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第06話 魔法ギルド

 テーブルの上にミックが置かれ、リーヴェはかしこまって椅子に座っていた。


 既に日は完全に落ち、外は暗闇に染まっている。

 しかし、家の中は昼間のように明るい。

 小さな太陽のような光の玉が天井近くに浮かび、室内を照らしていた。

 もちろん、ミックの魔法だ。


『質素な家だな……。それはさておき、これからどうするかだが。リーヴェはどうしたいのだ?』

「私は……私は魔法使いになりたいです!」


 ミックに聞かれたリーヴェは目を輝かせて言葉に出した。


『光の魔法が使えるのであれば、すでに魔法使いだろう?』


 ミックの言葉にリーヴェは肩を落とした。

 心の中で、そうじゃなくてと呟やく。


『具体的にはどうしたいのだ? この大陸で一番の魔法使いになりたいとか、何かないのか?』


 あらためてリーヴェは思案してみると、魔法使いのことをよく知らないことに気がつく。

 魔法使いとは身分の高い者がなるということくらいしか知らないし、実際に魔法使いと会ったことはない。

 自分の想像する魔法使いとは何なのか考えてみると、母親から子供の頃に聞いたおとぎ話が頭の中に浮かんだ。


「そうです! おとぎ話に出てくる女神様に選ばれた魔法使いのようになりたいです!」

『大魔法使いか……』

「大魔法使い……ですか?」


 ミックにとっては苦い記憶のものだ。

 かつて降臨した女神が選んだ魔法使い。

 他と区別するためか、当時の人間たちは女神に選ばれた魔法使いを大魔法使いと呼んでいた。


『人間の間で、その者は大魔法使いと呼ばれていたぞ? 話として伝わってないのか?』


 リーヴェは聞いたことがないと首を振った。


「でも、なんだかかっこいいです。大魔法使いリーヴェ! 私は大魔法使いになりたいです!」

『自分で名乗るものじゃないだろう』


 昔の人間は、魔法が使えれば魔法使いと名乗っていた。

 ただ、大魔法使いという呼ばれ方は周りの人間がするものだろうとミックは思う。


『まぁそれもいいだろう。それで魔法使いとして、周りに認められるにはどうしたらいいのだ? 生憎、私は今の人間社会について詳しくない』


 リーヴェは両腕を組んで唸る。


 小さな光を出す魔法を使えるが、それだけでは魔法使いと呼べない。

 目標は大魔法使いになることと決めたが、まずは魔法使いにならなくてはならない。

 魔法使いになるにはどうしたらいいのか。


「そうです! 魔法ギルド! 魔法ギルドで認められれば、魔法使いとしての資格が得られます!」

『資格? 今はそんなものがあるのか。なるほど。それは少し面白そうだ。それでは明日にでも魔法ギルドとやらに行くか』

「あの、一緒に行ってもらえますか?」

『ん? もちろんだ。そもそも私の魔力感知は広いが、見たり聞いたりするのはその場にいないと無理だしな。それから敬語は不要だ。私たちは協力関係にある。人間で言えば……そう、友人のようなものだろ』


