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第84話 脱出Ⅰ

 単眼鏡を覗くエルザは軍の動向に目を光らせる。

 同じようにララも単眼鏡を持ち、窓から身を乗り出すようにして様子を見ていた。


『何が起こっているのだ?』


 その声に、エルザは瞬時に振り返る。

 しかし、すぐさま顔を元の位置に戻すと単眼鏡を覗き込んだ。


「最前線に出ているのは魔法使いですね。オスファは魔法での直接対決を選んだようです」

「えっ、何? その説明口調……」


 ララの言葉にエルザはピクリとも動かない。

 エルザをいぶかしみながら、ララは単眼鏡に目を戻した。


「あっ、オスファが動くみたい」

「オスファ側から仕掛けるようです。ここからでははっきりと見えませんが、おそらく足止めのための範囲攻撃魔法陣――」


 遠くながら目の当たりにした光景に、エルザはごくりと固唾を呑んだ。


『どうした?』

「対比から考えると魔法陣の直径は5メートルほど。そこから理解の範疇(はんちゅう)を超える魔法が解き放たれました。どうやっているかはわかりませんが、通常の魔法陣の数十倍の威力はあるでしょう。だから私たちは不要と言われたのでしょうか」


 並みの威力でないことはすぐにわかる。

 これほど距離があるにもかかわらず、周辺の空気が揺らいでいるのが見て取れる。

 通常では耐えられないような熱量が発生しているのだろう。

 魔法が発動すると同時に、巨大な防御障壁が展開されたのがその証拠だ。


 大規模戦闘を想定した超広範囲殲滅魔法とでも言うべきか。

 放たれた巨大な炎の塊は、液体のように不安定な形状で獲物を飲み込まんと神聖国軍に迫る。


「あっ」「ああっ」


 ララとエルザが同時に悲痛な声を上げた。

 エルザが信じられないと、声を震わせながら報告する。


「放たれた炎が障壁に包み込まれるようにして……撃ち消されました」

『おそらく多重構造の障壁だな。さすがは大神官の末裔といったところか。いや、しかしまずいな。王国魔法使いの最高峰はあのベルタとかいう女だろう? 低く見積もっても相手の強さはその数倍はあるぞ』


 ベルタは勇者の血を継ぐ者として、魔法技術もさることながら王国最高の魔力量と言われていた。

 エルザがどれほど研鑽(けんさん)を積もうとも、ベルタのいる領域までは届かないだろう。

 それほど力の差があるというのに、攻めてくる相手はさらに格上だという。


 戦いはまだ始まったばかりでどう転ぶのかはわからないが、オスファが敗ければ次に攻め込まれるのはノードだ。

 こちらにはミックがいるが、一人だけでは戦局を変えることは難しいだろう。

 国が生き残るにしても、壊滅的な打撃を受けることは想像に難くない。

 結末は女神のみぞ知る、という言葉はあるが、あまりにも分が悪い。

 エルザは顔を曇らせてうつむいた。


 喪心するエルザをよそに、今度はララが報告のような解説を始める。


 数の比率では圧倒的にオスファ優勢だが、魔法使いの質が違いすぎた。

 戦いは一方的なものになっていく。


 障壁の隙間から魔法を撃ち込んでいたオスファの攻撃は、次第にその回数を減らす。

 持ちこたえるだけ、防戦一方ともなれば勝てるわけがない。

 息もつかせぬ攻撃に、ついにオスファの一角が崩された。

 壁に開いた小さな穴は、大きな穴へと押し広げられていく。


 ララは被害想定をも伝える。

 その解説を黙って聞いていたリーヴェが口を開いた。


「王都でいっぱい人が死んだんですよね。ここでもいっぱい人が死んで……。なんでこんな争いを起こすんでしょうか」


 国が攻められれば、国を守るため、人を生かすために反抗するのは当然のことかもしれない。

 考えが甘いのだと言われるだろうが、リーヴェには納得できなかった。


「言葉は通じるんですから、話し合いで解決できなかったのでしょうか」


 ソファーに座るリーヴェは膝上の木箱をなでる。


「話し合いで解決できるような世界だったらよかったのだけどね。仕方がないよ、考え方は誰もが違う。協調もすれば対立もする。人数が大きくなれば対立は争いに、行き着くところは互いに傷つけ合う戦争になる。言葉で解決できないことは暴力や魔法で解決するしかないのだから」


 ララが私見を述べつつ、単眼鏡の先端を左右に大きく動かした。


「北からオスファの増援部隊が来たみたい。たぶん南からも。……なるほど、魔法騎兵ね。王都がすぐに落ちたのも納得かな」


 神聖国軍の中から、馬に乗った魔法使いが何人か飛びだした。

 ララはその姿を目で追う。


「マホーキヘーってなんですか?」

「単に魔法使いの騎乗兵のことなんだけど――」


 構想自体は古くからあったものだ。

 機動力を獲得した広範囲攻撃可能な魔法使い。

 実在すれば厄介極まりないのだが、机上の空論の兵科だと位置づけられている。

 移動速度の違いから孤立しやすいこともあるが、一番の要因は魔法陣を使わない魔法使いが必須だということだ。

 それも傑出した力量、現在でいえばメルヒオールほどの人物が必要となる。


 北と南から挟撃を仕掛けるオスファの軍を魔法騎兵が蹂躙(じゅうりん)する。

 もうオスファには手練れの魔法使いがほとんど残っていないのだろう。

 神聖国軍は増援のオスファ軍を瓦解(がかい)させると、そのまま城下へと進入した。

 遅れて、町の通りからは火の手が上がり始める。


 ララは単眼鏡から目を離すと、隣で呆然としているエルザに話しかける。


「エルザちん、情報収集はある程度できたよ。そろそろ行動に移さないと巻き込まれるんだけど」


 ララがエルザの肩を掴んで前後に揺らすが、エルザは下を向いたまま反応を示さない。

 ララは表情を変えることなく右手を大きく振りかぶった。


 室内に乾いた音が響き、赤く染まったエルザの頬が熱を放つ。


「ねぇエルザちん、ボクたちがどうにかしなきゃならない状況なんだよね。次期ノード代表のエルザちんにはもっとしっかりして欲しいんだけど」


 頬に手を添え、呆然としていたエルザは何があったのかようやく理解したようで、拳に力を入れてララを睨みつける。


「ボクの手も痛いんだけど」


 ララは上げた右手をプラプラと左右に振る。

 まるで被害者のように演じるララを見て、諦めたエルザはため息を吐いた。


「すみません、呆けてしまっていたようです。現状を教えてもらえますか?」

「オスファの軍は壊滅状態。今、神聖国軍が城下に入ってきたところ。馬に乗ってるから移動速度はかなり早いね」


 エルザは咳払いをすると、すぐに考えをまとめて言葉にする。


「そうですね。クラウス様には悪いですが一台馬車を拝借します。それでノードに帰還しましょう。ララさん、厩舎(きゅうしゃ)の場所は知っていますか?」

「それなら知ってるよ」

「では、ララさんとリーヴェは馬車の用意をお願いします。私は厨房で食料を失敬してきます」


 悩んでいる暇はない、考えている時間はない。まずは動かねばならない。

 三人は互いに頷くと部屋を飛びだした。

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