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第08話 魔法

 リーヴェたちがこの地へ来て、既に半年が経っていた。


 昼食も終わり、間もなく午後の演習が始まろうとしている。

 テーブルの上の食器を片づけるリーヴェがミックに尋ねる。


「そろそろ魔法を教えてもらえるようになるのかな?」

『教えているだろう』


 毎日の内容に変化はない。午前中はミックの授業、午後からはひたすら魔力容量を増やすための練習。

 変わらない日々ではあったが、この半年でリーヴェは変わってきていた。

 始めた当初、10分も魔力開放をすれば、リーヴェは魔力枯渇を起こし気絶していた。

 それが最近では、何十分と開放しながらでも減らず口を叩くようになっている。


 これにはミックも驚くしかなかった。


 リーヴェのやる気もさることながら、その増えていく魔力容量にだ。

 三ヵ月もすれば、魔力容量の増加は頭打ちになると考えていた。

 しかし、蓋を開けてみれば、ミックの予想は見事に裏切られた。

 いまだ底は見えず、着々とリーヴェの体内魔力容量は増え続けている。


『そうだな。そろそろ本格的に教えてもいいかもしれん』

「本当に!? 教えてくれるの!?」


 この地に来た頃とは打って変わり、リーヴェは笑顔を見せ、手に持った矢をぶんぶんと振る。


『まずは右手に光を出してみろ』

「そんなのもう簡単だもんね」


 ミックの前に、リーヴェが右手を突き出し開いてみせる。

 各指先、五本同時に光の塊が生まれた。

 その光が手の平まで広がり、右手全体が光る。


『よし。それを手から切り離して矢を作ってみろ』

「わかった、やってみる!」


 リーヴェは左手に持っていた矢をテーブルに置いた。

 矢は半年間、絶えずリーヴェのそばにあったもの。勉強する時も、食事の時も、寝る時も。

 置いた矢を見つめながら、リーヴェは光る右手を視界の中に入れ、念じた。


 光が手の中で伸び、形を作る。


「できた……」


 あっさりとリーヴェは成し遂げる。

 まだ矢とはいえず、折れ曲がった木の枝のような歪な形のものだが。

 しかし、確かに魔法で作られた光の矢が、リーヴェの手のうちにあった。


「どうしたの?」


 何も言わないミックを不思議に思ったのか、リーヴェが問いかける。


『いや、こんなにすぐできるとは思わなくてな』

「そうでしょう!? なんたって、私は魔法使いの才能があるんだから!」


 自信満々、得意満面、えっへんとリーヴェは胸を張る。


『それでは、もう一つの魔法を教えよう。光の矢が攻撃なら、これは防御。障壁と呼ばれるものだ』


 触手が波打つと、その前に六角形の板が現れる。

 リーヴェの顔ほどの大きさ。魔力を含んでいるためか不透明な板であり、見た目は磨りガラスのようなもの。


『これは作れるか? 障壁が作れるようになると、光の矢と障壁をぶつける訓練ができるぞ』


 リーヴェはミックの生み出した障壁をじっと睨みつけ、それから目を閉じた。

 指先から光が生まれ、それが集まって丸い板となる。


『ほう……。これもすぐにできるか。具現化するのに時間がかかると思っていたのだが』


 少し疲れた表情を浮かべるリーヴェが答える。


「氷の板を想像したの。この国って冬になったらすっごく雪が降るんだけど、外にある水瓶に氷が張るんだ。昔はよくそれで遊んでたからね」


 冬になれば、ローバスト山脈から冷たい風が吹き下ろす。たっぷりと海の湿気を含んだその風は、大地に雪を降らせた。

 冬になり雪が降ると、基本的にノードの国民は外を出歩かない。

 そんな時だからこそ、リーヴェは誰もいない雪道で遊んでいた。


 リーヴェは悲壮感などおくびにも出さず、笑って言ってみせる。


 ミックは笑うリーヴェを見つめる。

 日々の変化はわからないが、半年前と比べれば成長の痕跡がまざまざと感じられる。

 最近のリーヴェを見ていると、ミックには今まで味わったことのない気持ちが芽生えていた。

 魔王になる以前、研究に明け暮れていた時にはなかったもの。

 体の内から沸き起こるその感情を探ろうとすると、なぜかくすぐったい。

 自分のことではないのに、なぜか妙に照れくさい。


 この気持ちが何なのか、悩んでも答えはでない。

 だが、感情的には悪くないもの。


 ミックは忘れることにした。


 魔法の研究でも、ままあること。

 できないことは根を詰めてもできず、ふとしたきっかけで悩んだ時間が馬鹿らしいほどあっさり解決することもある。


 説明できる言葉を、今のミックは持ち合わせていなかった。



   ◆ ◆ ◆



 リーヴェとミックが北の地を訪れてから約一年が経過した。


 既に二人はゲアストに戻ってきており、今は魔法ギルドに向かうために町中を歩いているところだ。

 以前とは違い、リーヴェはフードを被っていない。

 堂々とした様子で大通りを歩く。


