開くと、その老人は安楽椅子を揺らし窓の外の風景を眺めていた。
忘れもしない11月の、ちょうど紅葉が落ちて秋の終わりを告げる、そんな日の事だ。
「お呼びですか?ローラン先生」
「……あぁ、ニュート君に一つ見て欲しい新魔法があっての、その机の上、素直な君の感想を教えて欲しいのじゃ」
「先生の新魔法ですか!それは興味深いですね!早速見てもいいですか」
「あぁ……」
その日の先生の笑顔は妙に寂し気だったのを覚えている。
いつも小さな字でびっしりと埋め尽くされた先生の新魔法理論のノートであったが、今回はいつにも増して分厚いページ数にわたって新魔法の理論が説明されていた。
これまで数百もの新魔法を編み出してきた先生の新たな魔法にはいつだって心躍らされる。
じっくり読み込むために僕も先生の横の椅子に座ってノートをペラペラとめくっていく。
自慢ではないが僕は魔法理論の授業が得意で、1位を取り逃がしたことがない。
1学年上にダリアという怪物が全教科学年1位を3年間取り続け、しまいには数多のスカウトの話を蹴って実家の家業を継ぐという破天荒大天才ぶりを見せつけられたものだから、本当に自慢はできないのだけれど。
しかしそんな姉御も卒業し、先生はしばしば新魔法の感想を僕に求める事があった。
いつも僕は感嘆だけして終わるものだったが、そんな反応を見るのが楽しいのだとも言っていた。
今回もそれで終わるのだろうと思っていた…しかしそこで、ん?と気付く。
「……理論が難解過ぎて再現性がほとんどないのはいつも通りですけど……これを先生が考えたんですか?」
「……あぁ、そうじゃ」
少し間をおいて先生は答える。
僕は眉を顰めながら続ける。
「それじゃあこの魔法は……この魔法だけは発表しない方がいいと思います。これは……今の世界を支配する理に反する魔法です」
「………」
「……先生も分かっているでしょ。これは……あの学長先生に届きうる、いや、殺しうる唯一の魔法になる。学長先生を敵に回せば先生とてどうなるか……」
「分かった、ありがとう。それ以上は大丈夫じゃ、ワシも、分かっておる」
ローラン先生はそれだけ言うと僕からノートを取り上げ、パタリと閉じる。
あまりに危険すぎるこの魔法の理論を知り尽くしてしまえば、僕にも危険が及ぶと考えたのだろう。
しかし僕もすぐに立ち上がってノートを取り返す。
「……なぜ先生がこれを僕に見せたのか、誰がこの魔法を考えたのか、何となく分かってます。僕も姉御に託されたものがある……だから僕にも背負わせてください」
「…………」
ローラン先生は伏し目がちに俯いてから再び椅子に座り込む。
後にも先にも、こんなにも自信のない姿の先生を見た事がない。
ノートの表紙に書かれた『爆破魔法』の四文字。
この魔法だけが持つ特異な性質が、のちに学長先生を巻き込んだ大事件を引き起こす事を、この時の先生は少しだけ予感していたのかもしれない。
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「あのぉ、結局『爆破魔法』ってなんなんすか?響きカッコいいし俺もできれば使ってみたいんすけど」
「黙ってろカス!」
「はいはい、俺はカスカス」
「一々癪に障る野郎だ。それに教えた所でてめえのような雑魚には扱えねえよ」
とかを馬車の中で言い合いながらも、ヘンリも特にへこたれたりする事無く、グリムも気にせずと言った感じでお互いが不穏になるという事はない。
というよりもグリムはヘンリの言葉にまともに耳を貸す事無くひたすら鞄の中から取り出した膨大な量の手紙を一枚ずつ読み込んでいた。
「じゃあその手紙は誰から?」
「さっきからうるせえな」
「悪いけど俺は沈黙に耐えられないという重病なんすよ。あんたは病人にフルマラソンを走れって言うのか?」
「普通に言うが」
「………」
「久しぶりに完全敗北した人間の表情を見れた。分かったら黙っとけ」
黙らせられたヘンリはせめてもの抵抗とばかりにグリムの読む手紙の差出人の名前を覗き込もうとするが、グリムは読み終わった大半の手紙を一個ずつ爆破して証拠を滅していくから全然分からない。
いい加減諦めて静かにしていようと決心するヘンリであったが、そもそもこれはどういう状況だ?
