第82話 反逆の狼煙Ⅲ
王都の西側、町を背にした王国軍は鶴翼の陣で部隊を展開していた。
前方には機動力のある騎兵に長弓兵。続いて魔法防御を主とする重装歩兵が並ぶ。
その後方に配備されるのは王国屈指の魔法使いたちだ。
射程、魔力量、得意とする魔法の種類によって分けられた魔法使いたちが布陣する。
後方に急遽組み上げられた矢倉の上、ベルタは迫りくる神聖国軍に目を向けていた。
今の時代、実戦経験のある魔法使いなどほとんどいない。
攻守の要である魔法使いが浮足立つのは王都の存亡に関わる。
士気を高めるためにもベルタは檄を飛ばす。
「もう少しで射程に入るよ! 王国魔法使いの力を存分に見せつけてやりな!」
ベルタの言葉に合わせるように王国軍団長の指揮のもと、兵士たちが行動を開始する。
長槍を携えた騎兵がゆっくりと前進し、その後に長弓兵が続く
壁役となる魔銀製の盾を持った重装歩兵と共に、攻撃と防御を担う魔法使いたちが続いて歩を進める。
主力となる1級魔法使いたちが、互いに干渉し合わないよう距離を取った。
準備を万全に、王国軍は息を飲んで神聖国軍を迎え撃つ。
開戦の宣言などなく戦いが始まった。
騎兵が前線を攪乱して、弓兵が矢を放つ。
矢に合わせて攻撃を担う魔法使いが魔法を飛ばす。
その後方、盾をかまえた兵士と共に防御を担う魔法使いが防御障壁を展開する。
ものの数分で戦闘は激しくなっていった。
王国軍に比べ、神聖国軍は圧倒的に数の少ない中、その士気は恐ろしいほどに高かった。
短期決戦を見込んでか、戦闘を長引かせることなどまったく考えていない規模の魔法が王国側に叩きこまれる。
騎兵や弓兵は地に倒れ、物言わぬ骸に変わる。
押される前線に、重装歩兵と魔法使いたちはじりじりと後退する。
防御障壁を打ち壊される者、魔力が尽きる者、魔法使いにも死ぬ者が出始めた。
これはすべて王国側の作戦だった。
王国軍は神聖国魔法使いの力量を知らない。
隣接しているとはいえ、国交がないのでは当然だろう。
だが、それは相手にとっても同じことだ。
神聖国は王国魔法使いの力量を知ってはいまい。
ここまで十分に魔法を撃たせた。かなりの魔力を消耗しているはずだ。
魔力量が少なくなれば、攻撃も防御も甘くなるのが必然。
矢倉の上から最大射程を測っていたベルタが叫ぶ。
「前衛、障壁最大展開! 味方を後ろから撃ち抜くんじゃないよ! 各自、かまえ!」
後方に配備されているのは長射程の魔法を扱える1級魔法使いたちだ。
神聖国軍を射程に捕らえ、王国軍は攻撃に転じる。
始まるのは反撃する間を与えない波状攻撃。
ベルタは杖で大きく円を描き、魔法を発動させた。
周囲に浮かび上がるのは、手の平ほどの小さな水色の魔法陣。数にして16もの魔法陣が浮かぶ。
「打ち砕け、弾ける氷塊」
魔法陣からは氷粒が生じる。
小指の爪程度の大きさしかないが、金属のような硬さに圧縮された氷塊だ。
ベルタが氷塊を浮かべる魔法陣を杖で突くと、力と方向を与えられた氷塊が撃ちだされた。
視認することも難しく、生半可な防御障壁など簡単に貫いてしまう小さな礫。それは風切り音を放ちながら神聖国の魔法使いを目指して乱れ飛ぶ。
王国の最強魔法使いの一角、その知識ゆえに賢者と名高いメルヒオールも攻撃を開始する。
メルヒオールの魔法陣は矢倉の高さほどあろうかという巨大な円。その魔法陣の色が赤から緑に変わった。
敵陣の中、人の背丈よりも大きな火の塊が出現する。
