第98話 新たな始まり
「……やっと戻ってきた」
「いつの間にか夕日も落ちてるのか」
「あの金髪の美人の人……やっぱり居ないわね」
俺は目を擦りながら目をあけるとそこは横丁の裏路地であり、遠くからは賑やかな声が聞こえる。
魔法空間から帰ってきた事を実感するのも束の間、俺は夕日を眺めながらある事を思い出して焦り始める。
「まずい、この時間……」
「なに?それより手…」
「悪い、ちょっと一緒に行くとこあった」
俺は掴んでいたシャルの手を離す事無く一緒に路地を抜けてメインストリートの方へ戻っていくと、記憶を頼りに後ろを振り返る事なく目的地へ向かっていく。
「ちょっと、何…」
「ごめん、どうしても行きたいところがあるんだ。お前と2人で」
「……………」
俺が答えると一瞬ぴくりと戸惑うシャルであったが、それ以上は何も言う事なく俺の手を握りながら後ろをついてきてくれた。
俺は今朝、学長からの手紙を受け取ってから真っ先にシャルの元へ向かう……その前に実は隣の部屋でぐーすか眠るアレクに寝起きドッキリを敢行しこのオミチョ―横丁についての情報を聞き出していた。
やはりあの男、ダリアさんの居場所のようにニッチな情報には疎くても一般人が把握しうる基礎知識を聞いてみたら何でも答える事ができる才能を持っている。
言ってみれば異世界版Google先生だ。
俺は空を見上げて時間がない事に焦りながらも、ぎゅっとシャルの手を握ってひたすらに歩き続けた。
*******
「ここは?」
「……この横丁で一番西の、今はもう使われなくなった教会の屋上。見晴らしがいいだろ?この教会、中に入るためには鍵がかかってるだろうけど、俺の浮遊魔法なら行けるだろってアレクの奴が言ってたんだ」
すっかり日も沈んだ頃、俺とシャルは二人共体育座りをして、今は廃墟になっているらしい昔の教会の屋上にのぼって夜空を眺めていた。
「アレクが?……確かに景色は悪くないけれど、それがいったい……」
「あっち」
俺の方へ振り向くシャルへ、俺は西の方角を指さしてにこりと微笑む。
遅れて俺の指さす方向へ顔を向けたシャルはそれがうちあがる様子に目を見開く。
ひゅうぅぅ…と、空気を切り裂く火の玉は夜空にうちあがると、次第に勢いを落とし、そして……
パンッと小さな爆発を起こす。
それは一瞬の輝きによって夜空を明るく照らす花を咲かせる。
「花火。……そっか、今日がその日だったのね」
「あぁ、何年も前から毎年夏の始まりを告げるために開催されるオミチョー横丁名物の花火大会。どうせここまでお前と二人で来たのなら、これだけは見てから帰ろうと思ってな」
呆れるように、それでも穏やかな表情を浮かべ、続け様にうちあがる花火を見つめるシャルはただひたすらに前を向いて静かに感傷に浸っているようであった。
この花火大会自体歴史は古いらしく、きっとローランさんと一緒に何度かここへやってきた事のあると言っていたシャルも見た事があったと思う。
ダリアさんが言っていたように、何も知らなかった子供の頃から時が経ち様々な楽しい事も苦しい事も経験してきた今、シャルは何を思っているのだろうか。
俺はそんな思いも胸にしまい、前だけを向いて日本にいた時と何も変わらない花火の風景に少しの寂しさを噛みしめていると、突然右手に触れる手の感触に気付きシャルの方へ顔を向ける。
するとシャルは顔を前に向けたまま、それでも隣で体育座りで座る俺の手をぎゅっと掴む。
「……ごめんなさい、あなたには沢山迷惑をかけてしまって」
「迷惑?そんなもの……」
「いいえ、分かってるの。あなたは私の知らない所で、私の為に動いてくれてる。そして更に私の個人的な家族の問題にも、学長先生はきっとあなたを巻き込もうとしてる。……それはあなたも分かってるんでしょ?」
「………」
俺は否定する事ができなかった。
確かに俺は分かってた、学長先生の言っていたグリムさんが狙っている学生というのがシャルの事である事、そして学長は俺がシャルを見捨てるはずがないという確信を持って俺とグリムさんを争わせようとしている事を。
シャルは少し俯きながら続ける。
「……私は今になって後悔してる。私のわがままのために、あなたはどんな目にあっても私の前でカッコをつけてくれる。私はそれが…」
