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第50話 冬のノード攻防戦Ⅰ

 冬の早朝。


 肌を切り裂くような寒さの中、エルザとミックを背負ったリーヴェは玄関先に立っていた。

 吐く息は白く、空中に溶けては消えていく。

 そんな二人の前には、視界の大半を占めるほどの白い壁が立ちふさがる。


「今年もすっごい雪が降ったね」

「そうですね。毎年のことながら嫌になります」


 リーヴェは手を伸ばして目の前の壁を触る。手袋ごしに伝わってくるのは岩のような雪の感触。

 指先で雪の壁を削り、目印をつけたリーヴェは数歩下がると杖を振った。


 魔法が発動し、壁の一部が淡く光る。

 その部分が音を上げながら、階段状にへこんでいく。

 そこに飛び乗ったリーヴェはギュッギュッと一段ずつ足で踏み固め、階段を上っていった。


 登りきった先には真っ白な絨毯が広がり、朝日が眩しく照らしていた。


 冬の天気はほとんどが雪か曇りだが、今日は雲一つない快晴。

 こんな日の早朝は非常に冷え込む。

 降り積もった雪は人が乗っても歩けるほどに冷えて固っていた。

 日の空いたパンのように硬くなった雪の上、リーヴェは門扉側へと向かって歩きだした。


 門扉側まで着いたリーヴェは立ち止まる。


 降り積もった雪は二階に届くほどの高さ。

 目の前に広がるのは雪に埋もれ、白く染まったゲアストの町。

 普段よりも見えている高さが違うため、リーヴェは不思議な感覚を覚える。


「昔のノードもこんなに降ってたの?」

『ああ、こんな感じだったな。しかし、こんな霞はもちろんなかったが』


 後ろから雪を踏みしめる音が聞こえ、リーヴェが振り返る。振り返った先にはエルザが立っていた。

 エルザはリーヴェの隣りまで歩き、肩を並べて雪化粧をしたゲアストの町並みを眺める。


「魔道具もうまく作動しているようですね」

「そうみたいだね」


 家に隣接する道、大通りにつながる道からは、もうもうとした湯気が立ち昇る。

 これは魔道具によるものだ。

 温度差により湯気を吐きながら、雪解け水が郊外に流れていく。


 以前では考えられなかったことだ。

 冬になれば、ほとんど家から出られないほどの雪に閉ざされる。

 それが今や、水浸しの道ながら、歩く人影がちらほらと見えている。

 ミックやララ、それに町の冒険者たちと協力し、苦労して魔道具を設置した結果だ。

 リーヴェとエルザは感慨深いものを胸のうちに、風に煽られては消える霞を眺めていた。


「エルザ様に嬢ちゃん、朝飯できたってよ!」


 その声に二人は振り返る。

 雪を階段状にした場所からは、フェルゼンの顔が覗いていた。

 さすがに冬ともなれば寒いのか、分厚い布の服に身を包み、腕を組んで険しい顔つきをしている。


「はーい! 今、行きます!」


 リーヴェが家に向かって歩き出し、ため息を漏らしたエルザがその後を追った。

 玄関に降りたリーヴェは魔法でブーツを温めて雪を落とす。同じようにエルザのブーツにも杖を振る。

 雪を落とし終えた二人はフェルゼンと一緒に館の中へと入った。


 室内は暖かい。

 広間の各所には発熱する魔道具が設置され、家の中を暖かく保っている。

 寒さで張り詰めていた肌が和らぎ、自然と頬が緩む。


 笑みを零しながらリーヴェとエルザはコートを脱ぎ、出迎えていたレイネにコートを渡した。

 レイネもにこにことした笑顔をたたえ、二人のコートを胸に抱える。


「レイネちゃん、ありがとね」

「お仕事なので!」


 身軽になった二人は食堂に向かって歩きだし、その後ろをフェルゼンが続く。

 食堂に入ると、そこには銀髪の少女が座って待っていた。


「やぁ、おはよう。外に行ってたの? 今日は晴れてるから寒いでしょ」

「おはようございます。ララ様。すっごく寒かったですよ」


 挨拶を返したリーヴェはミックを膝に抱えて座り、エルザとフェルゼンは無言のまま椅子へと座る。

 テーブルの上に並べられた朝食を前に、四人は女神への祈りを捧げると食事を始めた。


 冷えた体を温めるため、エルザは熱いスープを口に含む。

 匙でスープを口に運びながら、視線だけを動かして周囲を見渡した。

 フェルゼンはいつもどおりだ。大きな体を縮こまらせ、申し訳なさげな顔をして食事をしている。

 その隣り、目の前にいる問題の人物(ララ)へとエルザは視線を向けた。


 ララはチーズをかじり、ちぎったパンを口に放り込む。

 それを流し込むように酒の入ったコップを呷り、白い頬を薄紅色に染め上げる。


 空のコップをことりとテーブルに置き、ララがふぅと吐息を漏らした。


「パンに使ってるバター変えたでしょ? ボク、この前まで使ってたほうが好みだね」

「申し訳ございません。夕食のものからは変更しておきます」


 そばに控えていたジークがすぐさまララの横に移動し、頭を下げた。

 自分の家にいるように振る舞うララを見て、エルザは眉間にしわを寄せる。

 しかしながら、エルザは何も言うことなく食事を続ける。


 ララがここにいるのは今日だけではない。

 事の始まりは、エルザたちがゲアストに帰ってすぐのことだ。


 ゲアストに戻った翌日から、エルザは工房に通うようになった。

 これはミックから教えてもらった刻印の内容をララに伝えるためだ。

 そして、グンターたちから現在の刻印の技術を聞き出し、ミックに伝えるためでもある。


