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第77話 勇者と神官と魔法使いとⅣ

 統一ベルツ王国歴125年、冬。


 館の入口に、上等な服を着こんだギアとテネスが並んで立っていた。

 冷えた空気が二人の頬をなで、吐く息が白く染まる。


「じゃあ行ってくるからな」

「行ってきます」


 二人は向きを変えて歩きだす。

 ギアは魔法を教えるために貴族の館へ、テネスは布教活動のために教会へ。

 行き先の違う二人は道に出ると左右に別れて進んでいく。

 クロは玄関口から二人の姿を見送っていた。


 王都に戻ってきたのが一年ほど前になる。


 テネスは貴族に謁見を求め、北の地で起こったことを報告した。

 女神レーツェルが現れ、女神に三人が選ばれたこと。

 魔法、刻印という知識を与えられたこと。


 王国上層部が協議した結果、女神レーツェルは神として認定され、三人は王都の一角にある館で暮らすようになる。

 それからしばらく、三人は忙しい日々を過ごしていた。


 ギアは王国兵士から剣術を学び、代わりに有力貴族の私兵に魔法を教え、貴族との関係を深めていく。

 テネスは望めばその場に現れる女神と共に、魔法という奇跡を見せ、布教活動を始めた。

 寄付金が集まると女神の教えとして道徳を説き、教会を次々に建てる。

 クロは言葉を覚えるためにも、刻印技術や金属加工技術の資料作成に没頭する。


 それから月日が経ち、王国には魔法や刻印の技術が広まった。

 しかし、広めた技術は初歩のものでしかない。


 どこまで教えてもいいのか、どのような人物に教えるべきなのか。

 これは三人が話し合った結果だった。



   ◆ ◆ ◆



 統一ベルツ王国歴127年、春。


 庭先には花が咲き、蝶や蜂が蜜を求めて飛び回る。

 春の訪れが目に見えるようになった頃、館の一室でギアとテネスが向かい合って座っていた。

 二人の前に、クロは菓子が乗った皿と茶の入ったカップを置く。


「ついに完成したんですか?」

「まだまだなんだけどね。食材や調味料が違うから、僕の知ってる味とはあまり似てないんだ」


 クロは残念そうな表情を浮かべながら椅子を引いて座る。

 最近、時間に余裕のあるクロは料理の研究、特に菓子の開発に力を入れていた。

 だが、ここでは調味料の味が違い、入手できる材料も限られている。

 その中で、ようやく完成に近づいた一品だった。


 菓子を手に掴み、眺めていたギアがそれにかぶりつく。


「うん、美味いじゃないか。これは菓子職人に改良を重ねるよう、伝えておいたほうがいいな」


 ギアは瞬く間にたいらげると、その顔を真剣なものへと変える。


「今日集まってもらった件だ。国王様より勅命(ちょくめい)が下った。ついに俺たちが戦場に出ることになる。クロも……いいよな?」

「もちろんだよ。そのために僕は呼ばれたんだと思うし、すべてが終われば帰れると思うから」


 ギアとテネスはその言葉を聞いて視線をそらす。


「前に通った道、ノルゼ領を通って北に向かうの?」

「いや、今回はオスファ領から北上する。目指すは魔王城だ」


 現在、王都東部にあるオスファ領がもっとも激しい戦地になっている。

 オスファの城は要塞化し、一端(いっぱし)となった魔法使いが順次参戦していた。

 結果として、南に下がった戦線を押し返している状況だ。


 戦線が上がったことで、北の地へと潜入した斥候隊が奥地にある魔族の城を発見した。

 その城に住まうは魔族の王。

 魔王を討ち取れば、人間側の勝利は揺るぎない。


「よし、準備ができ次第、出立しよう」


 女神に選ばれし三人はオスファ領へと向かう。



   ◆ ◆ ◆



 統一ベルツ王国歴127年、夏。


 魔族への大規模な反攻作戦が開始される。

 女神によって選ばれた勇者たちの参戦に、前線の士気は上がった。


 この頃になると、いくつもの戦場を生き抜いた勇士も多くなる。

 魔銀製の武器を持ち、魔法をも使えるようになったその者たちは、総じて英雄と呼ばれた。

 英雄たちを引き連れた勇者一行は、山を越え、平地を渡りながら快進撃を続ける。


 魔王城まではもう一歩。

 本拠地間近。魔族領域奥地に踏み込めば、おのずと厳しい反撃を食らう。


 足止めを食らう一行は、戦いに随伴していた貴族たちの提案で陣地を構築することになった。

 オスファ領から多くの物資や人員が一ヵ所に集う。

 補給も万全となり、精鋭の英雄たちと共にギアたちは魔王城を目指した。

