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第96話 罠


ダリアさんはちらりと楽し気に話をしているラミィとシャルの方へ視線を向けてから、俺に向ける魔法道具の勢いはパタリと止まった。


ここまでずっとそれぞれ違う魔法道具の餌食になっていた俺であるが、何とか浮遊魔法のおかげで少しだけ余裕もある。

しかし対するダリアさんも魔法道具以外で自らの魔法を一切使わず、しかも無傷だ。

一回も攻撃を与える事ができていない、というか一回でも攻撃ができる未来も見えない。

この人単純な戦闘力が化け物だ。


「……終わりですか?」

「いや、そろそろ終わりにしようと思ってね。こんなものを用意してみた」


ダリアさんがポーチに手を突っ込んだと思ったら、次の瞬間にはその両手のそれぞれの指の間に魔水晶が挟まっていた。

それぞれの魔水晶の中にはダリアさんの魔法が一つずつすべてに込められているのが見て取れる。


「……ま、マジですか」

「私は世界1のいい女だからな。後輩をいたぶる趣味はない、すぐに終わらせてやる。それにあんたが私に勝てるとは最初から思ってなかったさ。なんせ学生時代は私も学年1位の魔法使いと称されていたからな」

「うちの学園の学年1位は、化け物しかいないんですか…」

「はん、しかし私も学園で1番の魔法使いではなかったがな」

「え?それって……」

「なにせ私が最高学年に上がった時、とあるクソ生意気な1年生が入学してきたからな。奴は今は副学長だったか?」

「…………」


…今度はグリムさんまで出てくるのか。

今日はオールスターだな、ちょっと興奮してきた。


…とか言ってる暇はない、考えろ、あの魔水晶どう避ければいい。


「さて、こっちに戻ろう。シエル、あんたはこれをどう避けるつもりだい?」

「……俺にできるのは、俺の浮遊魔法を信じる事だけです」

「そうか、ならやってみな!」


ダリアさんは笑みを浮かべて叫ぶと、両手の魔水晶を一気に全部弾き飛ばしてくる。

この超スピードで飛んでくる魔水晶…後ろに逃げるのは意味がないし、横に逃げる事ができる程の余裕も隙間もなさそうだ。


俺は一歩だけ後ろに下がると、右手の人差し指をピンっと上に向けたあともう一度ダリアさんを指さし、そして地面に向けて……


「シエル?」「シエルお兄ちゃん!?」


その瞬間、魔水晶が一斉に爆発し俺の立っていた場所は火魔法の爆炎が立ち昇る。

そしてその様子を眺めていたダリアさんは笑みを浮かべたまま呟く。



「驚いた、私が見る限り一方向にしか超スピードの移動はできないものと読んでいたが、そんな事もできるんだな」

「あんまり分からないかもしれないですけど、フローチャートみたいに飛びたい方向を並べて入力したイメージです。飛んでから一々方向を指さすよりも時間は短縮できますけど、正直ギリギリでした」



俺はダリアさんの背後を取ってダリアさんの肩に触れていた。


俺がやった事は、浮遊魔法の移動方向をまずは上に向け、そのすぐ次にダリアさんのいる方向へ、そして最後に地面に着地するための方向指定だ。

実際ダリアさんの言う通り一方向にしか超スピードの浮遊の方向を指定できないデメリットを克服しようと、この夏にルーベルトさんと何度も試行錯誤をしてきた。


その果てに魔法はイメージが重要という基礎を思い出し、前世の情報の授業でそれなりにかじった事のあるフローチャートのイメージを浮遊魔法へ落とし込むと、別方向への転換に要する時間は圧倒的に削減された。


今回も同じようにイメージして飛んでみたのだが、最初の上空への浮遊の時点でダリアさんはその動きを読んでいたのか、俺のいた地面に飛ばしていた魔水晶とは別の魔水晶がピンポイントで上空の俺に向かっても飛ばされていた事にはビビった。

