第89話 初デートはチートの予感
「見て見てシャル、あの猫ロングブーツ履いて竹馬乗ってるんだけど!すげー!」
「…………」
「見て見て!このお菓子青色の炎出して燃えてるのに全然熱くないしむしろうまい!なんだこれぇ!!」
「……………」
「見て見て!!あのオッサン、ただの汚いオッサンだと思ったら扮装したチンパンジーのメスだった!ロックだなぁ」
「……あなたが楽しそうならいいけど」
初めて見るお祭り騒ぎの横丁の雰囲気に圧倒されてはしゃぎ回る俺と、対照的に冷たい目でその様子を見守るシャルは周りの光景には目もくれずに地図を片手に目的地を探していた。
「……しかし学長先生が手紙で指定したお店が全然見当たらないわね」
「確かにこの横丁は北から南の隅々まで見て回ったはずなのに、手紙の中の『ダリアのどきどきなんでも作っちゃう屋さん』は見つからない……てかなんだこの店名」
「沢山の店が並んでるここで他の店との違いをつくりたかったのでしょう、特別変な事ではないわよ」
「しかしこんな目立つ名前の店が見つからないなんて、普通じゃない。学長先生も関わっているとなると、これは謎解きをする必要が有りそうだ」
困った顔で呟くシャルに一旦ベンチへ座るように誘導すると、俺たちは2人並んで広場のベンチに腰掛ける。
そしてさっきお菓子屋で買ったグミを2人で分け合いながら、俺とシャルの間に今朝の手紙を置き二人して顰め面で横丁の風景を眺めて考えを巡らせ合う。
「…謎解きって、ヒントもなしに見つからない店の特定なんてできないわよ」
「多分ヒントはもう出てるんだ。俺達が気付いてないだけで」
うーん、と俺とシャルは同時に首を傾げるが一向に閃きがやってくることはない。
「……考えても分からないわね。それにそもそも学長先生の狙いは何なのでしょうね。私を学園から引き剥がして何をしようと言うのか…」
「あぁ、それな。あの人はいつだって俺達凡人には到底見る事ができない未来を見てる。そしてそんな人が今の学園の中にいる事が危険だと言ったならば、本当に危険なんだろう」
「それでも、その言葉を信じる根拠は?あの人はあなたを敵だと言ったのでしょ?」
「あの人は確かに俺にとって最大の敵でありラスボスだけど……一人の教師であり先生でもある。そこは信じてもいいと、俺は思うよ」
俺はシャルの方を向いて微笑みを浮かべると、どうも納得いかない表情でプイッと横を向くシャル。
「私はどうしてもあの人を信じる事なんてできないわ。昨日だって変な事を聞いてきたし、今回の件もただの悪ふざけの可能性だってあるわ」
「あぁ、ローランさんに会いにくる前に結構長い時間学長の部屋にいたんだっけ。いったいどんな話を……」
「私達の腸内フローラにはおよそ1000種類の菌が生息しているらしい、って話を約45分にわたって話し込んでいたわ」
「もっとマシな嘘をつけ!?初対面同士のくせにそんな話題でそこまで広がるのだとしたら、ちょっとだけ気持ち悪いよ!」
相変わらず真顔で淡々と冗談を言ってくるシャルであるが、平気を装ってグミを頬張るその顔はほんの少しだけ赤らんでいるように見えた。
俺は首を傾げてシャルと学長が何を話していたのか考えてみるが、腸内環境の話で盛り上がる二人の図ばかりを想像してしまい全然ピンとこない。
腕を組んで唸る俺を見て呆れるシャルであったが、珍しく少し頬を緩め前を向いてポツリと言う。
「…ここには昔、ずっと子供だった頃にお爺様と一緒に来た事があるの」
「え、ここに来た事があったのか?」
「えぇ、あの頃と全然変わらない、馬鹿みたいでキラキラした、いつもの風景ね。お菓子を買ってもらったりおもちゃを買ってもらったり、お爺様の仕事の都合もあったようだけど、色々なお店に連れて行ってくれる度にワクワクした。思い出すだけで懐かしくて少し感傷に浸っちゃうわ」
「へぇ、ローランさんと……。ん?」
俺は手首に巻かれたミサンガをなぞりながら過去を懐かしむシャルを微笑ましく見つめていると、ある事を閃き、急いで置いていた手紙を拾い上げる。
ずっと考えていたんだ。
シャルを連れて行けという指示には、シャルを学園から引き剥がすという目的以外にも何かもっと重要な理由があったのではないかと。
「もしかして、それを学長先生は知ってたのかもしれない…。ローランさんは学長先生の先生としてだけじゃなく、教師の同僚としても一緒にあの学園にいたはずだから」
「え?という事は、お爺様との思い出の中に店探しのヒントがあるという事?」
「多分そうだ。何かないか?何かこう…不思議な体験をしたとか、物凄く印象に残ってる記憶とか」
「…そんな事突然言われても…………あ」
シャルは必死に思い出そうと頭をひねっていると、手につまんでいたグミを一つその場に落としてしまう。
やっちゃったという表情を浮かべたシャルは地面に目をやるが、一度落ちてしまった食べ物を躊躇なく食べるようなキャラではない。
粗末にしてしまった罪悪感を感じながらもとりあえずゴミにならないようにだけ拾っておこうと考えたのであろう、流石に少ししょんぼりした顔でハンカチを取り出そうとポケットを漁るシャルの横で俺は、シャルが見ていたグミとは違うあるものを見つけて思わず立ち上がる。
「ん?どうしたの?」
「いや…これ…」
シャルはハンカチを取り出しながらも俺の行動を不審に思って、尋ねてくる。
俺はろくに返事もできずにただ隣のベンチの上にポツリと置いてあるそれに向かって真っすぐ歩いていた。
こんなモノさっきまでなかったはずだ。
あったらすぐに気付いている。
俺はベンチの前に立ってよくそれを観察する。
それはビー玉の形をしたガラス玉、しかしビー玉の中から放たれるその輝きは俺の関心を惹きつけてやまない。
ザワザワ、と心が騒いでいるのが分かる。
浮遊魔法の時と同じ、尚且つ今の俺が探し求めていた”あの魔法”を感じさせるのだ。
この世界で俺しか知らないであろう、あの魔法を。
「んー?ちょっと待って…」
きちんと返事ができなかった俺に聞き返そうとするシャルであったが、一度グミを拾い上げてからにしようと思ってか一瞬目線を下げたその時、既にビー玉に指が差し掛かっていた俺は不気味な雰囲気を感じ取ってピタリと動きを止めた。
だが遅すぎた。
次の瞬間俺の手はビー玉の下から現れてきた不思議な黒い靄に包まれていく。
「え…」
叫び声をあげる暇もなく、手から体全体に広がったもやが俺を包み込むと、一気に視界を奪われ更に五感全てを奪われたようなそんな不思議な感覚だけが俺を支配する。
しかしその感覚がいつまでも続く事はなく、すぐに光が瞼に差し込んできたかと思えば俺の腕ががっしりと掴まれている事に気付く。
「何がっ……!」
「お主に一つ尋ねたい事があっての」
目をあけたそこに居たのは、かつてアレクと二人で月影草任務に出かけた時に出会った謎の占い婆さん、別名チート売りの婆さんだった。
俺はその瞬間、自らがまたしても面倒ごとに突っ込んでしまった事を悟り、再びゆっくりと瞼を閉じていくのであった。




