第8話 はじめての魔法3 ー主人公だけが許される事ー
浮遊魔法というのは、原作『僕最強』のストーリー後半に出てくるアレク専用の魔法だ。
主人公アレクはレベル9999となるのだが、その旅の中で一人の老婆と出会い、この魔法の使い方というのを伝授される。
相変わらずのご都合展開ではあるが、原作の中で特に作者も気に入っていたのか、光の速度で進んでいく物語展開の中でも浮遊魔法を使うためのコツ、裏技というものの説明描写は比較的多くなっていた。
決闘の直前になって思い出したその方法だが、使い方はいたって簡単だ。
通常火の魔法などであれば、火の玉を思い浮かべ、火に関連した呪文を一々頭の中で読む必要がある。
だが、こと浮遊魔法に関して言えば、空を飛ぶ自分をイメージしながら、『地面で寝転がりたい』という呪文を唱える必要がある。
いやそれだけしか必要じゃない、と言うべきだろう。
魔法のイメージとはまるで真逆のイメージの、あほっぽい文章の呪文を唱えるという事、これこそがこれまで誰も浮遊魔法を使う者、というか知る者がいなかった唯一の理由なのだが、その手軽さは全て知ってる俺からすれば好都合だった。
「…ふっふっふ、やっと来たか、俺の時代ってやつが」
「何言ってんだ、てめえ!」
ジャック君が余裕を見せる俺に向かって、再び炎の球を投げてくる。
しかし今の俺には最強の浮遊魔法がある。
「ふっその程度、俺がちょいと避ければああああぁぁぁ!!」
俺はほんの少し左へ避けたはずが、そのままの勢いで体が塀の方へ勢いよく吹っ飛んでいく。
「お、お前、大丈夫か?血、出てるけど…」
「……ヘンリ君…だ、だいじょぶダイジョブ」
どうやらヘンリ君の待機していた所まで飛んでいったようで、心配されてしまったが、俺はすぐに立ち上がってジャック君の方を振り向く。
何だこの欠陥魔法!
そうだ、この魔法を実際原作で使ってたのレベル9999のアレクしかいなかったの忘れてた。
ろくに魔法使えない俺が最初から使いこなせるわけがなかったのだ。
かといってまだ体内の魔力というのもよく分かってない。
ジャック君のような火の魔法もきっと使えない。
「ふざけてんのか、てめえ!」
「俺だって自分に対してそう言いたいよ!」
ジャック君は苛立ちながら、ゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。
闘牛以上に制御不能のこの浮遊魔法に頼るわけにもいかない。
やっぱり負けるのか、俺。
いや、大丈夫だ、俺はかつて街の暴れん坊だか、街のやんちゃ者だか、街のトムソーヤだか(これは多分違う)って呼ばれてたくらいだ。
なんとか肉弾戦に持ち込めば……
「……これで終わらせてやるよ」
「な、魔法を四つ同時に…!」
ジャック君は火の玉を四つ引き連れてこちらへ向かってきていた。
原作のアレクが300個同時に魔法を展開してたのに比べると流石に劣るが、俺にとってみたら絶望以外の何物でもない。
そりゃ負けて当然くらいの覚悟はしてたけど……思い出せ、思い出せ、何かあるはずだ。
ふと決闘の前のジャック君との会話が頭をよぎる。
『そうだ、ジャック君。決闘の前にもう一個だけいいかな。お互い勝ったら、ってやつ』
『なんだ、まだあんのか?』
『いや、大したことじゃない。ただ、この試合俺が勝っても負けても、シャルロッテさんの事は……』
「シエル君、もう十分だから!」
「……」
ふと我に返ると、ジャック君の後ろで塀の外から声を張るアレクと、静かに様子を見守るシャルロッテさんが見えた。
(アレク…主人公…シャルロッテさん…ラノベのお約束…神童…そして……っ!)
見えた!勝ち筋!
そしてもう一個の覚悟を決める。
主人公の特権を犯し、あとでぶっ殺される覚悟だ!
「……ジャック君、あんまり動かない方がいいよ…」
「何?」
予想通りジャック君は、俺が何かやってくるかもしれない、とその場で足を止める。
俺はその様子を見てから、両手で前にバツを作って叫ぶ。
「衝撃に気を付けて!」
「なに……っくそが!?」
俺は既に浮遊魔法を発動し、前方へ推進力を向けて、進んでいた。
その勢いはさっき塀にぶつかったのと同じくらいの勢いだ。
ジャック君も流石に避けきれずに俺の突進の勢いに飲まれる、が……
「舐めんなよ!」
その途中、横っ飛びで体をひねって俺の突進から抜け出すジャック君。
当然前方に障害物のなくなった俺の体は勢いそのままに塀に直撃する。
「だ、大丈夫!シエル君!?」
「急にこっちに来られるとびっくりするじゃない…」
俺がぶつかった塀のすぐ向こう側には俺を心配するアレクと、身じろぎ一つせず倒れる俺を見下ろすシャルロッテさん。
(良かった、予定通りだ……)
ここまで来たらやるしかない。
俺は腹を決めると、膝に手をついて立ち上がってシャルロッテさんの方を見る。
手を伸ばせばすぐに届く距離だ。
「…何?」
「その……すごく、申し訳ないんだけど……」
「お前、何喋ってんだ!」
振り返らなくてもジャック君が怒りながら、さっきから出してた火の玉を俺の方へ飛ばしたんだろう事は分かった。
ただ、今はそんな事どうでもいい。
そして俺は声のした方へ少しだけ足をずらして、点を線にする。
そして俺は目一杯息を吸って、後で切腹するくらいの覚悟を決めてから、それを実行した。
「どうか…許してください!!」
「へ?」
俺は片手だけをシャルロッテさんの方へ伸ばし、極めてソフトに、後々事故だったと言い張ってギリ勝てないくらいの短い時間で、そのたわわな胸にポンとタッチした。
胸とは言っても、必死に本能を抑えつけてデンジャラスゾーンは避けた、つもりだ。
そして状況を理解したシャルロッテさんの目が殺気に染まるのを確認してから一気に膝を曲げてその場に屈みこむ。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ぶほおぉっ!」
シャルロッテさんの放った火の魔法は、ジャック君のそれを飲み込むほど大きく、そしてジャック君を反対側の塀にまで吹き飛ばす。
流石かつて魔法に愛された少女と呼ばれていた神童・シャルロッテだ。
俺はその様子を見て、汗を拭きながら立ち上がる。
「……ジャック君、俺は反則負けかもしれない。でもこれだけは言わせてもらおう。我が人生に、一片の悔いなし!」
「死ねえええええ!」
俺はシャルロッテさんから放たれた最大出力の火の魔法を避けることなく、甘んじて受け入れる。
そして俺はそのまま意識を失った。
こうして放課後に行われた、俺とジャック君の決闘騒ぎは、両者戦闘不能という結果で、幕を閉じた。