まさしくギリギリ、コンマ数秒の差で俺は負けていた。


俺はふっと息を吐くがダリアさんは後ろを振り向くことなく呟く。


「しかし、油断大敵だな」

「え?…ぶほおおおぉっ!?」


ダリアさんは既に背後の俺との間に右手を後ろに回しており、その掌には魔水晶がもう一つだけ隠されていた。

軽く後ろに飛ばされた魔水晶は俺の体に触れると同時に爆炎をあげて、俺を吹っ飛ばす。



「決闘は終わりだな」

「ぐへ…」



こうして俺は学長先生から預けられた大金を全て失う事となるのであった。



*****



「さ、疲れは取れたか?」

「……ガールフレンドの前でボコボコにされた心の傷はこれ賠償金問題だと……」

「金は返さんぞ。ほれ」

「…ちべた」


店の前に置かれたベンチで一人寝転がっていた俺のおでこに、冷たい水の入った金属のボトルを乗せてくるダリアさん。


俺を起き上がらせると、隣で一人の褐色美人が汗を流しながら水を飲む姿を見ていると確かに本人も自称する通り世界1のいい女だ。


「……結局やりたい事はできたんですか?」

「なんだ気付いてたのか。あぁ、おかげさまで私は満足したよ」


ダリアさんは笑顔で答えると水の入ったボトルをベンチに置き、俺の方へ顔を向ける。


「うちでは新商品は毎回こうやって実戦形式で試し打ちしてるんだ。それに宣伝も兼ねてるから、いつも実戦でボコボコにしてやれば買ってくれる奴がいるんだよ。たとえちょっとよくない商品でも私が負けることはないから、相手さんから見たらいい道具に見えんだ」

「やっぱり……でもそんな宣伝を俺にしたところで意味なんて……」

「無いかもな。だけど私の勘が言ってたんだ、あんたはこの先お得意様になるってな」

「恐ろしい未来を見てくれてるんですね……」


俺はボトルの中の水をくるくる回しながら少し俯く。

確かに新商品の試しと宣伝を兼ねていたんだろうが、もう一つ俺は感じている所があった。

だから俺は顔を上げてダリアさんと目を合わせて聞いてみた。


「……でも、多分それ以上にラミィちゃんの為、ですよね?」

「ほぉ、どうしてそう思った?」

「分かんないですけど、何となくダリアさんの戦い方は、俺に説明しているというより見ているラミィ達に向かって説明しているように感じて…」

「あぁ、やっぱりあんたはローラン先生の弟子だな。人の変な所にばかり気が付く」

「弟子じゃ、ないですよ?一回あった事があるだけで…」


ダリアさんは俺の頬にボトルを押し付けると、冷たいっ、と顔を振る俺をクスっと笑って再び前を向く。


「そうだったな。先生の弟子は皆国の中枢で重役を担った大物政治家だったり魔法革命を起こした伝説の魔法使いだったり、私を含めとにかく国を支える屋台骨とも言える人物たちばかりでな、あんたがそこに並ぶわけがないか」

「失礼ですね…未来なんて分からないでしょ?」

「はっはっは、そうだな確かにそうだ、未来なんて誰にも分からん」


イマイチ先が見えてこない話であったが、ダリアさんは続ける。


「……そう、未来なんて分からない。だから私はかつて学園を卒業する時にここで商売をする事を先生に相談をした事があったんだ」

「へぇ、あなたが」

「意外だろ?私も珍しく弱気になっていた頃の話だ。あの時の事は一生忘れない」


ちらりと俺の方へにっこりを笑みを浮かべるダリアさんは肩を揺らしながら前を向いて語り始めた。



*******



『先生、私は科学や技術は社会の皆に貢献されてこそ意味があるものだと思うんだ。誰もが利用できる知識や技術を提供できなければ、そんなものただの自己満足だ。……でも私の家系はずっとそうやって生き延びてきた。だから私は迷ってるんだ。こんなやり方を続けて、私はいいのだろうかって。私は、私以外誰も幸せになる事ができない商売を受け継ごうとしているんじゃないかって……』

『ふむ。ダリア、君の言ってる事はよくわかる』


ローラン先生はキャンバスへ向けていた筆を置き、後ろで偉そうに腕を組んで座る私の方へ向く。

10年以上も前、学園の卒業式を翌日に控えた春の日だった。


『君は優しい子だからの、皆に幸せになってもらえる仕事をしたいのじゃろう。できるだけ多くの人が笑顔になれるような』

『そう、なのかもな』

『そう考えると、君の一族が行ってきた一家相伝の商売のやり方は君の意思にそぐわないのかもしれない。その技術の希少さゆえに常に姿を隠し続け客も選ぶ……そんなやり方で他人の幸せに触れること等ほとんどなかろう』