「重いか?…確かにそうかもしれないな、俺だってお前の立場になればそう思うだろう。だけど……俺は見つけたんだ」
まっすぐ前を向く俺の方へ顔を向けてシャルは少し首をかしげる。
「見つけた?」
「前に言われたように、俺はこの世界で独りだった。何をしたくてどのように生きればいいのか分からなかったから俺はあのノートにすがり、世界を救うようなカッコいい英雄になることを目標にした。……と思ってたけど多分それは違うんだ。俺はお前らと出会ったあの日から……」
俺はそこまで言って一拍おく。
遠くでまだ打ちあがる花火をぼんやり見つめてから、ゆっくりシャルの方へ振り向いて言う。
「俺はこの世界なんてどうでもよかったんだ。この世界がどんなバッドエンドを迎えても……こんな俺を受け入れてくれたお前らを救う事ができるならば、俺はそれでよかった」
「………カッコつけた事ばっかり言わないで」
「仕方ないだろ、気まずくなったらなんか名言ばっか考えちゃうんだから。……だけど皆で一緒に笑い合える日常を守るためにはなんだってする。それが今の俺の生きる目的だから」
俺は言い切ると繋いでいた手を持ち上げ、左手に握っていたそれをシャルへ手渡す。
「これは?」
「大したものじゃない……けどシャルに持ってて欲しいと思ってな」
シャルはゆっくり掌をあけるとそこには一本の赤くか細い紐があった。
しかし持ち上げてよく観察してみると、その片方の先端には結び目があった。
「決闘が終わってから、ダリアさんの店の奥で買ったんだ。ぎゅっと握ってみ?」
「こう?」
「そしてパッと掌を開く」
シャルは俺の言った通りに紐をぎゅっと握ってから勢いよく掌を開く。
すると掌の上に乗る紐の結び目のある方がまっすぐに伸びてある方向を指していた。
「これ……もしかしてあなたに?」
「そう。この魔法道具は込められた魔力の持ち主の居場所を指し示す。だけどその原理や実態はダリアさんも分かってない、未知の性質だそうだ。魔法道具に触れる機会の多いダリアさんの店には時にそういう不思議な性質を持った素材が流れてくることがあるらしいんだが、そういった経緯も踏まえて安く売ってくれたんだ。ま、原理を解き明かすとかはあの人の専門外だから、厄介ものを押し付けられたとも言えるけど」
「……そう。でもなんで私に?」
俺はシャルから紐を受け取ってから、ふと打ちあがる花火に目をやる。
そして言う。
「……俺はお前が思ってる程頼り甲斐も無いし強くもないし、今までの魔法での戦績だって負け続きだ。今日もダリアさんに負けたし、きっとこれからも負け続ける」
「……………」
「でも俺は信じてるんだ。勝てなくても、勝てなくても、最後に笑う事ができたらそれでいい。だって俺には皆がついてる、それでいいんだ。だから……」
ひゅうぅぅ…と一筋の火の玉がしぼんでいく中で、俺は振り返ってシャルに向かう。
「俺が一人でどうしようもなく笑えなくなった時、お前に助けて欲しい。離れ離れになってお互い孤独になっても弱い俺には強いシャルが必要だからさ、助けに来てくれよな」
「……まったく、最後までカッコつけなさいよ」
「悪いな、これが俺の精一杯だ」
「仕方ないわね」
パンッ、と夜空に花が咲く瞬間にお互い呆れるように笑みを浮かべると、シャルは紐を取り上げてぎゅっと握ってから俺に向かう。
「それじゃあ、約束。私は弱っちいあなたを助けてあげるから、だからあなたはこの夏休み、必ず皆で楽しい夏休みにしてみなさい。私も毎年同じような一人ぼっちの夏休みはもう飽き飽きだわ」
「あぁ、そんな事くらいお安い御用だ。約束な」
俺達はそう言って笑い合う。
出会った頃には、こうして笑い合える関係になれるとは思ってもいなかった。
俺なんかが出しゃばっていいような相手じゃない事は分かってる、でも、今日は今日だけは、この少しの幸せを噛みしめる事を許してもらえないだろうか。
背景を彩る花火たちの祭典が佳境を迎え、俺達は二人隣同士に並び、改めてその様子に目を奪われるのであった。
そしてこの僅か12時間後、ローランさんの訃報が届くと時を同じくして、シャルが学園から姿を消し、それがのちに起こる世界情勢を揺るがす大事件の発端となる事を、この時の俺達はまだ知らない。
――シャルロッテ奪還編・開幕――
更新滞っててごめんなさい、最近忙し過ぎて…( ;∀;)




