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第99話 最後の助言


8月7日 朝



僕の毎日は一杯のコーヒーから始まる。

朝日を浴びながら窓際のテーブルに座り、バターを塗って暖めたパンを一口かじる。


コーヒーをちびちび啜りながら特段変わった事のない、夏休みの毎日がまた一日始まろうとしている……と、思った次の瞬間、僕の部屋の窓に手形が一つ現れた。


「ぶっ……!?」


僕は驚いて口からも手からもコーヒーを零しそうになるが、何とかカップをその場に置いて窓の方へ体を寄せる。

先程まで掌がべったりと窓に張り付いていたのだが、一瞬目を離した隙に無くなっていた。


気のせい、か……



「おい、開けろー、アレク!!いるのは分かってんだぞー!!」



そんな声が聞こえてきたかと思えば、今度は拳が僕の部屋の窓をガンガン叩いてきた。

なんとなく声の主に当たりをつけながら、僕は窓ガラスが割れてしまう前になんとか窓を開けて外を覗いて見てみると、そこには予想通りの人物がいた。


「ちょ、シエル君!?何してんのさ!?」


「緊急事態が起きたから、玄関を経由する暇もなかったんだ!準備はできてなくていいから、さっさと行くぞ」


シエル君は浮遊魔法で何とかバランスを保ちながら僕の目を見ながら下の方を指さす。


「一体何が……」

「説明はあとでするから、早く下まで降りて来い」


そう言うとシエル君は、僕が全開に開けた窓の隙間に腕を突っ込んで僕が食べようと残していた方の食パンをスルリと抜き取って口に挟む。


「嗚呼ぁあ、僕の優雅な朝食っ!?」

「早く食べかけのやつ口に詰めて、西門集合だからな!リアラさんも待ってるから」


そう言ってシエル君はピューっと学園の空を飛んでいった。

僕はとりあえず身支度を整えながら寝起きの頭を叩き起こす。


一体何が起こっているのか、はたまた既に起こったのか……。


考えても仕方ないか、と僕は食べかけの食パンを一口で詰め込み、コーヒーの残っているカップには蓋だけかぶせて部屋を後にする。


そして僕は自分の部屋から飛び出て少し経ったところで、部屋の鍵をかけ忘れていた事に気が付いた。



******




8月6日 夜


「あら、こんな夜中に訪ねてきて、私襲われちゃうのかしら」

「冗談やめてください、俺のストライクゾーンに年齢の下限はありませんけど上限はちゃんとありますから」

「あら、私も同じだわ」

「気が合いますね。お互い犯罪にだけは気をつけましょ」


俺は今日ダリアさんから仕入れてきた分の魔法道具を学長室の隅の棚に並べていく。

花火大会が終わってすぐに学長先生を訪ねに行ったのだが、思いの外すんなり会う事ができた。

いつもは会おうと思っても居留守を使われて終わるというのに。

ちらりと学長先生の方を見てみると、微笑みを浮かべて穏やかな表情で俺を見つめる学長先生がいた。


「…何ですか、そんな優しく見つめられて、少し照れくさいです」

「いえ、あなたは不思議だなと改めて思ったの。初めて会った時、あれだけ脅かして敵対宣言までしたというのに、なぜ私の言う事に従うのだろう、とね」

「……分かってるでしょ?たぶんあなたは俺よりも俺という男を分かってるから」

「否定はしないわ。……あ、それはこっちにちょうだい」


学長先生は俺を呼び止めると、俺が棚に置こうとしていた例の万年筆を持ってくるように言われた。

俺は特に反抗することなく素直にそれだけを持って学長先生の執務机の元に歩み寄る。


「…………どうぞ」

「あら、何も聞かないのね」

「聞いたら答えてくれるんですか?」

「いいえ、どうせ無駄になるのだからやめておきなさい」

「やっぱり」


学長先生は笑顔で万年筆を受け取ると、すぐに机の中にそれをしまって腕を組む。


