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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第5章 求める先にあるものは~王都編~
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第73話 交流会Ⅳ

 箱持ちの魔法使いという名は王都にまで届いている。

 ベルタとヘルトの周りがまた騒がしくなった。

 しかし、先ほどとは違い、二人は興がさめたように落ち着いていた。

 王都に届いたのは尾ひれが付いた噂。

 さすがに4級や5級魔法使い程度の魔力量ならば、いくら腕がよかろうとも結果は見えている。


 万雷の拍手が降る中、杖を持ち、木箱を背負った黒髪の少女がゆっくりとした足取りで中央に向かって歩く。


 ヘルトは蔑む目でリーヴェを見つめる。

 魔力を増加させる杖や剣以外は持つべきではない。そのようなものは従者が持つべきだ。

 箱を背負う姿はなんとみすぼらしいことか。貧民の行商のようではないか。

 異色の黒髪に貴族以外の魔法使い。

 珍しいからこそ、誇張されてしまったのだろうと推察できる。


「さてさて、今度はどんな魔法を見せてくれるのかね」

「期待するだけ無駄ですよ」


 箱持ちの魔法使いが各方面へと頭を下げ、おもむろに杖の石突を地面に突き立てた。

 それに合わせるように拍手がやみ、静寂が会場を包み込む。


 杖を振るった。


 箱持ちの目の前に白い魔法陣が浮かび上がる。

 これは予想の範疇だった。

 体内魔力量が少なければ、魔法陣に頼らざるをえない。

 しかし、ヘルトが考えていたよりも魔法陣が小さい。


「これだと何をしているのか確認も難しそうですね」


 再度、杖を振るう。

 目の前の小さな魔法陣が防御障壁に包まれる。

 もはや、ヘルトたちには何をしようとしているのかが理解できない。


 箱持ちが杖を地面に触れるほど下げ、今度は杖を空に向けて高く掲げる。

 すると、魔法陣が防御障壁ごと浮かび上がった。


 見ている者たちの首が上がっていく。

 上がる。高く上がる。

 5メートル、10メートル、20メートル――。


 特別観覧室のガラスにへばりつくように、魔法使いたちは魔法陣に見入る。

 どれほどの高さかわからなくなったところで魔法陣の動きが止まった。

 防御障壁の中、魔法陣から莫大な力が生じ、その力に耐えきれなくなった障壁が破裂する。


 空に(まばゆ)い光が走った。


 遅れて爆音が響く。

 会場を揺らし、体を揺さぶり、心臓まで届くような音。

 粉々になった魔素が、きらきらと光を放ちながら大地に降り注ぐ。


「な、なんだこれは……」

「これは驚いたね。魔法陣を動かしてからのあの威力」


 通常、魔法陣は動かさない。

 そもそもが、薄さを前提とするために動かせないといったほうが正しい。


「火炎による燃焼とは違う。あれは爆発か。しかし、この光景は……」


 幻想的な光景だった。


「まるで女神様の沐浴みたいだ。すごいもんだね」


 空は晴れているにもかかわらず、雨が降ることを女神の沐浴と呼ぶ。

 その時は近くに女神がいるとされ、雨に当たれば女神の加護を得られると伝えられている。

 平民たちは騒ぎながら、空から降る魔素に向けて諸手(もろて)を挙げる。


 リーヴェは悠々と歩いて戻り、エルザの前に立った。

 空を眺めているエルザに、リーヴェは右拳を突きだす。

 ようやく気がついたエルザは、口元を緩めると右拳をコツンとぶつける。


 それが合図のように、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。



   ◆ ◆ ◆



 交流会が終わった翌日。

 女神が祝福しているかのように雲一つない青空が広がる中、交易路を何台もの馬車が東に進む。


 連なる馬車の中央、もっとも大きく豪奢な馬車の中にリーヴェたちはいた。

 対面式に座れる造りの内部。そこに座っているのは四人。リーヴェにエルザ、その向かいにはララとクラウスが座る。