火の塊は風をまとい、螺旋状に広がっていく。
賢者メルヒオールの火炎魔法、それも発現地点を操作できる魔法の威力は凄まじいものだった。
強力な火炎魔法はその存在自体が脅威となる。
火熱は肌を焦がし、空気を吸い込めば肺を焼く。
これを防ぐには、分厚く全身を覆うような防御障壁でなければ難しい。
王国魔法使いの猛攻に、神聖国の魔法使いたちが地に伏していく。
疲弊し、頭数を減らした神聖国軍。数をもって包囲すれば勝負は決したも同然だろう。
防衛戦である王国にとって、兵士の補充は容易い。ベルタのさらに後方には機動力のある騎兵たちが集められていた。
王国魔法使いの活躍を見て王国軍団長が指示を出し、待機していた騎兵たちが左右に散ろうと動きだした瞬間だった。
騎兵たちの並ぶ中から爆炎が巻き起こる。その爆炎は竜巻のように渦巻き状となって広がる。
「挟撃!?」
ベルタの頬を熱風が撫でる。
無論、陽動や少数での防衛網突破は考慮している。
敵の奇襲を警戒して、町の内外には多くの兵士や2級魔法使いが配備されているはずだった。
予期していなかったことにベルタは臍を噛む。
火が消え、地面に転がる兵士と馬の向こう側、ベルタは、敵の姿を視認する。
若そうに見える風体の三人。
だが、侮ることなどしない。その実力は目の前で見せつけられたばかりだ。
「まさか三人共、同じような実力じゃないだろうね」
賢者よりも格上の魔法使いが三人ともなれば分が悪い。いや、状況がひっくり返る。
すぐさまベルタは頭の中で損得の計算をする。
密集した場所、怯えた馬では騎兵の価値は半減する。
ならば、また囮になってもらうしかない。
「騎兵は迎撃せよ! 使えない馬は捨てよ! ただ突き進め!」
騎兵、下馬した兵士たちは後ろから現れた敵三人に向かう。
「後衛の1級魔法使いは敵三人を優先! こちらの被害を抑えようとは考えるな! 相打ち覚悟で攻めろ!」
三人に突き進む兵士たちの後ろから同士討ち前提の魔法が放たれる。
しかし、それらの魔法はすべて防御障壁にて阻まれた。
お返しとばかりに火炎が兵士たちを包み込んだ。
真っ先に誰を叩くべきか。
それは強力な範囲攻撃を使える魔法使いだ。
「空間跳躍」
ベルタは空中に飛び上がる。
宙を舞い三人のいる上空、太陽を背にしたベルタは魔法陣を展開する。
氷塊を放った瞬間、ベルタは三人と目が合った。
「ちっ、気づかれたか」
仲間の魔法に合わせ、高く飛んだつもりだった。
感がいいのか、もしくは魔力感知を持っているのか。
だが、敵の防御障壁の対応は遅れた。
集中して放った氷塊が一人の足を突き抜けた。
地に降り立ったベルタは警戒しながら相手を睨む。
「煩わしいね」
教会の神官と神聖国の魔法使いの使う治癒魔法は別物らしい。
片膝をついた男のそばに女が駆け寄った。女が治癒の魔法を発動させたのだが、回復の仕方がまるで違う。
なかなか神聖国軍の数が減らないわけだとベルタは納得する。
ベルタはちらりと後ろに目を向けた。
最前線となっていた場所が徐々に押され始めている。
このままではまずい、早くなんとかしなければ。焦るベルタが三人組に目を戻したその時だった。
地面の変化に気がついたベルタは空間跳躍で空中に飛び上がる。
立っていた場所の地面からは金属色の槍がせり出していた。
槍の穂先が動きだし、ベルタの後を追従する。
蛇の頭のように伸びてくる。想定以上に動きが速い。
「クソッ、障壁ッ!」
発動場所からどれほど離れていると思っているのか。
