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第74話 勇者と神官と魔法使いとⅠ

 ベルツ王国が周辺国をその傘下に収め、統一ベルツ王国歴とあらためてから百年以上。

 小さな(いさか)いはあるものの、領地は平和に治められていた。

 しかし、あまりにも長く平和な時代が続いたこともあって、ベルツ王国国王四世は窮地に立つことになってしまった。


 平和な世は、爆発的な人口増加を引き起こした。

 その増加を受け入れられるほどの基盤がなく、国内には貧困層があふれ返る。

 徒党を組んで犯罪に手を染める者たちが続出し、治安悪化の一途をたどった。


 さらに悪いことは重なる。

 干ばつによる凶作により食料が不足し、貧困層を中心に多くの民が飢えて死んだ。

 処理が間に合わず、放置される死体。

 不衛生な環境は、国に病を蔓延(はびこ)らせた。


 国王は苦悩した末、貴族たちに治安回復に努めるよう兵士の増員を命じる。


 余分な食料はない。

 口減らしのため、見せしめのため。罪人は捕らえられると即座に処刑された。

 そして不衛生な環境を排除するため、貧民街の一部は建物ごと焼却されることとなる。


 環境は一時的に改善したものの貧困層はまだ多く、また同じ状況になることは目に見えている。

 これらの問題に対し、国王は未開の地である北に答えを求めた。



 統一ベルツ王国歴122年、春。


 国王の勅命を受け、家督を継げそうにない三男や四男、領土を持たない名前だけの貴族たちは、貧民たちを引き連れて北の地を目指した。


 王都の北にはノルベル領、ノルゼ領がある。北の地とは、その二つの領のさらに北だ。

 切り開いた地で農業を起こす。

 貧民に職を与えることで、人口問題、食料問題を解決させる。

 また別の狙いもあった。

 ノルベル領、ノルゼ領には反王派閥の貴族たちが多い。

 北の地に王派閥の貴族を送り込めば、反王派閥領地を上下左右から睨むことができる。


 幾度にもわたり、北の地には貧民や大工などの職人、農業指導者や兵士が派遣された。

 各所にいくつもの村が作られ、入植は順調に進んでいた。



 統一ベルツ王国歴123年、夏。


 ベルツ王城の一室に錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っていた。

 国王と、その右腕である宰相、王都の兵士を束ねる近衛兵隊長。王派閥に属する四人の領主。

 室内にいる八人の者たちは、一様に口を一文字に結び、堅い表情を浮かべる。


 事の発端は北の地から戻った貴族の情報だった。

 宰相が紙を手に取り、もう一度説明する。


「二度目ですので簡潔にご説明します。北の地にて、異形な者――人ならざる者たちと遭遇。異形なる者たちは摩訶不思議な力を使い、兵士や村人を惨殺。被害は二百人以上かと思われます。こちらがどう動くべきか……ですが」


