短冊ラジオはおじさんの声
残業で遅くなった。地元の駅を降りると、ビジネスシューズの靴音が妙に響く。暑いのでネクタイを緩めた。
人気のない商店街を歩いていると、七夕の飾りが見えてきた。今朝まではなかったな。随分と立派な笹竹だ。
綺麗に弧を描いた青い笹に、たくさんの短冊が掛かっている。金銀の折り紙飾りも揺れている。街灯の光を反射して、人通りのない深夜の道に華やぎを添える。
笹竹に近づくと微かに音が聞こえてきた。機械を通した人間の声だ。どこかの店が宣伝音声を切り忘れたのか。それにしては陽気さがない。
淡々と、BGMもなく、棒読みだ。声は陰気な男性の声。なんだか薄気味悪い。時折、ザザァとノイズが混じる。ラジオだろうか?
「赤帽子配管工のゲームが欲しいです」
「セントバーナードが飼える収入が欲しい」
「試験に合格しますように」
「家内安全」
「人気ブランド品をフリマアプリで高く売る」
全く夢の無い願い事だな。
願い事?
そう、聞こえてくる音声は、全て誰かの願い事のようなのだ。まるで短冊に書かれている文言みたいな。
商店街のイベントか。録音された願い事を流しているのだろう。素人のおじさんが淡々と読んでるんだな。
屋根のない商店街の道端だ。付けっぱなしの野晒しで、スピーカーが壊れかけてるのかな?漏電は大丈夫だろうか。
いよいよ短冊が目視できる場所までやってきた。
あれれ?
短冊と一緒に、小型ラジオがたくさん枝に掛かっている。ラジオの重さで枝は地面につきそうなほどだ。
その一つ一つが順番に音を出している。
ラジオを模したスピーカーなのだろうか。
なんとなく興味を引かれてしばらく七夕飾りを眺める。
やはり、ラジオの形をしたものから流れる音声は、短冊の内容を読み上げている。
笹竹の根元には小卓が設置されている。箱がある。蓋を開けると、未使用の短冊と記入用のペンが入っていた。自由に書いて枝に下げられるのだ。
私も一枚、書いてゆくかな。
明日の夜には、おじさんが淡々と読み上げてくれた音声が流れているだろう。
しかし、短冊はかなりあるのに、大変だな。同じ声に聞こえるけど、モソモソしたおじさんの声だしな。何人かで手分けして録音しているのかもしれない。
ラジオ型のものは、短冊の数だけ下がっている。こちらはそろそろ数の限界じゃないかな。1日目でこれじゃ、別の方法を考えないと。
もしかしたら、初日の昼間だけのイベントだったのかも。だとしたら、私の分は読まれないな。少し残念だ。
残念ではあるが、せっかく書いたのだし、下げていこう。
私は比較的空いている枝に、黄色い短冊を結びつける。
「冷たいビールが呑みたい」
短冊を下げた途端、淡々としたおじさんの声が聞こえた。
「えっ?」
私は辺りを見回す。
「ええっ!」
近くには誰もおらず、私が下げた短冊の後ろには黒い小型ラジオのようなものが出現していた。
呆然と立ち尽くしている間に、ラジオたちは2周ほど短冊を読み上げた。
「不思議なこともあるものだなあ」
ラジオたちは、淡々と願い事を読み上げる以外、何もしない。私は3周目の読み上げが終わる前に立ち去った。
一人暮らしの味気ない部屋で、冷えたビールが待っている。今夜はこの不思議な七夕飾りをツマミに、黄金色の泡立つ夢を堪能しよう。
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