第52話 冬のノード攻防戦Ⅲ
小さな金属の盾を持たされたフェルゼンは、雪で作られた高台の上に立っていた。
高台と言っても、ひざ丈ほどの高さで台座のようなものだ。
その上でフェルゼンは浮かない顔をする。
フェルゼンがララから言いつけられたのは二つ。
高台から出ることを禁止する。そして、防御しか許可しないということだった。
文句の一つも言いたいのだが、これは魔道具の運用試験。さらに、相手はカザーネ家とソルダート家の次期当主。
そんなことをできるわけもなく、フェルゼンは黙って頷くことしかできなかった。
フェルゼンは「はぁ」とため息一つ吐き、目の前に作られた壁に目を向ける。
高台の前には右側、左側、中央と雪の壁が続き、その向こう側で、ララたちが作戦会議を開いていた。
フェルゼンと反対方向にある高台。その上で、腰に手を当てたララがふんぞり返る。
先ほどエルザから怒られていたのを微塵も感じさせず、ララは堂々と立っていた。
顔を向けるエルザとリーヴェに、ララはこれから先のことを伝える。
「こちらの指示に従うこと。これは魔道具の性能の確認もあるからね」
実戦形式で通話装置の使用は初めてだ。
激しく動く中、受話器からの言葉を聞き取れるのか、形状に不備はないのか。距離における送話の遅れがどれほど影響あるのか。
ララが把握しておきたいことは数多くある。
二人が目の前にいるにもかかわらず、ララは送話器を口に当てて告げる。
「エルザちんは右側から威力偵察ね。たぶん、当たらないと思うからガンガン攻撃して」
腰の送話器を取り換えたララは、リーヴェのほうへと顔を向ける。
「りべちんは雪玉作り。魔力を込めて硬いのができるんだよね? とりあえず、どんどん作っちゃって」
これは遊びのようなものではあるが、遊びではない。
ノードの最先端魔道具技術の運用試験だ。
エルザとリーヴェは顔を見合わせる。その表情は真剣なものになっていた。
頷いた二人は行動を開始する。
リーヴェが魔力を込めて雪玉を握り、その雪玉をエルザが掛け鞄に詰めていく。
「それでは行ってきます」
実戦さながらの雰囲気。
エルザは周囲に目を配りつつ、身を低くして雪上を進み始めた。
時折、侵攻ルートを指示するララの声が飛んでくる。
『塹壕を這うように進んでみてね。後は壁に密着して進んでみたり』
エルザは指示に従い、塹壕を進み、壁から壁へと隠れるように移動する。
そして、前へと進むエルザの視界にフェルゼンの姿が入った。
庭には雪の壁が何ヵ所もあるが、壁はつながっているわけではない。
さらに真っ白な雪で作られた陣地だ。白いもの以外は非常に目立つ。
エルザからフェルゼンが見えたのと同じく、フェルゼンからもエルザが見えていた。
「攻めはエルザ様だけか」
魔道具の運用試験だ。すぐには終わらせないだろう。
ララは指示の練習をやりたがっていたこともあり、攻撃に参加するとは思えない。
ならば、攻撃として来るのは一人か二人。
リーヴェも来る場合、逆方向から挟撃という形を取るか、エルザの後ろから火力支援として来るのか。
フェルゼンは思案を巡らせる。
左前方の壁からエルザが顔を覗かせると、すぐさま雪玉がフェルゼンに向かって飛んできた。
飛んできた雪玉は一つ。
フェルゼンは周囲に目を配りつつ、軌道を予測して冷静に躱す。
フェルゼンの取れる行動は三つ。躱す、盾で逸らす、盾で受けるだ。
動くと足場は悪くなるが、雪玉一つ程度避けるのに盾を使うまでもない。
その後も何度か雪玉が飛んでくるが、そのすべてをフェルゼンは難なく躱す。
エルザは女であり、魔法使い。
体つきを見るに、重点的に鍛えているわけではない。
筋骨隆々といった男が投げるものとは違い、飛んでくる雪玉は山なりで、速度は遅い。
それゆえに予測しやすく、躱すのは容易い。
「雪玉がなくなったか?」
一定の時間で飛んできていた雪玉が止まった。
周囲を警戒するフェルゼンの視界に、反転して戻っていくエルザの姿が映る。
第一波の攻撃が終わったと、フェルゼンは安堵のため息を漏らす。
一方、手持ちの雪玉がなくなったエルザは、息を弾ませながらララとリーヴェの元に戻ってきた。
「こっちの指示はちゃんと聞こえてるみたいだね」
ララはエルザの姿が見える位置まで移動し、送話器で指示を出していた。
「ええ、とりあえずは聞こえていますね。それにしても……」
「フェルゼンが意外? 全部躱されちゃったもんね」
見透かしたようなララの言葉に、エルザは瞳を鋭く光らせる。
「足場の悪い中で、よくあれだけ動けるものだと感心しただけです」
雪の表面は硬いが脆い。
激しく動けば、その表面は削られ、動きづらくなるだけだ。
何度も雪玉を躱し、高台の上は荒れているはずだ。しかし、フェルゼンは盾さえ使うことなく回避してみせた。
「まぁそこはさすがB級冒険者って感じだよね。王国にいたならA級になっててもおかしくない実力だしね」
「……それで、次はどうしたらいいのですか?」
「そうだね。次はりべちんと一緒に攻めてみようか」
「ついに私の出番ですか!」
