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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第5章 求める先にあるものは~王都編~
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第58話 それぞれの思惑Ⅳ

 アルバンたちがクラウスに報告をしている頃、リーヴェは近くの控室にいた。

 髪色に合わせた黒いドレスを着て、すまし顔で椅子に座る。目の前のテーブルには木箱(ミック)

 リーヴェの後ろにはレイネが控え、扉のそばにはジークが立つ。


 現在、ノードは財政難に陥っている。少しでも経費を浮かそうと、ジークを御者にオスファへの訪問にはリーヴェとレイネも付いてきていた。


 リーヴェはテーブルの上のカップに視線を落とす。

 ゆっくりと手を伸ばし、カップの持ち手をつまむと、静かに口元へと運ぶ。


 最近ようやく慣れてきた。

 動作はゆっくりのんびりと。そして顔はすまし顔。

 話しかけられれば愛想よく笑い、相槌を打てばいい。

 これはエルザから教えられた方法だ。


『そんな簡単なことで上品に見えるものだな』

「でしょ?」


 リーヴェは空になったカップをことりとテーブルに置く。


「リーヴェさま、どうかされましたか?」

「ううん、なんでもないよ。お茶のおかわりお願いできる?」

「はいっ!」


 仕事を与えられたレイネは嬉しそうに準備を始める。

 お茶の道具が乗せられた台車の上、空のカップに注がれるお茶が湯気を上げた。


「アルバンさんたち、いつ頃戻ってくるのかな?」

「さあ、どうでしょう。わたしにはわかりかねます」


 レイネがテーブルにカップを置き、一礼して後ろに下がった。

 リーヴェが手を伸ばそうとした時、控室の扉がノックされる。


 リーヴェとレイネの視線が交差する。


 ノックから続く声はない。だとすれば、アルバンやエルザではない。

 どうしていいのかわからず、おろおろとリーヴェはとまどう。


『ここはリーヴェが指示を出すべきではないか? それと扉の向こうにいるのは魔法使いだな。そこそこ力のあるやつだ』


 この部屋にいる三人の中ならば、動かねばならないのは自分だろう。

 ミックを見て、頷いたリーヴェは口を開く。


「えっと……どうぞ」


 リーヴェが入室の許可を出すとガチャリとノブの回る音が聞こえ、扉がゆっくりと開いた。

 その向こうから現れたのは、長い茶髪を一纏めに流してローブを着た壮年の男。

 以前見た顔に、リーヴェは慌てて立ち上がる。


「えっと……ヴィムさん。……鉄壁のヴィムさんですよね?」

「名を覚えてもらっていたとは光栄だ」


 ヴィムが一歩前に出て、胸に右手を当てる。


「……ところで、ヴィムさんは何かご用でしょうか? まだ、アルバンさんもエルザも戻ってきていないのですが」

「実は、リーヴェさんのことをもっと知りたいと思ってね。少し時間をもらえるか?」


 相手は自分(リーヴェ)よりも格上である1級魔法使い。

 話を断ることなどできるはずもない。


「レイネちゃん、ヴィムさんのお茶も用意をお願い」

「は、はいっ!」


 口を両手でふさぎ、耳と顔を赤らめていたレイネがお茶の準備に取り掛かる。

 対面の椅子にヴィムが座ると、リーヴェも腰を下ろした。


「あの……私のことを知りたいとはどういった意味でしょう?」


 平民であるリーヴェはこのような場合、どのように受け答えすればいいのかわからない。

 それにどんなことを聞かれるのかわからず、内心は焦る気持ちでいっぱいだった。

 握る手は湿り気を帯び、喉が乾きを訴える。


 リーヴェは目の前に置かれたカップを手に取ると、ごくりごくりと一息に飲み干す。

 空になったカップがテーブルに置かれると同時に、ヴィムは切り出した。


「率直に聞こう。どうやってその魔力を? 以前よりも、さらに魔力が増しているようだ」


 上の立場の者が下の立場の者に問う。

 ましてや会うのはこれで二度目。

 ほかの魔法使いに今の状況を知られたならば、横暴だとなじられるだろう。

 しかしながら、ヴィムは聞かずにいられなかった。


 目の前に座るリーヴェの口が開かれるのを待つ。

 ごくりと喉が鳴る。ヴィムはカップを手に取ると、一気に飲み干した。


『口ぶりから察するに、リーヴェの魔力が見えているようだな』


 魔力を増やす。

 その修業をしたのはもう一年以上も昔のことだ。

 ミックに確認してもらいながら魔力を均等に出していく修業。何度も気絶し、何度もくじけそうになった。

 つらかっただけあって、思い返せば懐かしく、楽しかったとすら思える。


 しかし、説明しようにも曖昧な話になる。

