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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第5章 求める先にあるものは~王都編~
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第71話 交流会Ⅱ

 クラウスとラインハルトは会場の確認に赴き、ララは買い物へと出掛けた。

 椅子に座っていたエルザは立ち上がり、配膳台車の横まで歩くと瓶型の魔道具を起動させる。


「新しくお茶を入れましょうか」


 エルザは湯が沸くのを待つ。

 その視線の先には、皿の上に乗った菓子を見つめるリーヴェがいた。


「これ、すごく美味しいね」

「それはドウナツという王都の菓子です」

「ドウナツ……」


 フォークで突き刺したドウナツを目の前に掲げ、恍惚とした表情で見つめる。

 太い腕輪のような形。小麦色の土台の上に砕かれた香しい木の実。さらに粉雪のような白く甘い粉がかけられている。


「ドウという生地を輪っか状にして揚げ、その上に砕いて炒ったナツの実。そこに真っ白な粉砂糖をかけたものです。王都でも人気があり、なかなか手に入れられるものではありません」


 リーヴェはがぶりと一口かじる。

 表面はさくりと、中はふんわりと。そこから歯ごたえのよい木の実の食感。

 そして、うっとりとするほどに甘い。


 リーヴェは一口かじったドウナツをまた目の前に掲げた。


「まるで魔法陣みたい。この穴から魔法の深淵が覗けそうだよね」

「あなたは何を言っているのですか」


 呆れたような声を出すエルザを、リーヴェは気にも留めない。


「これってゲアストでも作れないの?」

「……そうですね。もし、クラウス様にお気に召していただけるような魔法を余興で見せられるなら、ゲアストでドウナツを販売できるようにしましょう。ただ、白い粉砂糖の精製は難しく、別の何かで代替(だいたい)することになりますが」


