第63話 大聖堂Ⅱ
石造りの広い通路に足音が反響する。
ただ、その足音は定期的にぴたりと止まった。
足音が止まれば、今度は二つの声が響く。
「これは何て書いてあるんですか?」
「ええっと、ここは……女神様が王都に降臨された日……の記述だね」
難しい顔をしたリーヴェは目の前のものを覗き込む。
見ているのは、国内最古の経典と案内板に書かれている巻物。
開かれた部分に書かれているのは、うねうねとミミズがのたくったような文字。その達筆すぎる字はまったく読めない。
二人がいるのは大聖堂内の見学路となっている場所だ。
進行方向の左側には、様々な展示品が並ぶ。
古い経典や教会に関連する書物。過去の神官たちが使っていた聖具や装飾品。兵士たちを導く女神を描いた絵画。
並ぶ展示品は特殊な加工をされたガラスで覆われ、上からは魔道具の照明が照らしていた。
巻物を見ていたリーヴェはため息を漏らす。
それは目の前の文字が読めないからではない。気にかかることがあったからだ。
その心配ごとを払拭すべく、リーヴェはおそるおそるララに尋ねる。
「ララ様……さっき修道女さんにいくら渡してたんですか?」
「金貨1枚だけど?」
「やっぱりですか!?」
先ほど見えたものは間違いであって欲しい。
そう思いながら尋ねたリーヴェの願望は粉々に打ち砕かれる。
「拝観料……高すぎじゃないでしょうか……」
その言葉を聞いたララは、少し間を置いてから口を開いた。
「さっきのは寄付……寄付の意味はわかる?」
ララの言葉に不安を覚え、うろたえるリーヴェは首を左右に振った。
「じゃあ、心付けはわかる?」
それならわかると首を縦に振った。
それと同時に、言葉の意味を理解したリーヴェは顔を青ざめさせる。
大聖堂見学の経費はノードの公金で支払われると聞いていたために。
「さっき手渡したのは心付けだよ。拝観料は事前に別で支払ってるからね。二人で金貨4枚」
心付けとは無償で渡すもの。
ゲアストの食堂で、エルザが心付けとして給仕に手渡していたのを何度か見ている。
しかし、エルザが渡していたのは金貨ではなく大銅貨だ。桁が違う。
さらに拝観料は別とのこと。もはやリーヴェは頭の整理が追いつかない。
金貨5枚を稼ぐことがどれほど大変か。
それも、王都に来たのだから大聖堂を見てみたいとの理由だ。
そんな理由で金貨5枚もの大金を使わせてしまったと、リーヴェは自責の念に駆られる。
言葉に詰まり、目からは涙が滲みだす。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫! 大丈夫だから!」
異変に気づき、理由を察したララは慌ててリーヴェを慰めた。
肩に手を置いて、優しく諭すように語りかける。
「あの魔道具はりべちんがいたからこそできた、でしょ? 今日の午後には魔道具の利権を売ってがっぽり稼ぐんだからさ。高く売れたら、それはりべちんの功績! だから大丈夫!」
「高く……売れますか……?」
「売れる売れる! だからね、ほら先に進もう!」
ララがリーヴェの背を押し、歩くように促す。
そして二人は並んで歩きだした。
「拝観料なんかが高くなるのは仕方のないことなんだよ。この大聖堂だけじゃなくてね」
ララは歩きながら説明を始める。
王国統治内において、教会は国の公金で建てられる。
しかし、運営費となれば話は別だ。維持運営費は教会側で賄わなければならない。
だからこそ、寄付を募ったり、治療費、拝観料などで資金を集める必要がある。
さらに、ここは王都の貴族街。すべての費用は桁が跳ね上がる。
「でも私、近くの教会で寄付なんてしたことないのですが……」
教会から貰ってばかりのリーヴェは、寄付という言葉を初めて聞いた。
「まぁ、それも仕方ないよ。ゲアストの場合、他国とはちょっと違うからね。どちらかと言えば神聖国のやり方に近いかな」
ゲアストには教会が二つある。
貧民街にほど近い西の教会は拝観料を設けていない。また、寄付の受け付けもしていない。
富裕層の多い東の教会と資金を共有し、運営や配給にはノードの公金も投入されているのだ、とララは語った。
「そんな仕組みになっていたんですね」
「神聖国だと建てるのも運営も、国が全額負担しているらしいけどね。これは王国側と神聖国側の考え方の違いかな」
女神レーツェルを信仰するのは、どちらも同じではある。
しかし、魔法に対する考え方が違う。
神聖国において、女神とは絶対的な存在だ。
そして、魔法とは女神様から賜った神聖なものであり、同様に信仰すべき対象となる。
王国でも女神は信仰すべき対象ではあるが、魔法は違う。
魔法とは利用すべきものであり、富や権力を求める手段となる。
「根本的な考え方が違うから分断されちゃったんだよね。どっちもどっちだと思うけど」
神聖国では、狂信的に女神を崇拝するあまり、人々の生活が疎かになっていると聞く。
王国では、いまだに魔法第一主義が根付いている。
実際、魔法とは人智を越えた力ではある。便利な力ゆえに魔法第一主義が根付くのは当然だろう。
しかし、問題は魔法使いによる貧富の格差だ。
格差は腐敗を生み、役人や兵士の中にも金や権力に溺れる者がいると聞く。
「これからのノードのために頑張らないと。ボクは立ち止まっていた期間が長いからなおさらね」
そう言いながら、ララは照れ隠しで頬をかく。
「りべちんはもう魔法使いで地位もお金もあるんだし、教会ではできるだけお金を使ってもらうほうがいいかな。特にゲアストではね」
民を統率するためには教会の力が必要だとララは考えている。
力を強めるためにも、教会への資金援助は不可欠だ。
「でも、自分で考えて納得した上で」と、ララは付け加えた。
展示品を見て回りながら二人の会話は進む。
 




