第54話 新しい季節に向けてⅡ
ゆっくりとした時間が流れる昼下がり。
柔らかな光が差し込む食堂で談笑する四人の姿があった。
ララが冗談を言うとフェルゼンが声を出して笑い、澄まし顔のエルザがカップを口元に運ぶ。
リーヴェはエルザの隣に座っていた。
テーブル上に置かれたミックを前に、その手には白銀の杖がしっかりと握りしめられている。
目尻を下げ、頬を緩ませるリーヴェの顔はいささかだらしない。
笑みを零すリーヴェを見て、ララが口を開いた。
「その杖って、前のとまったく同じデザインにしたんだね」
「ええ、やっぱり同じもののほうが使いやすいかなと」
手に持った杖を前後に揺らし、杖でも返事をするようにリーヴェが答える。
「まあ、気に入ってるんならいいんだけどね。それよりも、今日はこれからどうするの?」
ララが視線を動かすと、エルザとフェルゼン、リーヴェは顔を見合わせた。
杖が完成し、リーヴェたちが工房から戻ってきたのは昨夜のことだ。
杖を造り終えたばかりでリーヴェの予定は何もない。
エルザは杖が完成するまでミックの護衛を申し出ていたのだが、杖の製造が考えていた以上に早く終わってしまったために、この先数日間の予定は空白となっている。
ララとフェルゼンは休暇中だ。
作業手順書は出来上がった。3級魔法使いとの専属契約も済み、魔道具工房の稼働は順調そのもの。
新作の魔道具や新しい刻印でなければララの出番はなく、今は雇い入れた冒険者たちの質を上げている最中だ。工房の人手は十二分に足りている。
それぞれの仕事が一段落ついたことで、四人は時間を持て余している状況だった。
「どうする? ボクおすすめの酒場でも行ってみる?」
杯を持ったように装ったララが、手を傾けて酒を飲む仕草をして見せる。
それを見たエルザは眉間にしわを寄せ、手に持っていたカップを荒々しくテーブルに置いた。
「ララさん、時と場合を考えてください」
エルザの甲高い声にララの眉がぴくりと動く。
「えっ? 何か駄目だった? だって、みんな飲める歳でしょ? 社交として嗜むくらい当然だと思うんだけど。そんな言われ方するなんて、ボクは心外だね」
肘をついたララがエルザを煽るように前のめりになると、エルザは微動だにせず、蔑むような視線をララへと向ける。
睨み合う二人を前に、フェルゼンが手を上げた。
「なぁ、魔法ギルドに行くのはどうだ? それから冒険者ギルドだな」
最近は鍛冶仕事が板についてきているが、今でもフェルゼンは冒険者だ。
冒険者にとっても情報とは重要なものとなる。その情報を得るためには魔法ギルド、冒険者ギルドに出向くのが手っ取り早い。
これはフェルゼンの経験からも言えることだ。
出ている依頼から国の動向を探ることもあった。馴染みの冒険者や、仲のいい受付嬢との会話の中から情報を得ることだってあった。
足繁く通ったからこそ、仲間たちと出会い、地位を得て、今の自分があるのだとフェルゼンには自負があった。
腕を組み、一人頷くフェルゼンに、ララとエルザから突き刺すような視線が向けられる。
「時と場所を考えて欲しいんだけど。そんなに会いたいの?」
「な、なんのことだ?」
「会いたい人がいるから行きたいんでしょ?」
ララの言葉に動揺し、フェルゼンの目が泳ぐ。
巨体を揺らし、前のめりになったフェルゼンが目の前に座るリーヴェに話しかける。
「嬢ちゃんも久しく魔法ギルドには行ってねぇだろ? 行きたいよな? そうだよな?」
「えーっと、そうですねぇ」
リーヴェは手に持った杖を左右に揺らしながら考える。
ララとフェルゼンの会話は理解できなかったが、魔法ギルドに行きたいかと聞かれれば、もちろん行きたいという気持ちがある。
杖を造り終えた今、次にやるべきことがあるのならば、それは仕事探しだ。
雪もずいぶんと消え、まもなく春が訪れようとしている。魔法ギルドで取り扱っている仕事も増えていることだろう。
仕事を斡旋してもらうのも大事だが、ほかにも重要なことがある。
それは新しい杖をアンネに見せなければならないということだ。
ニーナも同様のこと。