 そう答えながら、エルザはリーヴェの前に湯気を上げるカップを置き、対面に座った。


 目標があればやる気も出るというもの。

 リーヴェは瞬時に妙案を閃く。


「魔力融合の魔法陣を使ってみようと思うんだけど」

『魔法陣を?』

「ミックが使うなら問題ないんでしょ?」

『確かにリーヴェには魔法陣を使うなと言ったが』

「どのような魔法を考えているのですか?」


 リーヴェはドウナツを刺したフォークを上げ、その穴からエルザを見る。


「エルザみたいに魔法の組み合わせを考えたんだけど――」


 にやりといたずらっぽく笑うリーヴェは魔法の内容を語る。

 話を聞いていたエルザの顔は、どんどんこわばったものになっていく。


「そんなことが可能なのですか?」

『力の加減は必要だが、たぶんできるな』

「……ですが、あまりにも力の差を見せつけてしまうことになりかねないかと」

『以前エルザが言ってただろう? ノードの国力を高めるため、強い魔法使いになるのだと。この際だ。ここで目立ってみるのも面白かろう』


 どの道、エルザが使う魔法だけでも注目されるのは間違いない。

 であれば、一人も二人も一緒だ。

 ミックはこれから先のことを思い、蓋をカタカタと鳴らして笑った。


 リーヴェとエルザの成長は早い。

 二人の学ぶやり方は違うが、それは優劣つけがたい。そこがまた面白い。


 エルザは自分で考える。どうすればいいのか考え、つまづいてもひたすら考える。

 考えがまとまってくると、確認のために聞いてくる。

 大概はそのままで問題ない。

 もし問題があれば、解決の糸口となりえる助言を一言伝えるだけでいい。


 リーヴェの考え方は独創的だ。

 知識が不足しているゆえに説明はたどたどしいが、感覚的にできること、できないことを理解している。

 一つのことを極めようとするその姿勢。

 気がつけば想定外のやり方で、教えた先までできるようになっている。


 ひな鳥が成長し、巣立つように、いずれ二人は自分の手(ミック)から離れていってしまうだろう。

 そう思えば、寂しさという感情が身をよじらせる。

 ただ、この場で存在感を見せつけるべきだという考えに至った。

 ちょうどよい機会、最高の晴れ舞台ではないか。


 才能あふれるリーヴェとエルザ。

 これから世界は二人を中心に回りだす――かもしれない。


「ね、いいでしょ? ミック」

『高度な操作技術が必要になる。時間が惜しい。自分で言ったことだ、弱音を吐くなよ』


 そう言うと、ミックはまた笑い声を上げた。



   ◆ ◆ ◆



 交流会の行われる会場は貴族街の外側、平民たちの住む区画にある。

 ネイザーライドにて品評会を行った建物と外見が似ているのだが、それは当然のこと。

 品評会の行われる会場は、この建物を模して造られているからだ。


 建物の造られた時代は古く、ゆうに三百年を超える。

 その間、改修、改装、補修が何度も行われており、外見は似通えど内部はまったくの別物になる。


 楕円形の建物の内部、中央には(なら)された地面があり、そこを囲むように観客席が設けられている。

 観客席よりも上には特別観覧区画として、空調魔道具の備え付けられた部屋が七つ。

 各部屋の一面には大きなガラス窓がはめ込まれ、会場内を見下ろせるようになっている。

 ガラス窓の前では参加者である魔法使いたちが噂話を交えながら、今か今かと開始を待ちわびていた。


 運営は違えど、毎年行われる行事だ。

 入場も問題なく終わり、席に着いた平民たちは談笑を交えながら開始を待つ。


 オスファ領の者たちが最終確認をする中、リーヴェたちは地面に置かれた長椅子に座っていた。

 簡易的に設置された長椅子なれど、決して簡素なものではない。貴族の館に置かれているような豪奢なものだ。

 なぜなら、リーヴェとエルザの間には領主であるクラウスが座っているからだ。


 クラウスは背もたれに体を預け、目を細める。


「箱持ちと氷槍。注目されているようだな」


 各特別観覧室のガラスには多くの人影が見える。

 距離は遠く、誰かまではわからないが、その視線の先がどこに向いているのかはわかる。

 想定通り事が運んでいることにクラウスは何度も頷いた。


 座る三人の元に、配下を引き連れたラインハルトが近づいてくる。

 いつもの雰囲気とは違い、その顔には勇ましさと緊張感が見て取れる。

 クラウスの前まで来ると、ラインハルトは片膝をついて頭を下げた。


「父上、そろそろ時間です」

「わかった。それでは開会の挨拶とするか」


 クラウスは手を動かして応えると、すっと立ち上がる。

 その瞬間、周辺の空気が変わった。

 威風堂々としたクラウスが登壇台に足を向けると、それに気がついた観客席の平民たちが声を上げた。


「リーヴェは緊張していないのですか?」


 長椅子に座るエルザは、クラウスの背を目で追いながら尋ねる。


「見られるのには慣れているからね」

「……リーヴェはすごいですね」


 余裕のある笑顔を見せながら平然と答えるリーヴェに、エルザは尊敬の念を深めた。

 それと同時に、理想との乖離(かいり)に唇を噛んだ。


 人前に出ることなど慣れたもの、冷静さを保つことなど造作もないとエルザは思っていた。

 だが、実際はどうだ。

 今から魔法を見せるのは、1級や2級といった王国の名立たる魔法使いたち。

 それだけでなく、魔法使いの最高峰であるミックの前でだ。

 そう考えるだけで体は震え、杖を持つ手がじっとりと汗ばむ。

 膝が笑い、立つことさえままならない。


『緊張しているのか? らしくないな。今までの努力はお前を裏切らない。自分を信じてやればいいだけだ』


 見抜かれていたのか、リーヴェの膝上から声がかかった。

 労いの言葉など珍しい。

 その言葉に毒気を抜かれたように、エルザの体はふっと軽くなった。


「お心遣い痛み入ります。少々気負っていたようです」


 居住まいを正したエルザは頭を下げる。

 エルザが顔を上げると、観客席の平民たちが会場を揺らすような歓声を上げた。


「開会宣言が終わったみたいだね」


 エルザは胸に手を添えると、息を深く吸い込み、ゆっくりと吐きだした。

 心音が緩やかに、穏やかに。

 集中力が、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。


「私なりの魔法をご高覧ください、ミック師匠」


 エルザはすっと立ち上がると、足を踏みだした。

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