第61話 王都へ向かう道中にてⅡ
「私の夢……ですか?」
リーヴェの夢。
それはミック以外に知る者のいない夢だ。
他人に言うのは小恥ずかしいのだが、ララは臆面もなく自分の夢を話してくれた。
リーヴェはララの緑がかった瞳を見つめ、ゆっくりと口を開く。
「私の夢は大魔法使いになることです」
頬が熱を帯びるのがわかる。きっと顔は真っ赤になっているのだろう。
恥ずかしさのあまりにリーヴェはうつむいた。
「大魔法使いって……?」
そう言われ、顔を上げたリーヴェは慌てて補足する。
「女神様に選ばれた魔法使い様のことです! そんな魔法使いになりたいってことで……」
「へぇ、そっか。そんな呼ばれ方があるんだ。りべちんは物知りだね。でも、大魔法使いってどうやってなるの?」
「それは……」
魔法試験にも合格し、リーヴェは魔法使いになることができた。
昔に比べ、金銭にも不自由することはなくなった。
充実した日々を過ごす中、大魔法使いと呼ばれるためにはどうするのか、まったく考えていなかった。
どうやって大魔法使いになるのか。
必要なのは魔力に知識、そして名声。
その三つがリーヴェの頭の中をグルグルと巡る中、一つの方法がふと閃いた。
「世界中を旅しながら、色んな人を魔法で助けたいですね!」
己の腕を磨きながら知見を深め、困っている人々がいれば魔法で助ける。
これならば、おのずと大魔法使いと呼ばれるようになるのではないか。
閃きにしては素晴らしい案であり、これしかないと思える。
それに、今までの旅は楽しいものだった。
ローバスト山脈の麓や城郭都市オスファ、ネイザーライド。
人に出会い、食に出会い、知らない文化に出会う。
世界を旅する想像をして、にんまりと笑うリーヴェを前に、静かに聞いていたララが問いかける。
「世界中って、王国も?」
「はい!」
「神聖国とかも?」
「行ってみたいですね!」
「助けるって、無報酬で?」
「もちろんです!」
ララが左右に首を振りながら、大きなため息を漏らした。
「それ、魔法ギルドや教会から絶対に目をつけられるから」
「えっ!? そうなんですか?」
「でも、夢としては壮大でいいかもね」
「ですよね!」
口元を緩ませるリーヴェに対し、ララの表情が先ほどよりも暗く、悲哀なものに変わっていく。
「夢か……。ボクは悪夢からいつになったら解放されるのかな」
ぽつりと零したララの言葉にリーヴェの表情は硬くなる。
エルザやフェルゼンから、ララのことはそれとなく聞いている。
占星の魔女姫。
そう呼ばれていたのは過去のこと。今の二つ名は嘘つき姫だ。
悪夢とは、そう呼ばれる原因になったもののことだろう。
「悪夢って……未来視の魔法で見たっていう戦争のこと……ですか?」
「そう。今さらながら本当に起こるのかどうか、ボク自身もわかんなくなっちゃったけどね」
「魔法で見えた未来なら、本当に起こる未来じゃないんですか?」
未来が見えるのであれば、それが起こってしかるべきではないのかと、リーヴェには疑問が浮かぶ。
「そう思っちゃうよね。自分で研究していくうちにわかったことなんだけど、未来視の魔法って不安定なんだよ。この話、聞きたい?」
『聞かせてくれ!』
腕の中の木箱が興奮したようにカタカタと蓋を揺らした。
リーヴェは上蓋を手の平で押さえつける。
「聞きたいです!」
「面白い話だとは思わないけど――」
ララは遠くを見つめるように視線を前に向け、説明を始めた。
未来視には目で見るもの、夢で見るものの二通りあること。
どうやって見えるのか、どんな感覚なのか。
どのくらい先が見えるのか、どのくらいの時間が見えるのか。
ララは未来視の魔法を簡潔に説明した後、不安定である理由を二つ述べる。
一つはララ自身の魔力量が少なすぎること。
そして、もう一つ。
未来は変わるということ。
「見えた時点での未来は変わることがある」
「ノードで戦争が起こるかもしれないし、起こらないかもしれないってことですか?」
「そうなんだよね。でも、魔法で見えているから戦争という未来は存在するし、今のままだと確実に起こるはず。これが研究結果から推察したこと」
一呼吸置き、ララは続ける。
「次は魔法でなく現実的な考察。普通に考えれば、まず戦争がありえない。相手は誰? 王国? そんなわけがない。もっとも可能性のある相手は神聖国なんだけど、そもそもノードで戦いが起こる理由がまったくない」
ララは強調して再度「ありえない」と答えた。
それから、どうしてありえないのかを説明していく。
神聖国がノードに攻め入ると仮定すると、その経路は二通りある。
王都、オスファを通りノードに入る経路。
もう一つが神聖国影響下にあり、ノードと隣接するノベスト国を通る経路。
最高峰の戦力を持つ王都、オスファを通る経路はありえない。
神聖国の戦力はわからないが、王都、オスファを通って無事では済まないだろう。
ノベスト経由であれば可能に思えるが、神聖国軍の北上を王国が座視するとは考えられない。
宣戦布告と捉え、王国が神聖国へと攻め入るだろう。
そして、そもそもなぜノードが戦いの地になるかということだ。
ララは地位もあるため、情勢なども気にかけているが、理由に皆目見当がつかない。
これならば未来視ではなく、偶然何度も同じような夢を見たと考えたほうが妥当だ。
馬車の中、静寂が訪れる。
蹄の音、車輪の音も小さくなったとさえ感じてしまうほどに。
いまだにララは悪夢を見る。
現実的に考えれば、戦争など起こりえない。しかし、ララは起こると信じている。
予想もつかないこと、とてつもないことが未来に待ち受けているようで、そのことを考えると不安に押し潰されそうになる。
うつむいていたララは顔を上げ、努めて明るく振る舞った。
「ごめんね、なんだか変な話をしちゃって。でもね、何も悪いことばかりじゃないんだよ。この魔法は女神様がボクだけに、こっそり教えてくれているって思ってるんだ」
「それ、素敵ですね!」
女神がララにそっと耳打ちするような姿を想像し、リーヴェは膝上の木箱をギュッと両手で抱き締めた。
「そうそう、女神様と言えば。聞いてると思うけど、大聖堂とかボクが案内するからね。エルザちんは忙しいみたいだし」
「そうみたいですね。王都に着いたら是非お願いします」
交流会の開催日までの間、エルザが観光案内をする予定だったのだが、案内役はララに代わった。
王都滞在中、エルザは貴族訪問をするため、別の馬車にて段取りの準備中だ。
「ララ様は一緒に行かなくていいんですか?」
「いいのいいの。ボクは別件で動くんだから。適材適所ってやつだね。それにしても、りべちんと王都巡りなんて楽しみだよ」
「私も楽しみです!」
二人は顔を見合わせると、互いに笑い合った。




