第66話 王都魔法ギルドⅡ
ミックの声に、リーヴェはきょろきょろと顔を動かして周囲を見渡す。
「どの人?」
『あの階段の前にいるやつだ』
中央カウンターの横には階段がある。
その階段の前、ギルド職員たちに囲まれている二人の人物が目に入った。
まとめた白髪を肩から垂らし、ローブを着た品のよさそうな老婆。
その隣には、貴族服を着た背の低い少年。
老婆は大きな杖を持ち、少年は腰に短い杖を差している。
ミックがを感知できるほどの魔力持ちということからも、二人は魔法使いなのだろう。
老婆が二言三言、ギルド職員と会話をすると、こちらに向かって歩き始めた。後ろには少年が続く。
リーヴェが遠目に見ていると、老婆が笑った気がした。
リーヴェとララがいるのは掲示板のある場所だ。
魔法使いであれば、掲示物に目を通すなど普通のこと。
しかし、老婆が笑ったように見えたことで、とある考えに思い至ったリーヴェは掲示板を見ているララの肩を叩く。
「あの人たち、ララ様のお知合いですか?」
「うん?」
振り返ったララが固まる。
女神像のように、ぴくりとも動かない。止まったまま何も喋らない。
リーヴェが目の前で手を振ってみても反応はない。
「おーい、ララ様? ララさん? ララちゃーん?」
リーヴェが肩を揺すると、かかっていた魔法が解けたようにララは動きだした。
ララがゆっくりと顔の向きを変え、リーヴェの両腕を掴んで激しく前後に揺さぶる。
「バ、バカッ! なんで知らないんだ! 超有名な人だぞ!」
ララは早口で捲し立てる。
しかし、周囲に聞こえないよう配慮してか、小声でだ。
「あの勇者の家系であり、女性にして初めて王都魔法ギルドの副ギルドマスターを勤めていたお方だ! それに、近年もっとも魔力量が多い魔法使いと言われてるんだ! ああ、直接お見かけできるだなんて……」
『なるほどな、あの魔力は勇者の末裔だからか』
「勇者様の……」
ララにとって憧れの人らしく、普段は見せない恍惚とした表情を見せる。
感激に頬を赤く染め、高鳴る鼓動を押さえつけるかのように、両の拳を胸元でぎゅっと握る。
勇者の子孫であり、元王都魔法ギルドの副ギルドマスター。
当然、魔法使いとしても最上位なのだろう。
そのような偉い人物がこちらに向かって来ている。
土産話にはなりそうだが、鉢合わせするのは厄介なことになりかねない。
ここは王都の貴族街。
出会う人には注意するようにと、エルザから何度も繰り返し言われている。
何を不敬と捉えられるか、わからないためだ。
粗相をすれば、リーヴェだけの責任だけでは収まらない。
連座でララとエルザも、それだけでなく国としての責任を追及される可能性もある。
リーヴェはそっと耳打ちする。
「ララ様、エルザの小言を覚えていますか? 問題にならないよう、ここは移動しましょう」
「そ、そうだね」
リーヴェとララは、テーブルが並べられた場所へと向かって歩き始める。
『やはり、目的はララかリーヴェのようだな』
リーヴェが横目で見ると、老婆はこちらのほうへと向きを変えていた。
テーブルの置かれた場所に着いた二人は立ち止まる。
もう距離もない。
また移動するのは逃げだすように見えてしまうため、不敬だと思われかねない。
「たぶん、ララ様に用件があると思うのですがどうしますか?」
不安な表情を浮かべるララは、無言のまま顔を左右に振った。
そのままリーヴェの後ろに隠れ、小動物のように小刻みに震える。
移動することもできず、ついには老婆が二人の前に立った。
にやりと不敵な笑みを浮かべる老婆が口を開く。
「お嬢さん、ちょっといいかい?」
「えっと、私ですか?」
リーヴェは自分を指差す。
貴族とのつながりはほとんどない。用件があるのなら、ララだとばかり思っていた。