 エルザの身に災いが降りかかるのは、工房に通い始めてから数日後のことだった。


「えー、だって二人はボクの家に遊びに来たじゃない? ボクも遊びにこないと不公平でしょ?」


 その一言が始まりだった。

 この日から、ララは毎日夕食時に訪れるようになる。

 秋のうちは夕食を済ませれば帰っていたのだが、ララの行動はさらに悪化する。

 冬になり雪が降り始めると、ララはここから工房に通うようになったのだ。


 もちろんエルザはララの行為に対し、いい顔をしない。

 しかし、それを抑えたのはミックの一言だった。


この者(ララ)の専門知識は面白い』


 ララはノード初の魔道具工房の設計をし、その工房の長まで務めている。さらに刻印技術に対する知識はノードでもっとも深い。

 これは揺らぎようもない事実。

 さらにララは所蔵の刻印や魔道具に関する本、数百冊あまりをこの家に寄贈したことが決め手だった。


 エルザはミックに対して返しきれない恩がある。ミックの望むことであれば何でもしたい。

 それでも耐えられないことはあった。


「……ララさん、いつまでここにいる気ですか?」


 雪が降り始めてから、かれこれ二ヵ月が経つ。この二ヵ月、ララは自分の家に帰っていない。


 エルザの言葉を気にも留めないように、ララはベーコンエッグにフォークを突き刺して口へと運ぶ。

 味を堪能するかのように目を閉じ、|口をもぐもぐ動かして咀嚼そしゃくする。

 ごくんと飲み込むと、ララはエルザに顔を向けた。


「やだなぁエルザちん。ララ工房長と呼んでよ、工房長と。ほら、ララ工房長って」


 いたずらっ子のように、ララは薄笑いを浮かべる。


「それで、そのララ工房長はここで何をしているのでしょうか? 今日、工房は休みですよね? ご実家に帰らないのですか?」

「何をしてるって見てわからない? 朝ご飯食べてるんだけど。ってもうなくなるね。ジーク。食後のお茶の用意を」


 エルザは再度ため息を吐き、リーヴェとフェルゼンは互いを見合って苦笑いをした。



 食事を終え、四人がお茶を飲んでいるところで、リーヴェが疑問を口に出す。


「今日って工房休みなんですよね? なんでフェルゼンさんもいるんですか?」


 工房の休みの日にフェルゼンがいるのは初めてのことだった。

 フェルゼンはここに泊まっているわけではない。

 工房が稼働する日の早朝、夕方とララの警護で送り迎えをしているだけだ。


 ララが視線で合図を送ると、フェルゼンが足元の木箱をララの目の前に置いた。

 木箱の蓋を開けると、その中にはいくつかの魔道具が入っている。


『もしや、ついに完成したのか!? リーヴェ、詳細を聞いてくれ』


 心待ちにしていたように響くミックの声に、こくりと頷いたリーヴェはララのそばに歩み寄った。

 ミックを抱えたリーヴェは覗き込むように魔道具を見つめる。


「それって以前言ってた通話装置ですか?」

「うん、そうだよ。ようやく最低限使えるところまで……って感じだけどね」


 ララは木箱の中から魔道具を取り出し、テーブルの上に置いた。

 サークレットのようなものが二つと、紐のついた四角い小さな箱が二つ。


「もう大変だったんだよ? そのおかげで別の魔道具もできたんだけど」


 隣りに立っていたフェルゼンが、うんざりといったように肩を落とした。

 通話装置の実験台として任に当たっていたのはフェルゼンだ。


 未知の刻印を扱うのであれば、小さな刻印から試行錯誤を重ねるのが理論的な方法となる。

 大きな刻印であれば魔石の力が足りず、刻印が発動しない。

 また、発動したとしても刻印に不備があれば、規模の大きな魔力爆発を引き起こす可能性が高くなるからだ。

 だからこそ、小さな刻印から始めるのだが、これはこれで問題がある。

 小さなものは、そのぶん出力も弱く、効果を確認しづらい。

 さらに小さな刻印だからこそ精度は悪くなり、形状不備による爆発を引き起こしやすい。


 フェルゼンは何度か魔力爆発に巻き込まれ、教会に担ぎ込まれていた。


 しかし、失敗は成功の女神という言葉の通り、幾度となく爆発させた経験から、ララは新たな魔道具を造りだした。

 新たな魔道具により、魔力爆発に巻き込まれることを回避できたのだが、死にかけた経験を忘れられるわけもなくフェルゼンは苦い顔を浮かべる。

 そんな後ろのフェルゼンの表情にも気づかず、ララは続けて言う。


「りべちんとエルザちんの土を動かす魔法。あれ、雪でも使えるよね? ちょうど外も晴れてるしさ、庭で試験運用しようと思うんだけど」


 何度も爆発騒ぎを起こした魔道具とは知らず、リーヴェとミックは嬉々とした声を上げる。


『それは面白そうだ! よし、外に行くぞ!』

「もちろんできますよ! それじゃあ外に行きましょう!」


 リーヴェがテーブルの上のミックを持ち上げようと、木箱に手を伸ばした時に疑問が浮かんだ。


「でも、その魔道具だったら室内でも大丈夫じゃないんですか?」


 事前に聞いていた話だと、少し離れた場所に声を伝える魔道具だ。

 わざわざ寒い外に行かずとも、一階と二階、二手に別れれば性能の確認はできそうに思える。


「実戦形式だからね。外じゃないと。やるのは3対1の模擬戦。種目は雪合戦ね。フェルゼンは防戦のみの一人だからよろしくー」

「……はい」


 隣りで会話を聞いていたフェルゼンは、諦めたかのようにうなだれた。

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