確かにあの婆さんが言っていた”空白のページ”について知りたい気持ちはある、だけどそれをこの人が素直に教えてくれるとはとても思えなかった。


それに多分学長先生は今回俺をダリアさんの元へ遣わせたように、必要に応じて情報を提供してくれる。

というよりも恐らく俺の事を遠からぬ将来に”空白のページ”という存在に辿り着く存在だと確信した上で、それを教えるための今回のお使いだったようにも思えるのだ。


「……つまり、いずれ教えてやるから今は荒波を立てるなという事ですよね」

「ふふふ、少し違うわ。やっぱり何も教えないのも気持ち悪いでしょうし少しだけ教えてあげる。あなたは深読みをしてくれたようだけど、確かに私はあなたとアレク君があの占い師のおば様と接触したという事を知っている。その頃からあなたの事はマークしていたから。だからその繋がりから近い将来あなたが私の弱みの部分に辿り着く事も知っていた」

「……………」

「あのおば様は私を良く思ってない、必ずシエル君、あなたを利用して私の邪魔をしてくるでしょう。だからこそ私はあなたにまず接触した上であのおば様へ向けて手を打つことにした。敢えてこの学園の外にいてかつ私の弱みの近くにいる知り合いのダリアの元へ向かわせれば必ず何らかのアクションを起こし尻尾を出すと踏んでね。そして予想通りあのおば様はあなたに接触した。おかげさまであのおば様の動き方も分かったし、今後の対策をとる事ができるわ」


学長先生は説明しながらも常に余裕の笑みを浮かべて俺の目を見つめる。


学長先生は今日俺がチート売り婆さんに会った事も知っている。

もはやその程度の事で驚きはしないけれど、それ以上にそんな学長先生が警戒するあの婆さんの正体に疑問が深まる。


あの婆さんも言っていたように、どうやら本当に学長とあの婆さんの間に対立関係があるのは確かなようだし、一体何を企んでいるんだ。


「……あの婆さんは学長先生が”空白のページ”を持っているはずだと教えてくれたんですけど、それは本当なんですか?」

「ええ、それは本当よ。そしてそれ以上の情報は今のあなたにあげるわけにいかないわ」

「…………」


そりゃそうだ、あの婆さんと二度も接触した俺だ、敵対するあの婆さんの手先だと思われても仕方がない。

俺は諦めて腕を組むがしかし、ここまでの説明の中でもどうも怪しい点がいくつかある。


光魔法、空白のページ、チート売りの婆さん、そしてダリアさんとローランさん。


今回のお使いの目的はあたかもあの婆さんへの対策のためという風に説明をしていたが、それは本当か?

きっと部分的に真実でもあるけれどそれだけではないはずだ。


それはシャルロッテの存在だ。

確かにダリアさんの店に辿り着くために必要な要素ではあったのかもしれないが、手紙に方法を記載するなりダリアさんに先んじて連絡をしておくなり、やりようはあったはずなんだ。

なぜ学長先生は今回のお使いにわざわざ彼女を絡めた?

必ずそこには意図があったはずだ。


そんな俺の思考を読んでか、微笑みを浮かべてこちらを見つめる学長先生は人差し指を唇に持って行く。


「やっぱりあなたは思った通り、いいわね。そしてあなたは今まで通りあなたのやりたいようにやりなさい、きっとその先に道は開けるわ」

「何を突然……」



「……明日の朝、ある事が起きます。それを見逃さない事。そして迷ったら追いかけなさい。必ず初心を忘れずにね。これが学長としての私からのこの夏休み最後の助言」



次の瞬間、俺は学長室の外にいた。

こんな便利な魔法もあるんだな、まだまだ魔法は奥が深いしこんな魔法を使いこなすあの人にも当分敵いそうもない。


学長先生の言葉を頭の中で反芻しながら、俺は首を傾げてその場を後にする。

この時既に学長先生を取り巻く世界情勢が大きく変化していた事を知らないまま。




******

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