 予定では王都に数日とどまるはずだったが、クラウスの一声で急遽オスファへと戻ることになった。


 交流会を終えてからのクラウスは、見た目でわかるほどに上機嫌で口元を緩ませていた。

 これは珍しいことだ。

 領主であるクラウスは、人前で笑顔を見せることはほとんどない。

 笑うということは感情を読まれ、つけ入る隙を与えることにもなりかねない。

 そんな考えを持ちながらも表情に出てしまうほどに、クラウスは湧き上がる感情をこらえきれなかった。


 馬車の中からは漏れるほどに豪快な笑い声が響く。


「はーっはっはっは! 思いだすと笑いが止まらん! ララよ、どうであった?」

「はい! この両の目でしかと見ました! 特にあの偉そうな小さな子供(ヘルト)! まさに愉快痛快でした!」


 並んで座る二人は顔を見合わせると、子供のような笑顔を見せる。

 それを見て、対面に座るエルザとリーヴェは愛想笑いを浮かべる。

 エルザは窓の外へと顔を向け、気づかれないようにため息を吐いた。


 余興の途中から、エルザとリーヴェの元には各領の魔法使いたちが、絶えず挨拶に訪れていた。

 理由は簡単なもので、リーヴェとエルザという魔法使いとつながりを持ちたいがためだ。

 その多くは派閥に属さない新米、派閥から離れて一旗揚げたい者、弱小派閥の者たち。

 名を覚えて欲しいと言ってくるだけであれば、まだ理解はできる。

 しかし、弟子にして欲しいと懇願してくる者がいれば、唐突に婚約を申し込んでくる者まで。

 交流会も途中だというのに礼節などあったものではない。

 そんな無礼な魔法使いたちを、クラウスは軽くあしらっては楽しげに追い返していた。


 エルザの思い描く目立ち方とは異なる。

 あれではノードの印象はよくないだろう。

 また小さくため息を吐き、正面に顔を向けたところで、エルザとクラウスの視線がぶつかった。

 にこやかな表情のクラウスが口を開く。


「エルザにリーヴェよ、王国の魔法使いでよさそうな男はおったか? いなかったのなら我が息子、ラインハルトはどうだ? まだ未熟だが、あと10年もすれば私ほどによい男になるぞ?」


 突然の言葉に、二人は困ったような表情を浮かべる。

 それを見て、クラウスは顎に手を当てて考え込むそぶりをみせる。


「うむ、それでは私の側室に入るか? リーヴェよ」

「すみません、側室ってなんですか?」


 そうリーヴェが聞くと、まっすぐに見つめられたクラウスは頬を緩ませて答える。


「私と結婚して子を成さぬか、ということだ。ラインハルトは優秀なれど魔法的な才能がない。その点、私とリーヴェの子ならば問題はないだろう。どうだ?」

「そ、そんなこと言われても困ります!」


 リーヴェはたじろぎ、周りに助けを求める。

 ララは顔をそらし、口元を押さえて笑いをこらえている。

 エルザは澄ました顔をしてはいるが眉間にしわを寄せ、不機嫌な時に見せる顔をしていた。


 この場ではミックに頼ることもできない。

 あちらこちらに視線が泳ぐ中、リーヴェはとある変化に目が留まった。

 クラウスとララの間にある小窓。そこから見えるのは王都の方角。


「あれ、なんでしょう? もしかして火事?」


 王都の方角からは、白や灰色の煙が立ち昇っているのが見えていた。

 エルザはリーヴェに体を寄せ、クラウスとララは少し腰を浮かせて振り返る。


「火事……なんてことはありえないと思いますが」

「あれほど広範囲だと火事じゃないよね」

「王都の魔法使い共がリーヴェの真似をして失敗したのではないか? それよりも、だ」


 腕を組み、存在感を誇示するようにクラウスは座り直す。


「オスファの未婚の男たちと見合いはどうだ? それなら三人共々、参加できるであろう?」

「さっ、三人ってボクもですか!?」


 対岸の火事と面白おかしく見物していたララは、不意に投げかけられた言葉に慌てる。

 こうなってしまえば一蓮托生の身。

 視線で語り合った三人は団結して、クラウスの提案を回避するために動きだす。


 かしましくなる馬車の中とは対照的に、一行はオスファ領へとつつがなく進む。

 王都が戦火に飲まれているとも知らずに。

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