 互いの顔色を窺うばかりで口を閉ざす者たち。

 その中でベルツ国王が言葉を発した。


「長らくなかった戦いが北の地で起きた。これは好機、神の思し召しではないか。ノルベル領、ノルゼ領の貴族に最低限の情報を与え、出兵の命を出せ」


 ベルツ王は反王派閥貴族を中心に、遠征の任を与えるよう宰相へと指示を出した。


 指示を出してから一ヵ月と経たないうちに、ノルベル領、ノルゼ領から貴族たちが出兵する。

 目的は魔法と名づけられた不思議な力の調査。および、王国に敵対する魔族と命名された者たちの捕縛だった。



 統一ベルツ王国歴123年、冬。


 出兵から四ヵ月後、宰相の元に入ってきたのは全滅に近い損害を出したとの報せだった。

 反王派閥貴族の退勢という思惑通りの結果に、ベルツ王はこらえきれずに笑いだす。

 後は王派貴族たちの兵力を消耗しつつ、魔族をどうにかすればいいのだと。


 しかし、その目算とは裏腹に魔族を抑えられず、被害は南下していく。

 このままでは王国領まで被害が及びかねない。

 貴族の兵士だけでは数に不安がある。

 ならば徴募だと、焦燥に駆られたベルツ王は国中に触書を出した。



   ◆ ◆ ◆



 統一ベルツ王国歴124年、春。


 王国からの援助もあってレライア領の人口は増え、のどかだった町は賑わいを見せる。

 その町の大通りに面した食堂にテネスという少年がいた。

 両親の営む食堂で、朝早くから夜遅くまでテネスは働いていた。

 町の発展の恩恵を受けて、立地場所のよかった食堂が繁盛したからだ。


 しかし、起こるのはよいことばかりとは限らない。


 いつしか、レライア領には王国からあぶれた貧民たちが流入するようになる。

 次第に増えていく孤児や浮浪者。

 死体が道脇に転がっているのは見慣れた光景になっていた。


 それに心を痛めたテネスは、食堂の余った食材や残り物を児や浮浪者に与えるようになった。

 それだけでなく、人手を欲しがっている場所を調べ、そこで働くようにと勧める。

 優しい心を持ったテネスは、忙しくも充実した日々を過ごしていた。


 通りをかがり火が照らす夕暮れ時。

 仕事を終え、顔を赤らめた商人たちが食堂のテーブルを囲んでいた。

 この食堂を利用するのはレライアの民だけではない。食堂には王都とレライアを行き来する商人たちも立ち寄る。

 幼い頃から食堂で働くテネスにとって、顔なじみの商人たちは領外のことを教えてくれる存在だった。


 商人たちの飲み食いはまだ始まったばかり。

 空になった食器を下げようと、テネスは商人たちのテーブルに近寄る。


「これ、下げますね」

「おお、すまんな。やっぱりここの料理は美味いな」

「ありがとうございます」


 両親の作る料理が褒められると嬉しくなるものだ。

 口元を緩めたテネスは空の食器に手を伸ばす。

 カチャカチャと食器の音が鳴る中、商人たちは酒を()み交わしながら雑談を始めた。


「先程の話だが……どうする? 儂らも北を目指すか? そこそこの稼ぎにはなるはずだろ」

「いや、しかしなぁ。どこまで安全なのかがわからん。命あっての物種だろうて」

「そうだな。魔族に会えば命はないと聞く」


 食器を重ねていたテネスの手が止まった。

 レライアにも、遠く北方では戦いが始まったとの噂は入ってきている。

 その話だろうが、魔族という言葉を初めて聞いたテネスは興味をそそられた。

 商人たちの会話の間隙(かんげき)を縫って、テネスはいつもの調子で尋ねる。


「あの、魔族ってなんですか?」


 一斉に商人たちの視線がテネスの顔へと向けられる。


「北のことは耳にしてるだろう? 今、北方で戦っている相手は人間ではなく魔族と呼ばれる者たちだよ」

「人間とは姿形が違って、魔法という不思議な力を使うらしいぞ」

「魔族はな、人間を捕まえて頭から食べてしまうそうだ」


 商人たちは、それぞれが持つ知識を次々に語る。

 テネスが黙って聞いていると、酒が入っているためか、だんだんと怖がらせるような口調に変わっていった。


「僕にも何か手伝えたらいいんですけど」

「おっ、なんだ? 怖がらないとは威勢がいいな」

「そうだそうだ。国王様が徴募の触書(ふれがき)を出してるはずだぞ」

「レライアでも、もう出てるんじゃないか?」


 これまで生きてきた中で、テネスは喧嘩などしたことがない。

 剣術なども習ったことがなく、武器を持っての戦いなどできるわけがない。


「でも、やっぱり僕には無理そうですね」


 テネスの体は貧弱とまではないものの、肉付きはあまりよくない


「いやいや、徴募しているのは兵士だけじゃないぞ? 入植希望者に大工や鍛冶師といった職人、運搬作業者や料理番、洗濯番まで。色々と募集しているようだぞ」

「そうなんですか……」


 テネスは次男。この食堂は長男が継ぐことになっている。

 間もなく15歳になるテネスは己の進む道を決めなければならない。

 これでも食堂の息子だ。

 戦いはできなくとも、料理ならいくらでもできる。


「徴募って、どこでやっているんですか?」


 商人たちの話からすると、困っている人がたくさんいるのは間違いない。

 手助けができるのであれば行くべきだ。


 テネスは己の意志で北の地へ向かうこととなる。



   ◆ ◆ ◆



 統一ベルツ王国歴124年、秋。


 日が傾き始めた中、平原を北上する部隊がいた。

 先頭を進むのは、不揃いな装備で柄が悪く、野盗にしか見えない者たち。

 中央には統一された金属の防具をまとい、同じく統一された槍や剣で武装している兵士たちと馬車が数台。

 後尾には武器を持たず背嚢(はいのう)を背負う者たちが続く。

 数にして百人を超える部隊だ。


 太陽が赤みを増す。

 馬車に乗る大隊長からの指示が伝えられ、部隊の全体の動きが止まった。


「今日はここで野営か」「料理班は集合」「急いで天幕を降ろせ」


 そんな声がそこかしこから聞こえてくる。

 テネスは背負っていた背嚢を下ろすと肩を回し、額から吹きでる汗を手で拭った。

 料理番はここからが忙しくなる。

 枯れ枝を集めるために、テネスは仲間の料理番たちと近くの雑木林に向かった。


 周囲を兵士たちが警戒する中、テネスたちは枯れ枝を集める。

 集め終わると次の準備に取り掛かった。

 石組みのかまどを作り、種火をもらって火を入れる。

 具材や水樽を荷馬車から運びだし、板材で簡易の料理場を作る。


 やることは多いが、ここ数ヵ月は毎日のように同じ作業を繰り返しているのだ。

 もう慣れたもので、それぞれが手際よく行動して、瞬く間に準備を終えた。


 アクを取りつつ、テネスはスープの入った鍋をかき混ぜる。

 鍋の中には切った野菜、燻製肉のぶつ切りが入っている。


「もうそろそろかな」


 ひと煮立ちしたところで火力を落とす。

 玉じゃくしでスープをすくい、テネスは味を確かめる。


「うん、いい味」


 味付けは王国から配給された調味料。多くは使えないが素材の味と合わさって十分に美味い。

 料理番の中では若年でありながら、テネスはスープを任されるほどになっていた。


「なんだよ、もう味見終わっちゃったのかよ」


 その声にテネスが振り返ると、そこには若い男が立っていた。

 短めの赤い髪に勝ち気な目。


「うん、残念。いつもはすぐ来るのに、今日は遅かったね」

「かがり火の準備で手間取ってな。まぁいいさ。俺の分はこっそり超大盛にしてくれれば。で、何を手伝ったらいい?」

「じゃあスープ皿を持ってきてもらえる?」

「まかせとけ!」


 テネスは走るギアの背を目で追った。

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