第64話 大聖堂Ⅲ
次の案内板が見え、そこに書かれた言葉がリーヴェの視界に入る。
それと同時にリーヴェは足を早め、展示品の前まで行くとガラスに張り付いた。
視線を上下左右に動かし、つぶさに観察する。
ガラスの向こう側、置かれているのは切っ先が二股に分かれた剣、それに丸い盾。
形、色、傷。
見覚えのあるものに、リーヴェは間違いないと確信する。
これはグンターやフェルゼンと共に、何日も工房にこもって造った魔道具だ。
自分が携わったものがこの大聖堂に展示されていると思うと、リーヴェは心がくすぐられるような感覚を覚える。
箱を背から下ろしたリーヴェは、展示品が見えやすいように木箱を腕の中に抱え込んだ。
「これかぁ、りべちんたちが品評会に出したやつって」
「そう! そうなんです!」
後ろから聞こえた声に、リーヴェは笑顔で振り返った。
「似たようなものだから近くに配置したのかもね」
ララが隣の展示区画を指差すと、リーヴェはその方向へと顔を向ける。
何があるのか理解したリーヴェは、驚きで目を大きく見開いた。
すぐさまリーヴェは走りだし、隣の展示品の前に立つ。
今までの展示区画とは違う。
威厳を示すように空間が広く取られている場所。
豪華な装飾がほどこされた台座。
そこに置かれているのは剣と杖、それに布の袋。
そのどれもが少し薄汚れている。
「これは勇者様の剣に魔法使い様の杖。それと女神様から賜った袋だよ」
悠長に歩いてきたララがリーヴェに告げる。
魔法をも切り裂いたという剣。
魔法使いの道具として先駆けとなった杖。
なんでも入り、中に入ったものの時間さえ止めてしまうという袋。
先ほどの高揚感など簡単に吹き飛んでしまったリーヴェは、呼吸することを忘れてしまったかのように息を凝らす。
食い入るように、目の前のものを見つめていた。
これらを手に、女神に選ばれた勇者たちが戦っていたのかと胸を馳せる。
「これは全部模造品だけどね」
「えー、そうだったんですか」
背後からの声に振り向いたリーヴェはき、残念とばかりに肩を落として深いため息を吐いた。
『ん? 杖は大魔法使いのものと言ったか? これは神官が持っていた杖だぞ』
ミックの言葉にリーヴェは杖へと視線を向ける。
光に照らされ鈍く光るのは白銀の杖。形状は、庭園の女神像が持っていた智杖によく似ているものだ。
リーヴェに真偽はわからない。
しかし、見た当人が言うならば間違いないだろう。
「ララ様、これ大魔法使い様のじゃなくて、大神官様の杖みたいですよ?」
それを聞いたララは吹きだし、通路にはからからとした笑い声が響いた。
「また何の冗談を言ってんの? そんなわけないでしょ」
ララは笑いながら案内板まで歩き、そこに書かれている言葉を指差した。
「ほら、ここにもちゃんと書かれているでしょ? それに、なんでりべちんがわかるのさ」
「それは……」
この箱の中にはかつての魔王が入っている。その魔王から直接聞いたのだ。
そう言えるわけもなく、リーヴェはもごもごと口ごもる。
しかし、このまま黙っているわけにもいかない。
ララに納得してもらうには、これらに関する知識があると認められればいい。
立てかけられた剣と杖。その間に置かれているのは女神から貰ったとされる袋。
リーヴェはその袋の原理を知っている。
そして――
「私だって、色々と昔のことは勉強して知ってるんです! それに、その女神様の魔法の袋……空間魔法だって使えるんですよ!」
ぽかんと口を開けたララが急にしゃがみ込んで、顔を伏せる。
顔を伏せたララからは、くつくつとした笑い声が漏れてくる。
ララの笑い声は次第に大きくなり、ついには腹を抱えて笑い始めた。
「さっすが、未来の大魔法使い様は言うことが違うね!」
「ほんと、ほんとなんですよ! いいですか、見ててください!」
維持するために使う魔力が膨大で、まだほんの少しのものしか入れられない。
しかし、練習に練習を重ね、ようやく使えるようになった空間魔法だ。
これも嘘だと思われたままでは、大魔法使いを目指す者としての名が廃る。