にこにこと笑顔をたたえた老婆は、物腰の柔らかい口調でリーヴェに尋ねる。
「もしかして、箱持ちと呼ばれてる魔法使いかい?」
「……はい。そう呼ばれてるみたいです」
「噂だと、たった一年の鍛錬で3級試験に受かったとか。それは事実?」
リーヴェは少し悩むが、今さら否定はできない。
「はい、そうです」
「……そうか」
返答を聞いた老婆は、何か考え込むような仕草を見せて押し黙る。
リーヴェがどうしたらよいのか迷っていると、後ろにいた少年が老婆の横に並んだ。
赤い髪に勝気な目つき。
ララと同じくらいの背丈で、リーヴェよりも頭一つは低い。
そのことも相まって、歳は二つ三つ下に見える少年。
髪と同じ色、少年の赤い瞳がリーヴェを鋭く睨みつけた。
「おい、まずは名乗るべきだろうが! これだから土臭い田舎者は」
静粛たる建物内。
少年の怒号のような声が響き、何事かとギルド職員たちの視線が集中する。
慌ててリーヴェが名乗ろうとしたところで、それを遮るように老婆が右手を前に出した。
「いやいや、失礼した。気が急くあまり、礼を欠いてしまったようだ」
出された右手は空中で反転し、老婆の胸元に添えられる。
その中指にはめられた指輪が天井からの光を受けて輝きを増した。
「王都1級魔法使いのベルタ・ファル・ヘアだ。よろしくね、箱持ちのお嬢さん」
ベルタは笑顔のまま、少年に視線だけを向けて「おい」と声をかける。
少年は小さく舌打ちし、胸に手をやった。
「ヘルトだ」
リーヴェも右手を胸元に添えて言葉を返す。
「お初にお目にかかります。ノード国、3級魔法使いのリーヴェと申します」
「これはご丁寧にどうも」
ベルタとヘルトの視線がリーヴェの後ろに向けられる。
リーヴェは数歩後ろに下がるとララの背を触り、耳元でささやく。
「ララ様」
「ひゃ、ひゃい!」
ようやく現状を理解したララが一歩前に出て、名乗りを上げる。
「ノ、ノード国、5級魔法使いのララ・エル・カザーネです。こ、この度はお会いできて光栄です」
ベルタが目を細め、まじまじとララの顔を見つめる。
「その髪色に瞳、カザーネの家名。たしか……そう、占星の魔女姫だったか?」
「……はい。昔はそのように呼ばれていたこともありました」
「はぁ!?」
ベルタとララの顔を交互に見ながら、ヘルトが大きな声を上げた。
「ちょっと待て! 二つ名を持ちながらその魔力? さらに5級だと?」
「彼女の魔法は特殊なもので、あまり魔力を必要としなかったはずだ」
「こんな魔力量で使える魔法など、たかが知れているものでしょう?」
口ぶりから、ヘルトは稀な能力持ち、他人の魔力を見ることのできる人物なのだろう。
たしかに、5級でありながら二つ名持ちという魔法使いなど、自分以外に存在しない。
事実を言われ、ララは唇を噛み締める。
「カザーネの名は聞いたことがある。たしかノード三大貴族の一家。お前、その魔力量は恥ずべきものだと思わないのか?」
そんなことは、自分が一番理解していることだ。
望んで得られなかった才能。
努力し、足掻き、渇望してなお、増えることがなかった魔力量。
心の傷をえぐる言葉にララはうつむき、羽虫の鳴くような声を絞りだす。
「いくら努力しようにも魔力が増えないのです」
「本物のゴミじゃないか。救いようもないな、才能のない貴族が治める国など」
ララはその言葉に顔を上げた。
憤怒に顔を歪め、悔しさで奥歯が砕けそうなほど歯を食いしばる。
「なんだその目は? オスファも野蛮な土民を呼ぶなど、どうしようもない」
肩を震わせるララが右拳を握りしめる。
『まずくないか?』
ララの変化に気がついたリーヴェが後ろから両腕を押さえ込んだ。
「か、帰りましょう、ララ様! 失礼しました!」
ララを強制的にくるりと反転させる。
リーヴェはララの背を押して、その場から逃げるように立ち去った。