『…………』

『しかし他人の幸せとは仕事の内容などで決まるのではない、その仕事に携わる君の思いが重要なんじゃないかと、ワシは思う』

『…………!!』


目を瞑って微笑みを浮かべたままの老人は穏やかな表情で続ける。


『幸せというものは伝染するものなんじゃ。1人の幸せはみんなの幸せを呼び、いずれは社会全体に還元される。だからの、たった一人でもよいのじゃ、沢山の人を一気に幸せにしてやることができぬ仕事であってもたった一人誰かを笑顔にできる仕事であれば、立派な仕事じゃ』

『……私にできるかな』

『どんな仕事でも大事なのは、人を思いやる事ができる心じゃ。そしてそれを君は既に持っておる、自信を持ちなさい』


にっこりと笑う先生の服は春風に揺られ、髪をかき上げる私もその純粋な笑顔に思わず笑みがこぼれる。


『はは、本当だ。笑顔ってのは伝染するもんだな』

『じゃろ?』

『ほんじゃ、先生も私の仕事手伝ってくれよな。こないだうちの商品を譲ってやった代わりに約束しただろ?』

『分かっとるよ……気が向いたらの』

『よし、今から行こう!』



*******



「……あの日から私はたった1人でも商品を受け取る誰かが笑顔にできるような仕事を自信を持ってやってきたつもりだ。私が独立した当初は先生も足繁くきてくれた。あんたはすっ飛ばしたようだけど、ここに辿り着くための文字式の魔法のメンテナンスだとか言って理由をつけてな」

「へぇ…昔もずっとローランさんは優しい人だったんですね」

「そうだ、その頃先生の孫娘にも一度出会った事がある。あの魔力量じゃ試し打ちにならんのは分かってたし、なにより魔力で押し切ってくる相手に勝つための戦いってのは見てて面白いもんじゃない。瞬殺狙い一択だからな」


ダリアさんは背筋を伸ばしてこちらへ首を向けると、キョトンとする俺の手を取ってベンチからた立たされる。


「……今はラミィなんだ。私にとってのたった1人」

「………」


ダリアさんに勧められるように店のかげから中の様子をこっそり覗いてみると、ラミィがシャルに店の商品を一個ずつ紹介しながら、お互いが笑い合っている。

幸せそうな純真無垢な笑顔で、2人の少女が笑みを浮かべている。


「……私たち一族の仕事は外部に漏らしてはいけない。だから気安く1人でこの魔法空間から外に出してやる事もできなければ、好きな生き方も満足に選ばせてやる事もできていないと思う。私がそうやって育てられてきたからだ」

「………………」

「だけどあの子はこんな私を尊敬してくれている、こんな私に笑顔を向けてくれる。だから世界一の魔法道具職人として、世界で唯一の母として、あの子を目いっぱい幸せにしてやりたいし、笑顔にしてやりたい。きっと私が与えた幸せもあの子が広めてくれるだろうしな」

「……ですね、間違いないです」


恥ずかしがる事なくまっすぐラミィ達を見据えて言うダリアさんの姿は気のせいではなく輝いて見えた。


「……さてあんた達のお使いも終わりの時間だな。ここで待ってな、準備はもうできてる」

「え?でもお金…」

「ばーか、私があの学長に逆らえるわけがないでしょう。それに後輩という事で、仕方なくチャラにしてあげるのよ。また絶対この店で何か買いに来なさい、今回のお金の分はそれで十分!」


そう言って俺の額をデコピンして店の奥に消えていったダリアさん。


「お金、自腹で払わなくていいのか…そうか、そかそか……あの人世界一のいい女どころか…神ぃ!?」


しかしよくよく考えたらそもそも人の金を勝手に奪っておきながらさも自分のものとした上で、俺の心の中の申し訳なさにつけ込み常連客にしてしまおうというダリアさんの普通に卑劣な罠ではあったのだが、それに気づく事なく俺はしばらく店の前で礼拝を繰り返すのであった。

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