左脇に木箱を抱え、リーヴェは右手を目の前に上げた。
右手の先に黒い光を放つ魔素が集く。
その指先、第二間接辺りまでが空間の裂け目に吸い込まれた。
その間、わずか数秒。
リーヴェが手を下げると、指の先には五枚の銀貨がつままれていた。
「どうですか? すごくないですか? 私、大魔法使いになれると思いませんか? それと、あの杖は大神官様が持っていたものの模造品です」
リーヴェが得意満面に胸を張ると、しゃがんでいたララは立ち上がり、不適な笑みを浮かべる。
「あの杖がどうだかっていうのはわからないけど、それくらいボクだってできるよ」
その言葉に、リーヴェの瞳は驚愕の色に染まる。
ララの持つ魔力量は少ない。その魔力量は、とても空間魔法を使えるほどのものではない。
先ほどリーヴェがやったように、ララが右手を上げた。
リーヴェは固唾を呑み、真剣な眼差しで見つめる。
ララは手を開き、手の平、手の甲と交互に見せる。
小さく白く、きれいな手。そこには何もない。
今度は手の甲を見せ、第二間接まで指を曲げて握り込んだ。
ララが指をゆっくりと開いていく。
気がつけば、その指先には1枚の金貨が挟まれていた。
この空間魔法を使えるようになるまでは、リーヴェとて長い時間がかかったのだ。
だからこそ、リーヴェにはわかる。
そこには計り知れない努力の積み重ねがあったに違いない、と。
リーヴェはその目を大きく見開く。
いつの間にか手を叩き、リーヴェは心からの拍手を送っていた。
同じ手品を披露しただけで、喝采されたララはたじろぐ。
馬鹿にされているのかと思ったが、リーヴェの性格を考えればそれはない。
リーヴェから憧憬を含んだ視線で見つめられると、ララは自分の行いが恥ずかしいものに思えてきた。
「展示品はこれで終わりだからね! 次に行くよ、次!」
顔全体が熱くなっているのがわかる。
火照った顔を見られるのが嫌で、ララは先に歩きだした。
◆ ◆ ◆
大聖堂の中にある礼拝堂にて、神官からの洗礼を受け終えた二人は出口に向かう。
「お金はすごくかかっちゃいましたけど、ここに来られてよかったです」
「ボクはここに何度か来ているけど、やっぱりいいよね。女神様を近くに感じられるから」
「そうですね!」
これまでの感想を話し合いながら、二人は歩く。
「あれ? ここは……」
残すところは庭園にある巨大女神像。
そう聞いていたリーヴェは立ち止まった。
広くはないが、狭くもない部屋。開かれた扉からは外の庭園が見えている。外へとつながる場所であるのは間違いない。
部屋の両脇には笑顔を振りまく修道女が二人立ち、その前にはテーブルや棚、木箱が置かれていた。
木箱の中には剣と杖。
棚の上には大小様々な大きさの女神像。
大聖堂の土入りと書かれた鉢も並べられている。
「この智杖を持った大聖堂バージョンがずっと欲しかったんだよね」
棚に近寄ったララが、大きな女神像を手に取って抱えた。
杖の遊環がシャララと心地よい音を鳴らす。
「わぁ、素敵ですね! 私も買おうかな。いくらですか?」
「こちらは金貨2枚です!」
笑顔を携えた修道女がはきはきと答える。
リーヴェの体は凍りついたかのように固まった。
ぴたりと固まるリーヴェの右手が少しずつ動きだす。
「じゃあこれは……いくらですか?」
手前に並べられている小指ほどの大きさの女神像を指差した。
ララの持つのは石像だが、こちらは木製だ。さらに作りは素人目に見ても荒い。
にこにこと屈託のない笑顔をした修道女が答える。
「そちらは銀貨5枚です!」
「こ、これがっ!?」
簡単に自作できそうな木像に見える。
だが、できるだけ教会にはお金を使おうと考えていたところだ。
リーヴェは体を震わせながら右手に銀貨を取り出した。
鉢植えに大聖堂の土を入れて女神像を植える文化があるとかないとか。
(本編には関係ありません)
・補足
王国とノードの通貨は同じものを使用しています。
大銅貨1枚 → 100円
銀貨 → 1000円
金貨1枚 → 50000円
くらいとお考え下さい。