 一瞬きょとんとしたリーヴェは顔をほころばせた。

 えへへと手を伸ばし、子供をあやすように木箱のふちを優しく撫でる。


『それは止めろ。まるで人間の子供扱いじゃないか』


 触手がうねり、リーヴェの頭に軽く触れた。


『それではお前が知る限りのことを教えてくれ。魔法のこと、この町のこと、リーヴェのこと。なんでもいい』

「わかり……わかった」


 リーヴェは自分の知っていることをミックに話し始める。

 ミックは相槌を打つだけでほとんど喋らず、話はリーヴェの一方的なものだったが。

 今までの時間を取り戻すかのように、夜が更けるまで二人の会話は続いたのだった。



   ◆ ◆ ◆



 いつもより遅い時間に起きたリーヴェは身支度を整えると、町の中心部に向かう。

 行先はもちろん魔法ギルドだ。


『思ったよりも人が多いな』

「それはそうだよ。この国で一番大きな町だし、ここはその大通り。もうずいぶん歩いたけどミックは大丈夫そう? 揺れてて気持ち悪くならない?」

『問題ない』


 リーヴェの恰好は黒いフード付きのローブを着て、手には杖を持つ。もちろんフードは目深に被っている。

 そして行商人のように、薄汚れた木箱を背負っていた。

 ミックは脇に抱えられるほどの大きさだが、手に持つと完全に片手がふさがってしまう。思案した結果、箱に紐を付けて背負うことになった。


 雑踏する大通りを歩き、リーヴェは目的の場所にたどり着く。


「ここ……だよね」


 間違っていないか、リーヴェは看板に書かれた言葉をもう一度見直す。そして目の前の建物を見上げた。

 見上げなければならないほど大きな建物。

 並び建つ建物と比べても、横幅は倍以上、高さは三階までもある立派なものだ。

 薄い朱色のレンガがきれいに積み上げられた外壁は、重厚な存在感を放っている。

 出入りしている人も、一目で仕立てのよい服とわかる者ばかり。


 平民であるリーヴェは入れないように、建物全体に魔法がかけられている。

 そんな雰囲気を醸し出していた。


「どどど、どうしよう? 入ってもいいのかな?」

『落ち着け。魔法使いには貴族が多いのだろう? であれば当然だ。ただ魔法使いの資格について聞くだけだろ。それで咎められることもあるまい』


 そう声をかけるミックだが、内心は少し不安だった。

 リーヴェの見た目は魔法使いといえなくもないが、杖は安物の木であり、ローブに至ってはみすぼらしい。浮浪者一歩手前の見た目だった。

 しかし、魔法ギルドの前まで来てしまっている。

 ここで引き返す理由はない。


『覚悟を決めろ。何かあったら極力助けてやる』


 ミックの言葉に後押しされたリーヴェは、扉に手をかけて中へと入る。

 中に一歩踏み出したところで、リーヴェの足は止まってしまう。


 外観からわかるように中は広い。

 磨かれて艶が出た床の上には、高価そうなテーブルや椅子が何組も置かれている。

 冒険者が多くいた冒険者ギルトと違い、ロビーには五人しかいない。

 高そうなローブを着た魔法使いらしき者が二人。その二人ともが従者を引き連れていることから、高い立場にいることが窺い知れる。


『おい、リーヴェ』

「うん……」


 ロビーにいた者たちから、場違いな人が来たと蔑む視線を受けつつ、リーヴェは真っすぐ受付の前に進んだ。


 リーヴェが受付に向かうと、カウンターに座っていた受付嬢は訝しむような態度をすぐさま消し去る。

 仕事に徹した受付嬢はにこやかな笑顔をリーヴェに向けた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「こ、こんにちは。あの、魔法使いの資格をどうやって取るのか教えてもらいたくて来ました」

「魔法試験のことでございますね。現在資格はお持ちになっていないとのことでよろしいでしょうか?」

「はい。持っていません」

「それではイーデル魔法学園の卒業資格はお持ちですか? または卒業見込みでも問題ございません」

「いいえ、魔法学園には行っていないので……」

「それでしたら外来での試験となります。条件としては5級から3級までが受けられます。5級でしたら試験費用は金貨1枚、4級は金貨1枚と大銀貨3枚、3級は金貨2枚でございます。試験には実技と筆記――――」



「以上でございます。何か疑問点はございますか?」

「……ありません」

「それでしたら、こちらの要項をお持ち帰りください。魔法ギルド一同、あなた様の受験をお待ちしています」


 差し出された紙をリーヴェが受け取ると、受付嬢は丁寧に頭を下げる。

 リーヴェはおぼつかない足取りでロビーのテーブルまで歩き、力なく椅子に座った。


『ふむ。なるほどな。試験で等級別に分ける、か。特化型だと難しそうな印象だが……。どうしたリーヴェ?』

「受験するのに金貨なんて大金が必要だと思わなくて……」


 見た目も気にせず、リーヴェはうなだれてテーブルに突っ伏す。


 冒険者ギルドでは初期の登録手数料で銀貨3枚を支払った。

 痛い出費であるが、それならなんとかやり繰りできる範囲内だった。

 しかし、どうだ。

 魔法使いの試験を受けるだけで金貨1枚がかかるという。試験を受けるのに必要な金で、合格できなければ消えてしまう金だ。

 金貨1枚あれば、リーヴェは一年間暮らせる自信があった。


『とりあえず帰るぞ。周りの視線が痛い』


 ミックに返答することもなく、立ち上がったリーヴェはとぼとぼと歩いて家に向かった。



   ◆ ◆ ◆



『ふむふむ、なるほど』


 テーブルの上に置かれたミックは触手を器用に動かして受験要項を眺めていた。

 横にはテーブルに突っ伏すリーヴェの姿。先ほどまで嗚咽を漏らしていたが、今は静かになっている。


『おい、リーヴェ。いつまで沈んでいるつもりだ』


 ミックが触手で肩を叩くと、ようやくリーヴェはその顔を上げた。

 目は腫れ、顔には涙の痕がくっきりできている。


『いつまでも泣いているわけにはいかないだろ。解決するために、どうしたらいいのか考えるべきだ』

「でも……お金が……」


 針仕事は大きな工房に取られてしまい、今のリーヴェは無職に等しい。

 手持ちの金銭は少なく、そのわずかな金も家賃に回さなければならない。

 もう家には売れそうなものはない。魔導書は売れそうだが手放したくはない。

 冒険者の肩書は最下位のFランク。受けられるものは苦手な力仕事ばかりだった。


 すなわち、今のリーヴェに金貨という大金を捻出させるすべはない。


『先に言っておこう。今年の魔法試験の申込み期限はあと一週間だ』


 ミックの無慈悲な言葉に、再びリーヴェはテーブルに突っ伏してすすり泣いた。


 その姿を見たミックは触手を動かし、木箱の中をごそごそと漁る。

 目的のものを見つけると、リーヴェに語りかける。


『私が出してやる』

「えっ?」


 ミックの声にリーヴェが顔を上げると、目の前にはうごめく触手があった。

 その触手の上には金色に輝く硬貨が数枚乗せられている。


「いいの!? 本当に!?」

『これは貸しだ。いつの日か返してもらう。それと別に条件がある』

「条件?」

『今のままだと試験を受けたとしても落ちるしかないだろう。魔法試験を受けるのは一年後だ。それまでに私がリーヴェを鍛えてやる』


 ミックがリーヴェの使える魔法を見て、考えた末の選択だった。


 今のリーヴェは指先から小さな光を出す魔法しか使えない。

 試験には実技だけでなく筆記もある。筆記試験対策もしなければならない。

 リーヴェの魔法に関する知識はないに等しい。

 これでは5級の試験すら無理だろう。

 それならば、一年間は集中して魔法の修業に励むべきだと。


 ミックの言葉に対し、もちろんリーヴェは断ることなく首を縦に振った。

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[良い点] 素直な文章です。静かなストーリーです
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