 激化する総力戦。

 仲間を失いつつも魔王城にたどり着き、城内に入った三人は、ついに悲願の魔王討伐を果たした。


 満身創痍の仲間たちと陣地に戻ったギアたちは、魔王討伐を告げる。

 その場にいるすべての人間が、三人を囲んで大きな歓声を上げた。


 日が落ちれば、簡素なものながら陣地では宴が開かれていた。

 酒を飲み、歌い、散った仲間たちへの哀悼の意を示す。

 騒ぐ集団から少し離れた場所で、ギアとテネスは向かい合う。


「クロの力はなくなったな」

「女神様も現れなくなりましたね」


 もともと女神に願い出ていたことだ。

 魔族を滅ぼしてからだと思っていたが、クロの力は魔王討伐と共になくなった。

 そして、呼べば現れていた女神も現れなくなった。


「ですが、女神様はいつも私たちを見てくださっています」

「女神的にはあれで終わりということだろうな」

「……クロさん、悲しそうでしたね」


 そもそもが、女神はクロを元いた場所に戻すとは一言も言っていない。

 こうなってしまうのではないかと、二人は薄々感じていた。


「まあ、クロがいて助かったことも多い。お前もそう思うだろ?」

「クロは女神様のお導きによって呼ばれたのです。これが宿命だったのでしょう。犠牲なくしては成り立たないこともあります」

「お優しい大神官様の言うことじゃねぇな。だからこその寄付ってか」

「クロが不自由なく生きていけるようにです」


 この陣地はしばらく使うことに決まった。

 寝泊りは天幕で簡易的なものだが、これからは木造や石造といった本格的な建物の建築が始められる。

 クロは考える暇がないほどに働きたいとのことで、王都に戻らずこの地に残ることを選択した。


 先ほど、テネスは教会を通じてこの地に寄付することを宣言した。

 もちろん、この地を治めることになるだろう貴族に取り計らってもらうためだ。


「でも、ギアも色々とやっているでしょう?」

「今までの借りを返しただけだ」


 問題になりそうなのはクロの黒髪。

 ギアは髪染めの薬を手配してもらうよう貴族に頼み込んでいた。


 冬の厳しそうな未開の地であるが勇者と神官、二人の口添えがあれば不自由なく暮らせることはできるだろう。


「この件が終わればどうするのですか?」

「女神から貰った力は消えてないんだ。王様の下で働くさ。テネスは?」

「そうですね。私は平和な世が続くように教えを説いていこうと思います」

「そうか、互いに頑張ろうや」

「ええ」


 酒の入った杯をぶつけ、二人はひと時の休息を味わう。

 節目の宴の夜は瞬く間に過ぎ去っていく。



 翌日、英雄たちを引き連れたギアとテネスは魔王城に赴いていた。

 魔王はいなくなったが、魔族たちはまだこの地に残っている。

 魔王城を境にして、ギアは東にテネスは西に、残党狩りが始まった。



   ◆ ◆ ◆



 馬に乗り、テネスは西に向けて先行していた。

 歴戦の勇士といえど、女神の力を持つギアやテネスにはとうてい及ばない。

 無駄な死傷を防ぐため、テネス以外は戦闘に関わらないようにさせていた。


 夕暮れ間近、テネスは山間(やまあい)に立ち昇る煙を見つける。

 テネスはため息を吐くと、馬をその場所に向けて走らせる。


 周囲を警戒しながら近づくと、その場所が見えてきた。

 それは人間が住んでいるような小さな集落だった。

 馬を木につなぎ、テネスは様子を確認するために村に近づいていく。


「なんてことだ……」


 そこにいる村人の姿を見て、テネスは思わず声を出す。

 今まで見てきた魔族とは一線を画していた。

 茶や赤の髪色。薄汚れているが人間と変わらない肌。見た目は人間と変わらない。

 ただ、頭部に小さな角、臀部(でんぶ)辺りからは尻尾のようなものがあるだけだ。


 こんな西の僻地(へきち)に、人間と同じような姿の魔族。

 そのような姿ゆえ、魔族の中でも排斥されていたのではないか。そんな思いがテネスの頭を(よぎ)る。


 ふと、女神に言われたことを思いだす。

 ――優しき者には神官の力を。


 女神は力を与えると言っただけで、魔族を滅ぼせとは言っていない。

 それに、もう魔王はいなくなったのだ。

 あれほど見た目が人間に近いのならば、人間に敵対しないのならば、人間と共に暮らせるかもしれない。


 テネスは対話をするために村へと足を踏み入れる。

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