ようやく出番がやってきたと、リーヴェは立ち上がる。
リーヴェは肩掛け鞄に、山と積まれた雪玉を詰め込んでいく。
エルザも雪玉を手に取り鞄の口を開ける。
鞄をパンパンに膨らませたリーヴェとエルザは、雪を踏みしめながらフェルゼンの元へと向かった。
対するフェルゼンはエルザの姿が見えなくなってから数分、集中力を切らすことなく周囲を警戒していた。
左右、中央の壁に目を光らせていると、壁から壁に移動するエルザの姿をフェルゼンは捉える。
先ほどと同じく左側からだ。すかさず逆方向に注意を向けるが、そこに人影はない。
エルザに視線を戻すとその数歩後ろ、リーヴェの姿がフェルゼンの視界に入った。
背負う木箱が重いのか、リーヴェは足元を見ながらよたよた歩いている。
一方方向から来られるほうが対処しやすいと、フェルゼンは安堵した。
フェルゼンの左前方にある雪の壁。その後ろにエルザが隠れる。
高台からは5メートルほどの距離。
壁の左側から躍り出たエルザが雪玉を投げつけてくる。
フェルゼンにとって躱すのは容易い。
しかし、いるのは足場の悪い雪上だ。体勢を崩したところで、リーヴェに狙い撃ちされるかもしれない。
エルザからの雪玉を躱したところ、予想通り、今度は壁の右側からリーヴェが身を乗り出した。
右手には雪玉を持ち、投げる構えを見せる。
フェルゼンはエルザの動向に目を向けつつ、左手に持つ盾を強く握りしめた。
リーヴェが振りかぶり、投げた雪玉が弧を描く。
その雪玉はフェルゼンまでも届かず、3メートルほどで地面に落下した。
予想外のことにフェルゼンは唖然とする。
気を取られ、エルザの投げた雪玉に気がつくのが遅れてしまった。
フェルゼンの身に雪玉が迫る。
回避は間に合わないと判断し、フェルゼンは盾を使って受け流す。
「くっ!」
当たった瞬間、盾を持つ手がビリビリと痺れた。
雪玉は女子供の握りこぶしくらいの大きさではあるが、その見た目とは裏腹に、雪玉は硬く重い。
魔法で雪玉に何か仕掛けをしているのだろうが、当たらなければ問題ないと、フェルゼンすぐに体勢を立て直した。
「フェルゼンさんもエルザもすごいね」
『リーヴェの玉投げは、まったくもって駄目だな』
フェルゼンの足元近くには、リーヴェの投げた雪玉が転がっている。
『りべちんが投げるのは魔法でどうにかならない?』
魔道具からララの聞こえ、リーヴェは辺りを見回した。
後方から、笑顔を見せるララが手を振っている。
先ほどのことを見られていたと、リーヴェは顔を赤くしてうつむいた。
『よし、私が手本を見せてやろう』
「危なくない? 大丈夫?」
石のように硬い雪玉を作ったのはリーヴェだ。
当たれば怪我になりかねないのは理解している。
『大丈夫だ。ちゃんと手は抜くさ』
「……それならいいんだけど」
頷いたリーヴェは杖を高く掲げ、やってみるとララに合図を送る。
『じゃあよろしくー』
リーヴェは鞄から雪玉を取り出した。
壁から顔を出し、フェルゼンの動向を探る。
フェルゼンはエルザが投げる雪玉を躱し続けていた。
「それで、どうしたらいいの?」
『正面に立って、その雪玉を地面に落とせ』
「うん、わかったよ」
リーヴェは壁から飛び出して雪玉を落とすと、構えた杖の先端を雪玉に向けた。
「はぁ!?」
リーヴェの足元にあった雪玉が、ふっと浮いたのを見て、フェルゼンは思わず声を上げた。
リーヴェの目の前、空中で止まった雪玉が、猛烈な速度でフェルゼンに向かってくる。
そのさまは、空を翔ける猛鳥が、獲物を見定めて襲いかかるがごとく。
エルザからの雪玉を躱し続け、高台の足場は悪くなっていた。
一直線に向かってくる雪玉の軌道は読みやすい。回避よりも受け流すべきだと、フェルゼンは盾を緩く持った。
金属同士がぶつかるような、甲高い音が鳴った。
雪玉がかすった瞬間、盾が吹き飛び宙を舞う。
ここまでは想定できていたことだ。
そして、この後のこともフェルゼンには予測できる。
この機を逃さまいとして、ララが来るだろうと。
フェルゼンはエルザのいる方向を見る。
驚いたような表情で動きを止めたままだ。
ララが来るのはエルザの後ろか、リーヴェの後ろからか。もしくは中央の壁か、右側の壁なのか。
ララのことだ。意表を突いて壁の上から来るかもしれない。
最後の攻撃が来るだろうと、フェルゼンは身構えた。
エルザの動向を探ろうと、フェルゼンがエルザに視線を向けた、その一瞬だった。
中央の雪の壁、下側の一部が崩れ、そこからララが飛び出してくる。
雪上を走っているとは思えない速度。
フェルゼンとララの距離が瞬時に詰まる。
「ちょっ!?」
至近距離で雪玉を持ったララが振りかぶる。
とてもじゃないが躱せない。
フェルゼンはのけ反りながら、両手を前に出す。
次の瞬間、フェルゼンの巨体が宙を舞った。
のけ反り、体重の乗った軸足を蹴られたフェルゼンは青い空を見上げていた。
落下していく中、ララが視界に入る。
どさりとフェルゼンの巨体が雪の上に転がった。
「はい、フェルゼンの負けー」
倒れたフェルゼンを、にんまりと笑ったララが覗き込んでいた。