それを的確に操作できている意味もわからない。
悪態をつきながら、ベルタは小さくも分厚い防御障壁を浮かべた。
カンッと軽い金属がぶつかるような音がした。
槍の先端と障壁が交差した瞬間、障壁が粉々に砕け散る。
腹に穂先が突き刺さる。
いまだ昔の美貌が垣間見えるベルタの顔が苦痛に歪む。
穂先はそれでもまだ先を目指し、ベルタの体を引き裂いた。
肉塊となって地に落ちたベルタの横、剣を持った男が走る。
接近戦に強い魔法使いなど皆無だ。
勇者の力をもって、アハトは戦場を縦横無尽に駆け抜ける。
老齢ながら王国最強とまで呼ばれる賢者メルヒオールでさえ、一閃のもの斬り伏せられる。
次々に高名な魔法使いたちが骸に変わる。
恐怖に駆られた王国軍は統制を失ってしまう。
兵士たちは武器を捨て、残る馬を奪い合い、その場から逃げだした。
◆ ◆ ◆
夜空を彩るように王都の町並みからは火の手が上がる。
王都の戦力たる魔法使いや兵士は死に絶えたが神聖国側の被害も甚大だった。
大神官を始め、高位神官の死亡。
神聖国を発った時から半分以下の戦力になっている。
至る通路に死体が転がる王城。その中の一室に魔族たちが集まっていた。
テーブルの上には料理や酒、みずみずしい果実が並ぶ。
立ち上がったアハトが酒のつがれたグラスを高く掲げる。
「我ら魔族の仇敵、長年の悲願、勇者、大神官の血脈は途絶えた。今夜は祝宴だ」
アハトのかけ声と共に、グラスを持った各々の手が挙がった。
勝利の宴が始まり室内に熱気がこもる中、アハトは隣に座るノインとフィアに話しかける。
「王国での目的は終わった。これからのことだが――」
「明日からは魔王城を目指すのね」
「アハトはどちらから向かうつもりなんだ?」
王都から魔王城のあるノード国に向かう経路は二通り。
東に進み、オスファ領経由で向かう道。
北に進み、ノベスト国経由で向かう道。
どちらの経路にしても利点がある。
オスファ領は王国内で王都に次ぐ軍事力を持つ。
放っておけば反抗してくるのは想像に難くない。それならば道すがら潰してしまえばいい。
ノベスト国は神聖国影響下の国。
魔王城再建のための人手を集めるならここだ。
女神の姿を見せれば有無を言わさず協力を願い出るだろう。
「おい、女神」
アハトが何もない空間に声をかけると女神が瞬時に現れる。
「これはどちらに向かうのが正解なんだ?」
『二手に分かれればよい。それならばどちらにも行ける』
三人は顔を見合わせる。
二手に分かれるということは戦力を分散するということだ。
勇者の血を引く者がいたはずだが、それが誰なのかわからないほどに手応えもなく。
「ならば、オスファに行くのは俺とフィアで決まりだな」
「私とノイン、神官と魔法使いの力さえあれば大丈夫!」
「しかしだな」
「王都には勇者の血を引く者もいたはずだろ? でも、それが誰なのかわからないほどに弱かっただろ?」
勇者の力は一騎当千なれど、数を相手にする戦闘は不向きだ。
魔法使いには強力な範囲攻撃魔法、神官には強力な障壁と治癒の魔法がある。
王都でも、その活躍は目覚ましいものだった。
オスファ領を攻め落とすなら二人が適任だろう。
やむなくアハトは承知する。
「わかった。オスファは二人に任せよう。残る神官共は連れていくといい。使い方も任せる」
「よかった」
「任せておけ」
三人はグラスを手に取ると軽く合わせて打ち鳴らす。
「我々、魔族の未来に」
 




