第65話 王都魔法ギルドⅠ
先ほどまで乗っていた馬車がゆっくりと動き始める。
馬車は環状になった道から脇道に入ると、隣接する馬車待機場へと向かって進んでいく。
リーヴェは目の前の道を眺めていた。
どうやって言い表せばよいものか。言葉は出ず、出るのは感嘆のため息のみ。
馬車が余裕をもってすれ違えるほどの道。
それだけでなく、ふち石で区切られた専用歩道までもある広い道だ。
道には華美な装飾の馬車が走り、歩道を歩くのは従者を引き連れた若い貴族の娘たち。
買い付けか、卸しの問屋なのか。商人の恰好をした男たちが、品定めをするように歩いている。
道沿いには、きらびやかな装いの店々。
様々な意匠の貴族服を扱う店。ガラスケースの中に、首飾りや指輪などの装飾品が並ぶ店。靴や鞄、傘などを販売している店が軒を連ねる。
ここは王都貴族街にある大通り。
流行はここから生まれる、とまで言われている場所だ。
リーヴェは通りに並ぶ建物を見て、再度ため息を吐いた。
自分には、とうてい手が出せない値段だろうが、見るだけでは無料だろう。
後から連れていってもらおうと、心にとどめておく。
「ほら、りべちん! 早く行くよ」
「はい! すみません!」
リーヴェが振り返ると、既にララは階段を登り始めていた。
先を進むララの後を追って階段を駆け上がる。
ララと同時に階段を登りきったリーヴェは顔を斜め上に傾ける。
「すごいですね……」
「すべての魔法ギルドを統括している本部だからね。ちなみに、下は地下二階まであるよ」
「地下があるんですか!?」
ノードの常識では、地下とは穴を掘って食料品の貯蔵庫として使うものだ。
樽や木箱を埋める程度の大きさでしかない。
唯一、入ったことのある地下でも小さなものだった、とリーヴェは思いだす。
リーヴェはあらためて建物を観察する。
窓から見るに五階建て。地下も二階層あるというのだから、七階層もある建物だ。
離れていても威圧感がある。
もちろん、高さだけではなく横にも広い。
建物の中央には大きな両開きの扉があり、その前には槍を持った兵士が幾人も警備についている。
ちょうどその大きな扉の前、ローブを着た白髪の女性と貴族服の子供の姿が見えた。
二人を前に、俊敏な動きで兵士たちが左右に散る。
魔道具で開閉をしているのだろうか。扉が音を立てながら自動的に開いていった。
木が軋む音、重く低い音が響いて扉が開放される。
「ララ様! 行きましょう!」
今なら、走れば一緒に入れるだろう。
ララの腕を掴んで急ぐように促すが、ララはぴくりとも動かない。
「中央の扉は1級魔法使いと2魔法使い、それと同行者だけ。ボクたちは向こう」
ララの手がすっと動いて建物の右側を指差した。
その方向には中央のものよりも小さな扉があり、扉の前には同じように兵士たちがいるのも見える。
「ほらほら行くよ」
「あっちだったんですね」
中央の大きな入口を通ってみたかったが、決まりであれば仕方がない。
ララとリーヴェは並んで歩きだす。
右側の入口はそこまで遠くない。数分も歩けば扉の前に着いた。
二人が扉に近づくと、前に立つ兵士が扉の前で槍を交差させ、全身鎧の厳めしい兵士が並ぶ。
一歩前に出たララが、右手を胸の前に添えた。指にはめられているのは魔法使いの証である指輪。
「ノード国5級魔法使い、ララ・エル・カザーネだ」
ララの隣に立ったリーヴェも同じように右手を添える。
「同じく、ノード国3級魔法使いのリーヴェです」
互いに視線を交わした兵士たちが扉に手をかけ、大きな扉が開かれた。
兵士たちの間を、澄まし顔のララが進む。
その数歩後ろ、リーヴェは兵士たちに会釈しながら建物の中へと入った。
後ろの扉が閉ざされる。
どうやっているのか、扉が閉まる音はほとんど聞こえない。
代わりに、カランカランと心地よい金属の音が鳴った。
