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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第5章 求める先にあるものは~王都編~
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第57話 それぞれの思惑Ⅲ

 メルヒオールといた応接室を出てからしばらく。


 一人の警備兵が立つ部屋の前で、クラウスは足を止めた。

 警備兵が扉を数度叩いて室内に合図を送る。それから扉を開いた。

「ご苦労」とクラウスが歩き出し、部屋の中へと入る。

 室内で頭を下げて待っていた二人の前を通り過ぎ、クラウスは奥の長椅子に腰を下ろした。


「二人とも、座ってくれ」

「この度はご多忙の中、お時間をいただきありがとうございます」


 正装姿のアルバンとエルザが再度頭を下げた。

「失礼します」と、二人はクラウスの対面に並んで座る。


「それで?」


 雪に閉ざされた冬が終わると、オスファの城にアルバンが来るのは毎年のこと。

 凍死者が何人出たか、食料の備蓄状況、いつから農作業を開始したのか。晩秋からのノードの状勢を報告に来るのだ。


 テーブルの上に資料が配られる。

 アルバンが資料を片手に報告を始め、クラウスは用意された資料を見ながらアルバンの言葉を聞いていた。


 例年であれば、耕うんや開墾(かいこん)に着手した日を告げ、アルバンの報告は終わる。

 その日付を聞き、報告は終わったのだろうとクラウスは口を開いた。


「それでは今年の出荷計画――」

「お待ちください。まだ報告すべきことがございます」


 アルバンが震える声で言葉を遮る。


 賢者との会談に気を取られ、クラウスは失念していた。

 去年、西の国境付近には防衛拠点としての要塞を建造し、ノード初の魔道具工房も誕生した。

 それについての経過や、資金運用状況の報告を受けていない。

 さらに刻印の書物についての報告もまだだ。


 立ち上がったエルザが資料をクラウスの前に置いた。

 クラウスがその資料を手に取ると、アルバンが紙に書かれたことの説明を始める。


「西の防衛拠点の一帯を探索中に発見――」

「埋蔵量は不明ですが、おそらく数年分――」

「工房に持ち込んだところ、質は十二分――」

「雪が降りだしたために報告が遅れ――」


 悟られないように表情を変えず、クラウスは黙って言葉を聞いていた。

 先ほど拭いたはずの汗が、頬を伝わり落ちる気がする。


 職人誘致の話から、きな臭さは感じていた。

 されどノードは弱小国。

 資金の流れもある程度把握しているクラウスには、ノードが大それた行動を取るとは思えない。

 品評会で使用した未知の刻印、資金難の中でも意欲的に動いていたことから考えられる結論。

 アルバンは(いにしえ)の刻印に関する書物を手に入れたのだろう、とクラウスは考えていた。


 魔導書と同じように、刻印に関する書物も存在する。

 未知の刻印の情報や書物は、売ればとんでもない金額になる。

 これならば、すべての辻褄(つじつま)が合う。


 そう考えていたのだが、魔銀鉱床ときいてクラウスはひどく動揺した。


「……そうか。まさかノードから魔銀が産出しようとはな」


 ゲアストに内偵員はいるが、その情報網にはかからなかった。

 間違いなく周到に準備されていたこと。

 クラウスは奥歯を噛みしめる。


 経典の一節にこのような文章がある。

 ――過去は女神様でも変えることはできない。だからこそ過去から学び、未来に生かすのだと。愚者である我々に女神様はそう言われた。


 まさに、今さら慌てたところで過去は変えられない。

 考え方によっては、ノードを取り込むことが目的のクラウスにとって好ましいことだ。


「この件は王都まで上申に行かなければならないものだ。そして、間違いなく派閥の抗争に巻き込まれることになる。しかし、だ。それは望ましくない。これまでオスファとノードは良好な関係を保ってきた。この私が手助けをしてやろう。自主採掘権を認められればノードも発展し、暮らしは豊かになる」


 好意的な意見に二人の顔が一瞬明るくなるものの、すぐに険しい顔つきになる。

 うまい話などそうそうないとわかっているのだろう。


「ただし、条件がある」


 アルバンとエルザ、二人の喉がごくりと同時に鳴った。


「もうじき王都にて魔法技術交流会が開催される。エルザは長らく王都にいた身。もちろん知っているだろう?」


 エルザはこくりと静かに頷く。


「オスファは今年の余興担当でな。ノードから魔法使い――氷槍と箱持ちを呼ぼうと考えているのだが、どうだ?」


 時が止まったかのようにエルザは硬直した。

 頬を伝わる一筋の汗。

 隣では、不安げなアルバンがエルザの顔を覗き込む。


 格式高く、伝統ある王国の行事に参加する。


 エルザが目標としていたものは、ノードの名を上げることだ。

 名を知る者には弱小国だと嘲笑され、ほとんどの者が国名すら知らないという有り様。

 これはノードの名を知らしめるまたとない機会だが、身に余る大役。エルザはすぐに返答することができなかった。


 その様子を見かねたクラウスは口を開く。


「迷うのはわかるが、こちらとしては参加してもらいたい。……ならば、こうしようではないか。参加の報酬として、食料買取金額の三割増しを王に掛け合ってみようではないか。もちろん今年だけの話ではない」


 間を置き、先ほどよりも力強い口調でクラウスが続ける。


「私はこのオスファの領主。交渉はノードの冬のように厳しいものになるだろうが、承諾させるくらいの力量は持っているつもりだ」


 顔に驚きの色を浮かべ、エルザとアルバンは互いに顔を見合わせた。

 この条件であれば断る道理はない。

 汗ばむ拳を握り、エルザはまっすぐにクラウスの目を見つめる。


「是非ともさせていただきたく存じます。全身全霊を尽くす所存です」


 エルザは深く、深く頭を下げる。

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