なんでグリムと同じ少し高級そうな馬車に乗り込み、普通に会話する事ができているのか。
多分グリムが何かを企んでいるという事は分かるけれど、それが何なのかヘンリにはさっぱり分からなかった。
しかしだからと言ってやることは変わらない。
一日中グリムの傍に居る、これだけ果たす事ができればそれでいい。
ヘンリが学園から持ってきた木刀を胸に抱いて少し目を瞑って休んでいると、手紙から顔を上げたグリムはちらりと窓の外に視線を移した瞬間に突然馬車がガタリと揺れる。
「…ど、どしたんすか!」
「魔物に襲われたか」
「ぐ、グリム様!!」
外でグリムの部下らしい馬車の御者を務める若い商人の男が叫ぶ声が聞こえると、馬車の窓を開けてグリムは思い切り体を乗り出す。
ヘンリも遅れて同じようにグリムの後方の窓から体を乗り出すと、そこには鳥型の魔物がいた。
「あれはブラッククロウか、アレクとシエルもこの前遭遇したって言ってたっけ。どうします?商人の人もう連れ去られそうすけど」
「クソガキ、何でもいいから石ころくらいの大きさのものを貸せ、さっさと!愚図!」
「わ、分かりましたよ」
明らかに人にものを頼む言い方ではなかったが、そんな事を言ってる暇もない。
ブラッククロウと呼ばれる鳥型の魔物は普段比較的穏やかな性格な筈、それなのに人を襲うなんて珍しい事態だ。
(いや、シエルも言ってたな、アレクと一緒にクエストに出かけた時に人間を襲うブラッククロウが現れたって。ブラッククロウに何か起きてるのか?…違う違う今はそれよりも…!)
ヘンリは一瞬考え込んでしまうがいつかのダンジョン攻略の際に拾ったゴブリンの角の欠片をポケットに入れたままにしてあることを思い出して、急いでグリムに投げつけると、グリムはそれを逆手で受け取ってそのまま勢いよくブラッククロウへ向けて投げつけた。
グリムの戦い方を見てみたくて敢えてグリムに戦闘を全任せという選択を選んだが、その躊躇のなさとありえない判断の早さに驚く間もなく角の欠片はまっすぐブラッククロウへ向かって飛んでいく。
そしてグリムは呟く。
「ちょうどいい、お前にさっきの答えを教えてやる」
「え?」
「これが俺の『爆破魔法』だ」
それに気が付いたブラッククロウはガァ!を勇ましい叫びに魔力を乗せて、グリムの投げつけたそれを吹き飛ばさんとする。
しかしグリムの投げつけた欠片はそれによって勢いが留まるという事なく、チリチリと小さな音を立てて勢いそのままにブラッククロウの体に着弾する。
「ガァッ、ギエッ……!?」
「……!?」
「爆ぜろ」
そして次の瞬間には欠片は大爆発を起こし、御者をしていた若者商人を掴んでいた足を残してブラッククロウの体の大半が木っ端みじんに吹き飛ぶ。
痛っ、と叫びながら尻もちをつく商人。
しかしその様子を冷静に観察していたヘンリは、信じられないものを見たという表情で固まっていた。
「仕事を続けろ。急げ」
「は、はい!すぐに!ありがとうございました!」
感謝を述べる商人に特に何を誇るでもなく当たり前のように元通り、手紙の読み込みを再開したグリムであったが、ヘンリは体を馬車の中に戻してがっくりと項垂れる。
「……やっぱりそうか!だからあの時……」
「……やはり勘づいてやがったかクソガキ。ま、気付いたところでどうしようもないがな」
「そうだな、どうしようもない。たとえ無敵の学長先生だろうと、どうしようもない領域だ」
ヘンリは納得して何度も頷くが、グリムは手紙を選別していくのをやめる事はない。
ヘンリが思い出していたのは少し前にリアラとアレクの3人で相対した際のグリムとの戦闘。
あの時グリムがつくり出した水流は、人差し指を差し出したグリムの爆破魔法によって簡単に爆散させられたが、少し違和感を感じていた。
あの時のヘンリの感覚としては、グリムの人差し指をヘンリの水流が飲み込んだ時、その後ほぼ同時に起きる爆発以外の効果によって、グリムの人差し指を飲み込んでいた水流そのものが既に破壊されていた。
それにさっきのブラッククロウ。
確かにブラッククロウは多少の魔力しか扱う事ができない比較的雑魚な魔物ではあるが、先程の咆哮には少し風魔法が込められていたのが分かった。
にもかかわらず、グリムの投げた欠片は一つの失速をすることなくまっすぐにブラッククロウへ吸い込まれていった。
(信じられない、だけど……)
「……ただの爆発だけじゃない、魔法そのものの構築を破壊する魔法、それが『爆破魔法』という事か。つまり、あんた相手にはどんな防御魔法も通用しない。そしてそれを知った所でとり得る対策も、ない」
それはまさしく、この魔法世界の理を壊す魔法。
グリムはちらりとヘンリに視線を移してから、再び手紙に視線を落とすのであった。
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