第92話 かつて勇者だった男
「あの…ローランさんが?」
「あぁ、奴はかつてこの世界を救う勇者としてその名を轟かせ、たった一人で光魔法にすら辿り着き、世界中が奴に期待をしておった。誰もが認める、唯一無二の天才じゃった。しかし失敗した」
婆さんは懐から手のひらサイズの巾着袋を取り出すと光魔法のビー玉をそこに入れ、ビー玉から発せられていたはずの光は外側から完全に見えなくなってしまった。
「失敗したって…」
「当時何が起こったのかは誰にも分からん。しかしその中で確実に言える事は、当時力を失ったローランの後を継ぐようにしてあの忌々しき女が突如として台頭したという事じゃ。ローランにも負けず劣らないその圧倒的な武力、魔法、知恵…瞬く間に世界のトップに君臨し、お主のよく知る学園のトップにもなった」
「学長先生、ですか…」
俺は腕を組んで婆さんの話に耳を傾けるが、知らなかった話ばかりで、混乱する頭で何とか情報を整理していく。
当時というのがどれだけ前の話なのか分からないけど、昨日出会ったローランさんという人はどうやらアレクと同じだけの資質を持った天才魔法使いだったらしい。
しかし何かの事件が起きてローランさんの地位を学長先生が継ぎ、果てには世界のてっぺんにまで上り詰めた。
確かに昨日出会ったローランさんからはそれほど凄い魔力なんかは感じなかったけれど、シャルなんかもローランさんを昔凄かった人と言っていた。
いや、そもそも学長先生やグリムさんの師として、爆破魔法という新魔法まで開発してる人が凄くないわけがないのだけど。
だけど一番の謎は学長先生だ。
やった事だけで見ると、まるで……
「お主とあの女は似ておる。アレックスという少年に対しお主がやろうとしている事と、かつてあの女がローランに対しやってきた事。そこにほとんど違いはない。並の才能しか持ち合わせていない者が、特筆した才能を持つ者を超えるなど、本来不可能。しかし実際にあらゆる代償と引き換えにそこへ挑戦したのがあの女じゃ」
「……ローランさんと学長先生に何があったのか知りませんけど、それが光魔法と何の繋がりが……」
「だからこそ、お主が尋ねるべきはローランでもアレックスでもない。あの女に尋ねるのじゃ。そしてあの女は持っているはずじゃ」
婆さんは一拍置いて俺の目を見据えてニヤリと笑みを浮かべる。
「古の魔法道具、”空白のページ”を」
*****
「つまり、魔法空間に飛ばされた可能性がある、って事ですか?いや、そもそも空間魔法自体ほとんど幻の魔法みたいな扱いだった気が…」
「あの消え方は一度目の当たりにした事があるの。…誰の仕業かという事も、なんとなく察しがつく」
シャルロッテは、市場の店達に目もくれず前を進む美人さんに小走りでついていくが、首を振り鞄を抱きしめながら問いかける。
「それじゃあ、私にできる事は…」
「ない、けれどきっとあなたが当初目指していた場所にそのシエル君はいるわ」
「…なんでそんな事が分かるんですか?」
「言ったでしょ?私も経験者なの、親しい人を目の前で消された経験がある。その時も必死に探していたら全然違う場所でケロッとあの人は生きてた」
「え…その方は、どこにいたんですか!」
「あの時はダンジョンに潜っていた時だったのだけど、元々いた場所から少し離れた場所で特に魔力濃度の高い場所だったわ。…例えば今回の場合、この横丁の中に別の魔法空間があるとすれば、そこに居る可能性は高いわね」
「別の…魔法空間、ですか」
「私はそこにも心当たりがある」
シャルロッテは首をかしげるが、美人さんは突然立ち止まって振り返ると足元の地面に向かって指をさす。
「ここ、あなたは何か感じる?」
「え、感じるって何を……ん?これって……」
「探し物をするときの時は耳を澄ませる事。これは魔力関知にも通じる基本のキよ、覚えておきなさい。そしてここにあなたの目的地に繋がるヒントが隠れてる」
随分教師のような言い方でシャルロッテに諭す美人の女であったが、シャルロッテは一旦その違和感を心に仕舞い、腰を曲げて指をさされた場所をじっと眺めてみる。
確かに何かある、と感じたシャルロッテは感覚に任せるようにその地面にそっと掌を置く。
この感覚…
「……お爺様?これって…」
「……あとは記憶があなたを案内するはずよ。見てみなさい」
シャルロッテが魔力をそっと地面に流していると、その地面に何やら文字が浮かび上がってきた。
文字を浮かび上がらせるこの魔法、そして浮かび上がってきた文字の書き方・形、その全てがシャルロッテに祖父ローランを思い起こさせた。
「ここに浮かぶ文字は毎日別の場所に移動する魔法空間に合わせ、違う文字列になるように細工されているらしいわ。私にもどのような仕掛けを施せばこんな魔法をつくる事ができるのか、見当もつかない。でも暗号自体はそんなに難しいものじゃない」
「……解けました、この暗号。でもこれって……!」
確かに暗号自体は簡単で、地面から手を離すと文字列も消えてなくなってしまう。
しかしシャルロッテは文字列の暗号を解読すると同時に思い出していた。
子供の頃、一番最初にローランに連れて来てもらったこの横丁で体験した、あの不思議な思い出を。
「……壁の中…確か壁の中に空間があった記憶があります!そしてこの文字列も……13番目、西……西の入り口から13番目の路地、そこに多分…!」
「その路地だったらすぐの場所ね。行きましょう」
美人の女性はくるりと体を回転し、13番目の路地がある方角へ歩みを始めるがその背中にシャルロッテはは思わず声をあげる。
「ちょ、ちょっと、待ってください!あなたはなんで全部分かってたんですか!この暗号の場所だけじゃない、私とシエルが当初目指していた目的地の在りか、シエルを消した犯人、そして私とお爺様の事も全部」
「あとで全部教えてあげるから、今はとりあえず急ぎましょ?」
少し微笑みを浮かべながら申し訳なさそうに言うその顔を見て、シャルロッテにもこの人が嘘をついている事は分かった。
しかしここで言い争いをしている暇がない事は確かだった。
シャルロッテは唇を噛みしめながら、その人の背中を追いかける事にした。