「魔法ギルドに到着!」


 目的の建物まで着くと、扉を開けて中へと入った。

 すたすたとリーヴェは真っすぐ受付の前に進み、座っている受付嬢に声をかける。


「こんにちは。魔法試験の申し込みをしたいのですが」

「受験の申し込みですね。……もしかして一年ほど前にこちらに来られた方でしょうか」

「はい、そうです! 覚えててくれたんですね!」

「外来での試験を受ける方はあまりいらっしゃいませんので」


 にこりと微笑む受付嬢に対し、リーヴェも笑顔を返す。


「それでは何級の受験をご要望でしょうか?」

「3級でお願いします」


 受ける等級は以前から決めていたことだ。

 すぐさまリーヴェが返答すると、受付嬢は困惑の表情を浮かべた。


「さっ、3級ですか?」


 取り乱してしまったことに受付嬢は頭を下げ、言葉を続けた。


「失礼しました。3級ですと、お支払いいただく試験費用は金貨2枚でございます」


 リーヴェは布袋を取り出し、その中から2枚の金貨を手に取ってカウンターに置く。

 受付嬢はそれを手に取り、本物か確認した後、一枚の紙を差し出した。


「こちらが試験申し込み用紙及び経歴書です。ご記入後、こちらまでお持ちください。わからないことがあれば遠慮なく仰ってくださいね」


「わかりました」と一礼し、紙を受け取ったリーヴェはロビーのテーブルに移動する。

 ミックを背から降ろしてテーブルの上に置き、椅子に腰かけた。


『経歴書とはなんだ?』

「なんだろね?」


 ミックは紙に書かれている内容を読む。

 リーヴェはペンを取り出すと、紙を眺め、記入をし始めた。


「名前や住所、年齢を記入するみたいだね」


 さらさらと快調に項目を埋めていた右手が止まった。


『どうした?』

「何を書いたらいいのかわからなくて」


 名前や住んでいる場所の記入は問題ない。

 手が止まってしまった項目には、経歴、保持資格、師、特属と何を書いていいのかわからない言葉が並ぶ。


『わからなければ、あの者に聞けば済むことだ』

「そうだね」


 朝も早い時間とのこともあり、ロビーに人はまったくいない。

 ミックを抱えたリーヴェは書類整理をしている受付嬢の前に歩み寄った。


「すみません。何を書いていいのかわからなくて、教えて欲しいのですが……」

「はい、どちらの項目でしょうか?」

「経歴とは何を書いたらいいのでしょう?」

「そうですね。他の方だと魔法学園に在籍した期間や、師について何年研鑽を積んだのか、魔法資格をいつ取ったのか書かれます」

「独学で学んでいた場合はどうなるのですか?」

「ど、独学……ですか? 通常ですと、経歴とは師や学業についてからの期間を指しますので……」


 リーヴェは魔導書を手に入れてから勉強し始めたのが三年前になる。

 何もわからずに勉強していた時期だ。

 受付嬢の説明する言葉からすると、ミックを師として学び始めた一年前からが該当するだろうかとリーヴェは考えた。


「それじゃあ、特属とは何ですか?」

「特属とは得意とする特殊属性のことです。火や水、風といったものですね」

「わかりました。ありがとうございます」


 リーヴェは先ほどいたテーブルへと戻る。


「三年前から魔導書を読み始めたんだけど、経歴書には三年か一年か、どっちを書いたらいいと思う?」

『一年だな。三年前だと、とても勉強していたとは言えんな』

「そうだよね。あと、師はミックって書けばいい?」

『それは駄目だ。私はこの人間の世界に存在しないもの。名前を書くべきではないな』

「そっか。だったら師はいないって書けばいいね」


 記入を終え、ミックを背負ったリーヴェはカウンターの前に立ち、紙を受付嬢に渡す。

 その紙を受け取り、抜けがないか確認していた受付嬢の表情が怪訝なものに変わった。

 それを見たリーヴェは慌てて尋ねる。


「何か間違えているところがありました?」

「あの、独学一年というのと、師はなしとのことで間違いはないのでしょうか?」

「はい! それで大丈夫です」

「……それでしたら大丈夫です」


 受付嬢はもう一枚紙を用意すると、魔道具を使って申込用紙を転写した。

 転写され、複製された紙の表面には、薄く魔法陣の紋様が入っている。

 複製された紙をカウンターの上に置いた。


「こちらが受験票になります。試験当日、この受験票を持って魔法ギルドにお越しください」

「色々とありがとうございました」

「魔法試験のお申し込み、ありがとうございました」


 受付嬢が深く頭を下げ、リーヴェもつられて頭を下げる。


 申し込みも終わり、魔法ギルドを出たリーヴェは町の通りを歩く。


「よーし! 頑張るぞぉー!」

『あまり気負いはするなよ』


 望んでいた魔法使いになるための試験が間もなく始まる。

 あまりの浮かれように、リーヴェは周りの視線を気にせず杖を高らかに掲げた。

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