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大魔王降臨

 夜風が花の頬を撫でる。花は、積もったばかりの悲しみを息と一緒にふーっと吐き出し、その風は閉ざされたひとりぼっちの部屋の扉を開いた。


 


 「ど、どうも。えっと、ごきげんよう。あっ、いや、こんばんは?」


 花の声は緊張した様子で、所々上ずっていた。それでも、なんとか、明るい印象を与えようと、何度言葉がつまずいたり、転んだりしても話し続けた。


 「お、お会いできてとても嬉しいわ。えっと、あなたはどこにいるの?ここからでは、あなたが見えないみたいなのです。」


 花は、必死で見えない相手の顔色を伺うように話していた。コチはというと、なにやらモゾモゾ動いている。コチは、「別に大した事じゃないだろ?」と自分に言い聞かせ、月に、その余裕ぶりをアピールするようにその場所で、楽な体勢がないかと、何度も体の向きを変え、月と花の見える絶好の位置を探していた。「こりゃ良い。」と最適な体勢で月を見上げるコチ。早く返事をしろ、と、そんなコチを月が睨む。そこでは、月を見上げ、横を向くと花の横顔が見えた。花の横顔は、コチの返事を待ち望んでいた。コチは、ばれないようにゴクリと息を飲む。そして、ゴッホンっと息を整えた。


 「君の近くだよ。とっても月が良く見える場所さ。」


 花は、まだ、コチの事を探していた。声から近くにいる事は分かっても見つける事は出来ないようだ。ドキドキと瓦礫の山の上に寝転がるコチだったが、コチは、花が、自分の事を探せない理由をすぐに理解した。コチの羽の色はくすんだ色で瓦礫によく溶け込んだ。弱い月の光では、発見は難しい事だろう。第一に花はコチの事を蝶々だと思い込んでいる。見つかるわけがない。


 「私の場所からも月がとっても良く見えます。すぐ近くにいるんですね?でも、ごめんなさい。やっぱり暗がりであなたを見つける事が出来ないのです。」


 花はお月様とは言わず、コチに合わせるように月と呼んだ。


 「見えなくて当然さ。月の光は弱いから、音の方が良く見える。だから話をするには、月の世界はもってこいの世界なんだよ。」


 月は自分のせいにされている事が不服だったに違いない。


 「ここは、月が良く見えて寝心地の良い場所だから、今日はここで君とお話をしながら眠る事にしよう。いいかな?」


 不服そうな月の視線に気付かないコチ。


 「もちろん。」


 「嬉しいです。ずっと誰かとお話しがしたかったから。」


 優しくコチの耳に触れる花の声。花は、もう、コチの姿を見たいとは言わなかった。


 「それは良かった。」


 でも、コチは話をしようと言っときながら、何を話していいか、分からなかった。花はずっとコチに気を使いながら話をしているし、コチは、そんな風に話される事に慣れていない。コチも花に対して、そうやって話さなければならないような気がする。相手に気を使った言葉をコチはいくつ知っている?そんな事を考えていると、自然と沈黙が現れる。すると、花から口を開いた。


 「今日はとても月が綺麗な夜ですね?」


 せっかく花から話を振ってくれたのに、空に浮かぶ月を花に合わせて褒める気にはなれなかった。月の話をしていると、月の視線が気になって仕方がない。月は澄まし顔。コチは月に言うように答えた。


 「そうかな?いつも通りさ。今日もお月様は不機嫌そうな顔をしているよ。」


 花は、思っても見ないコチの返事に少し戸惑った様子だったが、何か解放されたかのように花は少し語気を強めて答えた。 


 「不機嫌?私には、お月様が笑って見えるわ。」


 コチもいつの間にか語気を強めていた。


 「月が笑うだって?僕は月に笑いかけられた事なんて一度もないよ。ひどいやつだよ。あいつは。きっと相手を選んでいるんだな?」


 真面目に言っているのか?花は、月をけなすコチの言葉が、妙に親近感があって可笑しかった。花は、クククッと笑った。


 笑わせるつもりではなかったのに、花の笑う横顔を見てコチは何だか不思議な気分だった。悪い気分じゃない。壁の外からでは覗けなかった花の笑う横顔が、ようやく見えたからだ。


 「お月様が相手を選んでいるなら、光栄だわ。お月様は、いつも私のそばに来て笑っていてくれるから、私はとても安心するのよ。だからあなたと一緒にお月様の悪口は言えないわ。」


 花の言葉からは、もう緊張の糸は解けていた。


 「それは、残念だ。今日は、月に言ってやりたい文句が山ほどあったのに。君が参戦してくれないならやめておくよ。月も君に感謝すべきだな。」


 「そうね。やっと少し恩返しできたかしら。」


 そして、花はクククッと笑った。コチはきっと気付いていないだろうが、この時コチも一緒になって笑っていた。


 なかなか良い雰囲気じゃないか、と見ていていたのは、やっぱり月。その会話のほとんどが私の会話だとまんざらでもない表情だったが、コチは、ほとんどもう月を見ていなかった。花が良く笑うものだから、その表情を見る事で忙しかったのだ。「なかなかうまくやれている。」コチもきっとそう思っていたのだろう。でも一瞬忘れていた事が突然、花の言葉によって思い出された。


 「ねえ。蝶々さん。あなたはどこから来たの?」


 花は、笑いながらあまりにも自然にコチを蝶々さんと呼ぶものだから、コチも危うく「なんだい?」なんて返事をしそうになってしまった。そうだった。花はコチの事を蝶だと思い込んでいるのだ。勘違いは継続中だった。そうだろ?だから、あんなにたくさん笑っているんだ。あの笑い声は自分に向けられたものではないとそう思い、コチは返事に困ってしまった。コチは、何も答えない。沈黙が、なんだい?と現れた。


 月は、どうした?と心配そうに遠い空からコチの様子を見守った。


 「蝶々さん?・・」


 花は、どうしてお前がやってきたのかと訪れた沈黙を追い出すようにコチに聞いた。


 意を決したコチの不自然な笑い声が夜空に響く。


 「ハッハッハッ。僕が蝶だって?何を言っているんだよ。僕は蝶なんかじゃないよ。」


 「えっ?」


 やってしまった、と月が頭を抱えるようだった。


 コチはまるで降臨してきた大魔王のように、空を見上げ、ハッハハハ、と声を出し笑う。


 また、あの三文芝居だ。うんざりするような月の視線を感じる。でも、そうする事で、花の悲しむ顔も悲しんだ声も見なくてすむ。心を閉じるようにコチは大きな声で笑っている。


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