第70話 交流会Ⅰ
アベイテ工房で魔道具の売買の契約を終えた翌日、余興の打ち合わせが予定されていた。
場所はエルザたちが泊まる宿舎の会議室。
その会議室の中、並べられた椅子にララとリーヴェは身を寄せ合うように座る。
二人の前にいるのは、目をつり上げて怒りをあらわにしたドレス姿のエルザ。その後ろには困惑した表情を浮かべるラインハルトが立つ。
「何だかとても怒っていませんか?」
「りべちんが怒らせたんじゃないの? ボクは褒められる側なんだけど」
二人は会議室の準備に向かったエルザに呼びつけられた。
明らかに激怒しているのだが、皆目見当がつかない。
朝食時に顔を合わせたエルザからは怒りなど微塵も感じられなかった。
それどころか、魔道具売買契約の件で満面の笑みを浮かべるほどに上機嫌だったはずだと二人は悩む。
視線を泳がせたララが「あっ」と小さく零すと、エルザが睨みつけてくる。
刺すような視線から逃げるように、ララは下を向く。
「王都までの道中で言ったことをお忘れですか? ララさん」
ララは下を向いたまま微動だにしない。
それを見て、エルザの視線がリーヴェに移る。
「もちろん、聡明なリーヴェさんは覚えていますよね?」
リーヴェは腕に持つ箱をぎゅっと抱き、伏し目がちに「はい……」と答える。
王都に来る途中の休憩時、何度も言われたことだ。
「それでは、何を覚えているのか教えてもらえますか?」
「王都の貴族に迷惑をかけるな……と」
「その通りです。それがよりによってヘア家だとは……」
魔法ギルドでの話をラインハルトから聞いた時、エルザは眩暈を覚え、倒れてしまいそうだった。
魔道具売買の交渉は大成功。そう聞いた後でのこの仕打ち。
その落差が声を荒らげさせる。
「ヘア家が燃え盛る炎なら、ノードは種火。簡単にかき消えてしまうような存在です。それをわかっているのですか?」
「あのヘルトってヤツが家名を名乗らなかったからね、仕方ないよね」
「あなたも一時は王都にいた身。それにカザーネ家の者なのですから、知っていてしかるべきです」
「指輪をしているのは見たけど、3級魔法使いでしょ? 王都にはそんなのいっぱいいるんだからさ、無理でしょ」
その言葉を聞いたエルザは顔をしかめ、ラインハルトが一歩前に出る。
「ヘルト様はわずか14歳にして2級魔法試験に合格した大天才だよ」
「……えっ!? 2級!? 14歳で!?」
ラインハルトの言葉に、ララは驚きの声を上げた。
幼少期の魔力は不安定という理由で、魔法試験を受けられるのは15歳からだ。
さらに初回で受けられるのは5級から3級までと決められている。
3級魔法使いになったとしても2級試験を受けるには最低1年以上空け、何かしらの功績や1級魔法使いの推薦がなければならない。
「どうやって2級を取ったの? なるほど、賄賂だね……」
「いやいや、実力だよ。いくらここがオスファの宿舎内だからと滅多なことを言わないでくれ」
「同世代と比べ、あまりにも力が違いすぎるゆえの特例です。それよりも、もし不敬だと詰め寄られれば、あなたはどう責任を取るつもりですか?」
「もうそれくらいでいいだろう」
四人がその声の方向を見ると、いつの間にか会議室の入口の前にはクラウスが立っていた。
「クラウス様、ですが……」
クラウスは部屋の中央へと足を進め、椅子を引くと豪快に座る。
薄ら笑いを浮かべながら、テーブルの上をとんとんと指先で叩いた。
「終わった話はもういいだろう。その場にベルタがいたのなら問題にはするまい。それよりも我々が考えるべきはこれからのことだ」
「失礼しました」と、エルザとララが揃って頭を下げる。
その横をすばやく通り、ラインハルトは用意していた資料を各席の前に並べる。
エルザとリーヴェが着席するとラインハルトも席に着き、資料を手に説明を始めた。
当日の出発時間、会場への着時間、余興の開始時間。
ラインハルトが説明をしている後ろで、ララは茶の用意を進める。
配膳台車の上、カップに湯を入れて温めて皿に菓子を乗せる。その間も淡々と説明は続く。
「余興の開始は運営委員長である我が父、クラウスが開会宣言をした後になる。二人の順番はエルザから聞いている通りでいいのか?」
「はい、一番手に私が。次にリーヴェが出ます」
リーヴェはエルザ、ラインハルトから視線を向けられると黙って頷いた。
順番についてはエルザから聞いていたことだ。
余興には二人しか出ないため、一番手だろうが二番手だろうが大差はない。
「余興で披露する魔法はどのようなものだ? オスファのことを気にかける必要はない。私が望むものは、おいそれと真似できない派手なものだ」