きっと二人は新しい杖を絶賛してくれるだろう。
久しく会っていないニーナの姿が脳裏に浮かぶ。
夏の頃、ニーナとはよく昼食を一緒にしていた。その時、エルザと親しくなりたいのだと零していたことが思い起こされる。
冒険者ギルドを出る頃には夕方になっていることだろう。
仕事終わりのニーナを誘い、みんなで食堂に行くのもいいかもしれない。
ニーナはどのような反応をするだろうか。顔を真っ赤にして慌てふためくのだろうか。
この先の未来に思いを巡らせて、リーヴェは顔をほころばせる。
「仕事のこともありますし、魔法ギルドに行きたいです。それから冒険者ギルドにも」
「な、そうだよな! 仕事は大事だもんな!」
「フェルゼンってさ、貴族になりたいの? カザーネ家に婿として来る?」
唐突なララからの問いかけに、フェルゼンはおろおろと戸惑う。
その様子を見て、にたにたと下卑た表情を浮かべるララがけらけらと笑い始めた。
もともと体の大きなフェルゼンは無名だった頃から目立っていた。
そして頭角を現し始めると、さらに注目されることになる。
そんな目立つ冒険者がとある貴族の少女に熱を上げていれば、噂になるのは至極当然のことだった。
噂が流れたのは何年も前の話ではあるが、貴族の間では有名な話だ。
杖の石突を床に叩きつけ、リーヴェが勢いよく立ち上がる。
「フェルゼンさん、工房長と結婚するんですか? それってギャクタマってヤツじゃないですか!?」
時々、リーヴェはニーナから恋愛話を聞かされていた。
自分には関わりのない話だと思っていたのだが、身近な人物での話に興奮したリーヴェは思わずフェルゼンに詰め寄る。
「いつの間に二人はそんな仲に!? 結婚式はいつですか!?」
その姿にエルザはため息を一つ吐くと立ち上がる。
つぶやくように、小さな声で「失礼します」と言ったエルザが両手を伸ばし、木箱を抱えるとリーヴェに顔を向ける。
「リーヴェ、ララさんの冗談を本気にしないようにね」
リーヴェがララに視線を向けると、ララはいたずらっぽく笑っていた。
「えー、冗談だったんですか……」
「別に本気にしてもらってもかまわないけどね。ボクが婿に選んだって言えば、お父様は何も言わないと思うけど」
「いや、ありがたい話なんですが、守るよりも守られるってのは性に合わないんで」
フェルゼンが大きな体を縮こまらせ、頭をかく。
「いつまでも低俗な話をしているのではありませんよ。行くならさっさと行きましょう」
ララとフェルゼンも立ち上がり、それぞれが出かける準備を始めた。
◆ ◆ ◆
町の中央には歩いて向かうこととなり、四人は正門を出る。
徒歩で向かうには少しばかり遠いが、道沿いに設置された魔道具の確認を行うためだ。
時間がかかるようならば人力車にでも乗ればいい。
正門を出た四人は立ち止まり、辺りを見回した。
もはや通りにほとんど雪は残っておらず、排水溝には町の外に向かって水が流れているのが確認できる。
通りを歩いていた者は足を止め、店の前で作業をしていた者たちは顔を上げて動きを止める。
そんな住民たちの視線に気がつくと、ララは少し口角を上げ、鼻歌交じりに歩き出した。
この国に初めてできた魔道具工房は、ゲアストの大通りに雪を解かす魔道具を設置していった。
冬になり、雪が降り始めてからも設置工事は進み、全域とはいかないまでも町中の移動が可能となる。
さらに、出力は弱いものの、国民には部屋を暖めるための魔道具が配布された。
例年では冬に命を落とす者が多い。凍死に餓死、薪の不完全燃焼による突然死。
しかし、今年はそんな悲報を聞くことはほとんどなかった。
民たちの間で噂になる。
偉業と呼ぶべきことを成したのは、いったい誰なのかと。
その答えは魔道具工房で働く冒険者たちの口から広まっていった。
先を行くララに、リーヴェは杖を見せびらかすように、エルザは木箱を大事そうに抱きかかえて続く。
リーヴェとエルザが同時に立ち止まり、振り返った。
「フェルゼン、何をしているのですか? 行きますよ」
「へ、へい!」
前を向いて歩く三人に続き、フェルゼンも足を踏み出した。




