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空き地

この空き地には昔、人間が住んでいた。その証拠に、その空き地には人間の住処であった背の高い廃墟が寂しげに立っていた。


 廃墟には止まったままの時計が掛けてあり空き地を見下ろしていた。でも止まった時計の針を気にするものなど誰も残ってはいない。そこは、人間が忘れ去った場所だった。


 空き地には、もう2度と人間が足を踏み入れることがないように草は犇めくように茫々と空に向かって伸びて、自ら防壁となって張り切っていた。張り切って伸びた草のおかげで、日中は、鳥などの煩わしい来客者から隠れる術を与え、夜には、その伸びた草に登り、月に近い場所で、月光浴を楽しむものや星に名前をつけるもの、音楽を奏でるもの、ダンスを踊るものもいた。月が昇ればそこはダンスフロアだった。


 コチは、夜な夜なそこを訪れ、不機嫌な月を見ながら気持ち良さそうに歌う良質な虫の愛の歌に酔いしれ、誰にも見向きもされない下手くそな歌をからかうのがお決まりの夜だった。


 コチの知っていたこの場所は、人間の言う通り本当に誰もいない空き地になっていた。今は、張り切って伸びる草はなく、虫の歌声も聞こえない。月だけが取り残されたようにぽつんと空に浮かんでいた。月光が照らしているのは、色のない瓦礫の砂山と崩れかけの廃墟、冷たい大きな手や顎を地面につけて、もう動かない重機達だけ。他には、何もない。


 コチの目指していたその場所は、いつの間にか知らない場所に変わっていた。


 コチはぐるぐると靄が掛かった自分の頭の中のように工事現場の上をただ飛んでいた。いくら飛んでも、目に入ってくるのは同じ。色のない世界。崩れた瓦礫は至るところで砂の山になり、コンクリートの塊から血管のように突き出た針金が砂から覗く。その山を潰した形でそこを通り過ぎた車輪の跡が模様のように錯乱していた。月まで届きそうだったあの伸びた草達はもういない。そのどの草よりも群を抜いて高い壁がこの場所を四方で囲み閉ざしていた。


 月が太陽のように輝かなくて良かった。


 コチは動かない大きな重機の上に恐る恐る着地した。どこだか知らないがショベルカーの顔色を伺う。冷たく動かないそいつはどうやらもう動きそうもない。


 「やれやれ。世界はこうも簡単に変わっちまうものかね?」


 平静を装ったコチの震える声が虚しく夜空に消える。


 「君、見かけない顔だよね?ここに何をしに来たんだい?」


 恐る恐る上から下を覗くと、今にも地面がヒビ割れ崩れそうなほどの重そうな体についた足には、何度、潰されたのだろうか、潰れた土や小石が足にへばり付いていた。イビツなほど大きな手の指の間には色のない塊のカスとわずかな緑の草が絡まっていた。


 ショベルカーは答えているのに、コチはその答えをはぐらかすようにその手から視線を逸らした。


 こいつが何者で何のためにどこから来たのか知るはずもない。コチの周りには、コチの知らない大きな力が溢れかえっていた。「どうして?」なんて、それをいちいち考えていては切りがない程だ。知ってもコチにはきっと理解ができやしないのだろう。


 今、この大きな重機は動かない。だからコチに危害を加えない。それが一番重要な事だ。


 それでいいじゃないか。


 抑えようとしてもコチの鼓動は激しくなった。コチは口から「叫び」に化けて、飛び出してきそうな鼓動を吐き出さぬように、ぐっと堅く口を閉ざす。でも、コチの脳裏に何度も一匹の蝶が通り過ぎ、それを邪魔する。コチは、その蝶を追い払うようにゆっくりと深呼吸をして、暴れまわる鼓動を落ち着かせて、言葉に変えた。


 「どうしようもないだろ?僕に何ができるっていうんだ・・」


 コチは、何もかもを追い払うように羽を動かした。


 「帰ろう。」


 コチは、独りぼっちの月に一瞥した。 


 「また、あの高い壁を登るのか。全く。趣味の悪い壁だ。」とコチは、気を紛らわすように近づいてくる壁をわざと煩わしそうに見つめた。そして、ため息をつく。体はとてつもなく重かった。コチはそれも気付かないふりして進んだ。


 「あなたは蝶々さん?」


 突然、声がした。


 コチはその声に心臓をギュっと掴まれ、そのまま引っ張られるように、咄嗟に瓦礫の影に隠れた。ドンドンドン鼓動は「どこどこ」と叫んでいる。コチはすぐに辺りを見回した。コチの目に映っているのは、やっぱり不規則に積み上げられた瓦礫の山。


 空耳だろうか?


 コチは月を見上げる。


 「しゃべった?」


 激しくなり続ける鼓動の音に気を逸らす為だ。


 でも、なんだか、月はさっきよりも輝いているように見えた。


 月明かりはゆっくりと下に向かって降り注ぐ。


 コチは月明かりに誘われるようにそこに視線を向けた。


 さっき通り過ぎた盛り上がった瓦礫の山と山の間。


 何だかその谷間に光が降り注いでいる。


 そんな気がした。


 コチは、羽を小刻みに動かす。


 さっき通った月光の落ちるその場所に恐る恐る近づいた。


 高鳴る鼓動。それを抑えるように息を殺す。


 もうすぐ・・


 そして、


 チラリと谷間を覗いた。


 あ、


 いた。


 そこには、半分砂に埋もれた一輪の花が咲いていた。


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