ここでクラウスが口を挟み、すぐさまエルザが返答する。
「私は土塊を操る魔法を使う予定です。過去に類を見ない魔法であり、さらに私なりの改良も加えています。目立つことは間違いないでしょう」
「ほう、それは期待するとしよう」
「ちょっといいか? 影響する範囲、時間、大きさや高さはどれくらいを想定している?」
「そうですね――」
エルザが答える内容を、ラインハルトが紙に書き留めていく。
二人の会話をよそに、クラウスはリーヴェのほうへと顔を向けた。
「では、リーヴェはどうだ?」
クラウスからの問いかけに対して、リーヴェはおずおずと答える。
「えっと、エルザ様と同じような魔法だと駄目でしょうか?」
「それは却下だ。同じような魔法であれば、場が冷めてしまう。それでは余興の意味がない」
リーヴェの使える魔法はそこまで多くない。
光の矢に土の槍、防御障壁に空間魔法。それに火や水の魔法くらいのものだ。
遠目にも見ることができ、珍しいものであれば光の矢だが、とても派手とは言えない。
どうしたものか。
悩むリーヴェの前に、ララのすらりとした手が伸びる。
そして菓子と茶の入ったカップが置かれた。
全員分の用意を終えたララは後ろに下がり、離れた場所の椅子に座る。
「エルザから話は聞いているが、かなりの魔法の使い手なのだろう?」
クラウスはそう言うと、目の前のカップを持ち上げて口元に運んだ。
一口飲み、喉を潤したクラウスは続ける。
「余興までにはまだ時間がある。それまでに考えればよい。そうだな、何か余興や交流会についての質問はあるか?」
質問も何も、リーヴェは交流会という行事さえ知らなかったのだ。
どう質問すればいいのかもよくわからず、言葉に詰まる。
『今までの余興の内容を聞いてみればいいのではないか?』
下から聞こえてきた助言に頷いたリーヴェは口を開く。
「これまでの余興って、どんなことをやっていたのですか?」
「それは僕が説明しよう」
エルザからの聞き取りを終えていたラインハルトが、手元の資料を確認しながら説明する。
「ここ数十年の余興は、各領地の郷土料理を振る舞ったり、踊りや民謡、魔道具の披露かな。それ以前は魔法を披露していたようだけど、残念ながらまともな資料は残っていないね」
『資料が残っていないか。それなら仕方なかろう。交流会のほうで使われる魔法を基準に考えるべきだな』
「……じゃあ、交流会ではどんな魔法を使うのでしょうか?」
「事前に提出した内容の魔法を見せるんだけど、火と水の魔法が多いね」
続けて、ラインハルトは去年の交流会でどのような魔法を見たのかを話した。
交流会に出る魔法使いのほとんどは新人の3級魔法使いではあるが、話を聞く限りノードの3級魔法使いよりも腕は上のようだ。
リーヴェは火の魔法はたき火くらいにしか使っていない。水の魔法は飲むためか、畑の水やり用だ。
どんな魔法を余興で見せるか。
悩むリーヴェがカップを持ち上げたところで、ラインハルトが手にしていた紙を置いた。
「交流会の終わり、閉会式の時には花火を打ち上げるんだ」
「花火……ですか?」
花の形にした火の魔法を空に撃つのだろうか。
初めて聞く言葉にリーヴェは首を傾げた。
「閉会式の頃には日も暮れる。王国の1級、2級魔法使いたちが暗くなる空に火の魔法を打ち上げるんだよ」
「……それはキレイでしょうね」
空に魔法を撃つと、どうなるか。
水平に放つ場合、垂直に放つ場合とでは、魔法の挙動が大きく異なる。
現象としては、垂直に魔法を撃つと水平方向の場合に比べて射程が伸びる。
これは高度による魔素濃度の違いにより、高度が上がるほど魔素に還りづらくなるためだ。
たとえば、空に光の矢を放つ。
射程は通常の3倍から5倍ほどになる。
その矢は流星のごとく尾を引いて、きらきらと光る粒をまき散らしながら魔素に還っていく。
光と火の魔法、属性は違えど想定はできる。
火の魔法を打ち上げると、枝垂れる魔素が空に咲く花のように見えるのだろう。
リーヴェはその光景を思い浮かべ、花火とは絶妙の表現名称だと感心する。
「結局は王都の力を示すためのものだけどね。オスファとしては、それに匹敵するくらいの魔法をやってもらいたいと考えているわけさ」
先程の話からすると、1級、2級魔法使いたちが数十人から数百人がかりでやっているのではないか。
それと同じくらいの魔法を、と言われれば手に負えない。
リーヴェが助けて欲しいとエルザのほうを見ると、エルザはにこりと笑って頷いた。
こちらの意志を理解していないとリーヴェはため息を吐き、言葉を口に出す。
「もう少し考えさせてください」
リーヴェは合図を送るように、膝上の木箱を叩いた。