その音が合図なのだろう。
少し離れた場所の受付から視線を感じる。
しかし、そんなことはすぐに忘れてしまうほど、リーヴェは目の前の光景に心を奪われていた。
ロビーは階高仕様となっており、広々とした空間は開放感がある。
壁際にはいくつもの採光窓が並ぶ。高い天井からは照明の魔道具がいくつも吊り下げられ、温かみのある光を放っている。
広い空間に太陽の元のような明るさは、ゆったりとした空間を演出していた。
下に敷かれている絨毯も素晴らしい。
ほどよい硬さの起毛は、足裏を気持ちよく押し返す。
使い込まれた絨毯には、自然と人工が調和したような色合いと美しさが見て取れる。
「入口辺りで止まってたら邪魔になるからね」
いつまでも立ち止まっているわけにもいかない。
ロビーの中程まで進み、リーヴェは周囲を見渡した。
奥にはカウンターが三ヵ所も並ぶ。
「王都の魔法ギルドって受付が三ヵ所もあるんですね」
「こっちは3級から5級の魔法使い専用。真ん中のところは1級2級の。左側は魔法使いでない貴族や商人用のところだね」
案内役として付き添っているララは説明を始める。
地下一階は魔導書の書庫。地下二階は魔道具の保管庫になっている。
中央カウンターの奥にある階段から行けるようにはなっているが、書庫の閲覧は王国の上級の魔法使いでなければ難しい。
そう聞いて、残念無念と上蓋がカタカタと鳴った。
手を背に回して上蓋を押さえつつ、リーヴェは尋ねる。
「仕事依頼の掲示板とかはあるんですか?」
「あそこだね」
あまりに整然としていたため、リーヴェは気づかなかった。
壁紙のように規則正しく張り付けられた場所に、二人は足を運ぶ。
王都では掲示板さえも違うらしい。
高級そうな白い紙に目を通していく。
見ていると、ゲアストのものとは依頼内容がまったくと言っていいほど異なっていた。
ゲアストでは農業に関する依頼が多い。
火の魔法を使った焼畑、食料を貯蔵するための氷の生成。リーヴェが従事していた畑の水やりなどだ。
この王都では、家庭教師や資料作成の補助、魔法研究の助手といった依頼が多いように見受けられる。
内容を読んでいたリーヴェが、目を大きく見開く。
「な、なんですか!? この給金!」
畑の水やりをしていたリーヴェの給料は、一日銀貨2枚から3枚ほど。
昼間は休憩になるものの、朝早くから出発して、戻ってくるのは暗くなってからだ。
遠出であれば昼に町へと戻れない日もあり、拘束時間はかなり長い。
それに対し、王都での仕事は短時間で給金も高い。
たとえば家庭教師の給金は二時間ほどで銀貨5枚ほどのようだ。
しかも、それは4級魔法使いの場合で、上級になるほどに給金は上がる。
「有名な人が師だったり、二つ名持ちだったらもっと貰えるよ。これの二倍とか三倍とか。まぁ、ゲアストと王都じゃ経済規模も物価も何もかも違うからね」
「じゃあこの銀貨5枚だったら……」
リーヴェは杖を脇に抱えて両手を広げ、指折り数えて給金を計算する。
師は魔王。
そんな人物が家庭教師をしたならば、一日で金貨を稼ぐことだって可能かもしれない。
今の暮らしに不自由や不満はない。しかし、金は余るほどあったとしても困ることなどまったくない。
「魔法使いの資格があれば、王都でも働けるんでしょうか? たとえば冬の間だけとか……」
「可能なことは可能だろうけど、提出書類や審査なんかが面倒だと思うよ。それに外部からの就労であれば、税金でかなり持っていかれるはずだし。詳しくはエえるざちんに聞けば教えてくれると思うよ」
ノードが冬の間、王都で働けないかとリーヴェが思案していると、背の木箱がかたんと上蓋を鳴らした。
『そこそこの魔力を持つ人間がこちらを見ているな。しかも二人だ』
推敲しようと思ったら9000字くらいあったので分割です。
次話は土曜か日曜日くらいを考えています。




