第102話 集結する登場人物たち
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8月7日 正午
「……まだ、居座るつもりか?」
「そういうあんたも、俺を強引に追い出さないんすね」
「俺は無駄な事はしねえんだよ」
ひたすらキャンバスを見つめて筆を動かすグリムと、その横で椅子に座りじっとその様子を眺めているヘンリであったが、短い会話を終わらせると再び沈黙の時が訪れる。
朝シエルに叩き起こされたヘンリであったが、シャルロッテが学園から姿を消し、そこにグリムが関わっている可能性があると告げられてここに来た。
シエルからの言いつけはたった一つ、グリムという男を一日中見張る事。
どのようにグリムが活動しようとも常にその傍に居続ける事だった。
一体その任務に何の意図があるのかヘンリには理解ができなかったが、シエルには何か考えがある、少なくともそう納得されるほどの気迫に満ちていた。
考えず、ひたすらにグリムの傍に居続けたヘンリであったが、ちらりと時計に目を向けてから再び口を開く。
「それは一体何を描いているんすか?」
「別に。誰かさんのせいでこの前なくなった俺のコレクションを再現してるだけだ。まだ根に持ってんだからな」
「いや、あれは自分でやったんじゃねえか」
「うるさい。学生の手柄は教師の手柄、教師の失態は学生の責任、これが俺の副学長としての信条だ」
「クソ野郎じゃん」
そんな事を言い合いながらであるが、グリムはキャンバスから目を逸らす事無く一心に筆を動かしていく。
適当にあしらわれているのだろう、それでも前回に相対した時とは違うその穏やかな瞳にヘンリは少なからず動揺していた。
(シエルが言うには、この人がシャルロッテさん失踪に関わっている可能性が高いって話だろ?なんでこんなに落ち着いてるんだ?)
ヘンリはすっと目を細めて改めてグリムを観察してみるが、一向に答えは出てこない。
「あぁ、もう、俺は頭使うキャラじゃないんだよ」
「嘆きたいんだったら一人で嘆いてろ。さっさと帰れ」
「だから直接聞きたいんだけど、あんたシャルロッテさんをどこにやったんだ?」
ヘンリは思い切って直接疑問をグリムへ投げかけてみたが、グリムは依然筆を動かしながら動揺する事も無く答える。
「はん、何の事を言っているのかさっぱりだ。俺が知るわけないだろうが」
「じゃあ、あんたの秘書みたいなあの金髪女はどこに行ったんだ?どうやら学園にはいないようだけど」
「…………」
その問いかけにようやくグリムは反応し、ちらりとヘンリの方を一瞥すると、今度は筆を置いて教室の窓の方へ視線を向け直す。
「……それについても俺の知ったこっちゃねぇな。そういうお前のお仲間達もどこに行ったんだ?」
「俺もあんたと一緒だよ。お互いボッチ仲間として傷を舐め合おうぜ」
「やっぱお前出てけってクソガキ」
笑顔で親指を立てるヘンリに呆れるように言い放つグリムであったがやはりその表情は穏やかそのものであり、すぐにキャンバスに向き直る。
ヘンリは続ける。
「あんたの師匠、ローランさんが亡くなったらしいな。最後に会いに行ってやったりはしないのか?」
「バーカ、俺ほどあのジジイを憎んでる奴もいねえよ。くたばって済々してるに決まってんだろ」
「そうすか……」
淡々と答えるグリムに、ヘンリは諦めて足を組みなおす。
しかしグリムは少し間をおいてから再び続ける。
「……ま、俺がこうして絵を描くようになったのはあのジジイの影響でもあるがな。その点とあのジジイだけが持つ新魔法生成のスキルは、俺が生きてきた中で最も利用価値のあるものだったと断言できる」
「へぇ、凄い人だったんだな」
「しかし入学当初、あのジジイの弟子として1学年上に軟弱者なお節介野郎が、2学年上に先輩面した男勝りなクソ女がいた事は大きなマイナスだったがな」
「誰の話っすか?」
「昔の話だ、黙ってろ」
自分から語り出しておいて勝手な奴だと思うヘンリであったが、グリムはそんな事を語りながらも感傷に浸っている様子でもなくただ淡々と筆を動かしていく。
しかしなんとなく、昔を語るグリムの顔はまた一層穏やかなものになった気がする。
「この前、悪口暴言の宝石箱だった人とは思えないなぁ」
「お前、心の声が完全に漏れてるからな。とっとと消えろ」
グリムはヘンリに向かって言うが、ちらっと時計の方に視線を向けたかと思えば突然立ち上がり筆を置き、机の上の書類をまとめ始めた。
「ん?終わったんすか?」
「俺はお前ら程暇じゃなねぇんだ、バカ。働いて税金を納める事もしてねえ奴がうるせえ。ガキだろうと勤労の義務も果たしてない奴に人権はない、これが俺の持論だ」
「そんな事言ったらあんただって子供の頃働いてたのか?」
「俺はいいんだ、だが俺以外は許さん」
「やっぱり改めてなんでこんな人が副学長なれたのか、甚だ疑問なんだけど」
予め外出の用意は済ませていたのだろう、グリムは荷物の入った鞄を片手に持ち上げるとヘンリを無視して教室の扉に手をかける。
急いで追いかけようと立ち上がるヘンリであったが、グリムはくるりと振り返るとニヤリと笑みを浮かべる。
「今日の俺は気分がいい。だから選ばせてやるよ」
「何をっすか?」
「もしもここからも俺について来ようと言うならばその先に待ち受けるのは修羅の道だ。必ずお前は絶望を目にする事となる。必ずだ」
「…………」
「だがここで俺のことは諦めるというならば……」
「悪いけれど、俺の答えは決まってる。それ以上はいいすよ」
「そうか」
手を前に出して答えるヘンリに、グリムは短く呟くとガラガラガラと扉を開く。
その後ろ姿にヘンリは問いかける。
「どこに向かうつもりで?」
「目的地は政治都市コリントスだ。そこで会って話したい奴がいる」
こうして二人は教室を後にする。
コリントスという一つの街に今、この物語の登場人物たちが集結しようとしていた。
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馬車に揺られ、その女は一人呟く。
「もうすぐ着きますよ、おばあちゃん」
「そう。長い旅路も孫娘と一緒ならあっという間ね」
「……それにしてもなんで今日は私なのですか?いつもはもっとお偉い方がこの役割では?」
「細かい事は気にしないの」
リゼは諦めて、はぁと息を吐く。
豪華で気品あふれる外装の馬車の中、リゼは一人で”それ”を抱えていた。
そして一人しかいないはずのその空間において、再び明るい声が響き渡る。
「だって今日は楽しい事が起こる、そんな気がするの」
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