 全身から均等になるよう魔力を放出し、空になれば倒れる。そしてよく寝て、よく食べて。それを繰り返すだけだ。

 魔力放出はミックに確認してもらいながら、教えてもらいながらであり、口で伝えるのは難しい。

 それにヴィムは1級魔法使い。幼稚な言葉では説明されるほうも困るだろう。


 どう答えていいものかリーヴェが迷っていると、ヴィムが苦笑いをしながら口を開いた。


「秘匿すべき情報のことを軽々しく聞きすぎた。少し意地悪が悪い質問だったな」

「いえ、そんなことは……」

「せっかくこうして話ができたんだ。逆に、俺に何か聞きたいことはあるか?」


 相手は1級魔法使い。

 聞きたいことは何かしらあるが、急に言われても思いつかない。

 何を聞こうか考えていると、リーヴェの頭の中にふと閃くものがあった。

 リーヴェは木箱に手を伸ばし、ぽんぽんと叩いた。

 意図を理解したミックは、上蓋を少しだけカタカタと動かして反応を示す。


『二つ名は鉄壁だったな。どんな防御障壁を使うのだ? 実際に見せてもらえるのであればいいのだが』

「えっと、ヴィムさんってどんな障壁を使うんですか? 私は――」


 リーヴェが人差し指を立てると、その上に四角錐(しかくすい)の障壁が現れる。

 障壁は顔ほどの大きさ。魔力を含んでいるためか不透明であり、見た目は磨りガラスのようなものが浮かぶ。


 その障壁を見て、ヴィムは唖然とした顔をする。


 魔法を見せるだけならば、問題ないと考えていた。

 ヴィムの表情を見たリーヴェは、慌てて謝罪の言葉を述べる。


「すみません、よくない質問をしてしまったようで……」

「いや、かまわない。俺の使っている障壁はこれだ」


 ヴィムが人差し指を立てると、その上に正六角柱の障壁が現れる。


 障壁の知識はミックの授業で散々習ったこと。

 それを思い出しながら、リーヴェは捲し立てるように話す。


「六角形だと結合力が強くなるんですよね。でも私には厚みを持たせて複数出すのが難しくて。柱のほうがいいのは理解できるんですが、錐体(すいたい)のほうが魔力運用効率がよくて。それで四角錐に変えたんです。使いやすいですし。こう、斜めからの攻撃を防ぐ場合なんか特に」


 驚いた表情のヴィムが興奮したように前のめりになる。


「……いや、恐れ入った。防御魔法に特化した者たちで研究を重ねているのだが、今すぐそこに入ってもらってもいいくらいだ」

「えっと……もったいないお言葉です」

「六角柱の場合、問題点はあると思うか?」

「そうですね。慣れれば六角錐のほうが効率的にもよいかと」

「厚さや大きさを決めている基準は?」

「そうですね……」


 しばらく、二人は防御魔法について熱く語り合った。


 3級魔法使いでありながら1級魔法使いの知識に渡り合う。

 それだけではない。

 ヴィムにとってリーヴェの考え方や発想は面白いものだった。

 非常に満足のいく時間。

 だが余韻に浸っている場合ではない。すぐさま部屋に戻り、忘れないうちに書きとめなければ。

 

「すまない。そろそろ失礼させてもらう。久々に楽しいと思える時間だった。感謝する」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったです」

「それでは、また近いうちに王都で会おう」


 ヴィムは立ち上がるとそう言い残し、そのまま部屋を出ていった。


「なんで王都?」

『さぁな』

「それよりも喉が渇いたよ。レイネちゃんお茶頂戴!」


 緊張していたこともあり、ひどく疲れたように感じる。

 テーブルに突っ伏したリーヴェは、カップをレイネへと突き出した。


「あっ! すみません。お湯がなくなっちゃいました……。貰ってきます!」


 すばやい動きで部屋からレイネが出ていく。

 その後ろ姿を見送ったリーヴェはミックに視線を移した。


「私の魔力ってそんなに多いの? もしかしてヴィムさん、ミックの魔力を見てたんじゃないの?」

『それはない。見えているのはリーヴェの魔力だけだ』

「……そうなんだ。あれ? ヴィムさん、ミックの魔力が見えてないの?」

『私は見えなくする魔法を使っているからな』

「えー、どうやってするの!? 教えてよ!」

『これは防御障壁の応用だ。肌の上に被せるように薄く防御障壁を――』

「こんな感じ?」


 リーヴェの体を包み込むように障壁が現れる。


『それでは駄目だ。厚すぎるし、全体の形をもっと整えろ』

「よし、レイネちゃんが帰ってくるまでに完成させてみせる!」

『言ったな? 厚さは均一にしろ。違和感の原因になる。それから――』


 魔法の修業はアルバンたちが戻ってくるまで続く。

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