第48話 アルバンの奔走
魔銀鉱床発見の知らせ。
エルザより報告を受けたアルバンは、事の重大さに身を震わせた。
すぐさま頭を切り替える。
これからどう動いていくべきか、どうすれば最善の手になるのか。
熟考した結果、アルバンは秘密裏に動くことを選択する。
ソルダート家だけではできることに限界がある。
カザーネ家、サニテーツ家にも魔銀鉱床のことを打ち明け、情報を共有する。
肯定的な二家の当主を前に、アルバンはこれから先の計画を話し出した。
時間的な猶予はない。
予算を組み、さらにソルダート家の財源も投入したアルバンは建材の確保を早々に終える。
このまま事が上手く運べばノードの地位、経済、人々の暮らしは好転する。
執務室の外、青く澄んだノードの空をアルバンは見上げた。
◆ ◆ ◆
エルザたちをネイザーライドに送りだしたアルバンは執務室にこもっていた。
机に肘を突き、両手で頭を抱える。口から出るのは、長く重いため息。
どうしたものかと頭を抱える。
ノード西の地に防衛拠点を造りたい。
アルバンの目論見通り、王国からの許可はいとも簡単に下りた。
ノードの西にあるのはノベストという国だ。
二ヵ国は中立として不戦の条約を交わし、国力も兵力も同程度。余程のことがない限り、争いにはなりえない。
神聖国側に属するノベストと防衛拠点建造で揉めて欲しい。王国としてはそう考えていることだろう。
また、防衛拠点建造には多大な金銭がかかることもある。
税金を投入すれば、国は疲弊する。
王国としてはノードの頭を押さえつける負担も減るわけだ。
ともかくとして、王国からの許可は得られた。
後は周辺調査の際に、偶然、魔銀鉱床を見つけるだけだった。
冒険者たちを使い、中継地点であるアイン村に建材を移したところで事態は変わった。
臆してしまったのか、カザーネ家が保守的になってしまう。
カザーネ家は王国への反逆と捉えられかねないと資金を出し渋り、それにサニテーツ家も同調する。
ノードは国として裕福ではない。
今回の計画は、ほかの貴族から資金援助が受けられてこそ進められるものだ。
代表格である三家の意見が一致しなければ、貴族からの融資は引っ張れない。
カザーネとサニテーツの離反。
これにより資金繰りが困難に、計画は早い段階で頓挫してしまう。
計画は時機が要となる。どうしても雪が降る前に落着しなければならない。
アルバンは、今こそノードが変わるべきだとウッツに説くが、雪に釘を打ちつけたように反応が悪い。
しばらくの間、アルバンは忙しい日々を過ごす。
昼は資金援助の申し込みで奔走し、夜はカザーネ、サニテーツの当主と会食する。
しかしながら、状況は依然として変わらなかった。
ただでさえ、平民に利のある政策を推し進めるアルバンに好意的な貴族は少なく、さらに鉱床の件を言えないこともある。
そしてカザーネ家とサニテーツ家の後ろ盾がない。その影響力をアルバンは痛感することとなった。
エルザたちがネイザーライドに発ってからほどなくしたある日のこと。
開口一番、ウッツより出た言葉にアルバンは驚いた。
「本当ですか!?」
ソルダート家の応接室にいたアルバンは大きな声を上げ、思わず立ち上がった。
対面には、カザーネ当主であるウッツとサニテーツ当主であるヘルマンが座る。
同じ内容をウッツが繰り返し、口に出す。
「カザーネ家は西の拠点の構築に全面的援助を行う。金に糸目はつけない。ほかの貴族の交渉もこちらから当たろう」
隣りに座るヘルマンも同様の意志だと頷いた。
この数日でいったい何が起こったのか、アルバンにはまったく理解ができない。
しかし、また意見が変わる可能性もある。
「動き出したら止められないが、いいんだな?」
「ああ、進めてくれ」
この機を逃さまいと、アルバンはすぐさま計画を推し進める。
再度、町にあふれる大量の冒険者たちを雇い、拠点となる地に建材の搬入が開始された。
そこから、まるで何者かの意志を感じるかのように、計画は順調に進むこととなる。
◆ ◆ ◆
エルザたちがゲアストを発ち、20日ほど経った日。
ソルダート家の屋敷にジークたちが帰還した。
執務室にて、アルバンはジークからの報告を聞き、エルザからの書簡を受け取った。
手に持った書簡に目を通す。
内容は三行と満たない簡潔なものだったが、愛する娘の書いた文字を見て、アルバンは目を細める。
「必ず誘致は成功する。女神様のご加護を得た……か」
敬虔な信徒であるエルザが、女神の名前を出すのは珍しい。
成功する秘策があるのだろう。
エルザのほうも順風満帆に事は進んでいると知り、アルバンはしわを深くして笑い声を上げた。
「はーっはっはっは! なるほど、これは女神様のご意思だったか!」
アルバンは紙を用意し、こちらも女神様のご加護を得たと、したためる。
「直接話しができないのは残念だが、これをエルザに渡してくれ」
アルバンが書き終えた手紙をジークに渡す。
ジークは頭を下げ、しっかりと両手で手紙を受け取った。
◆ ◆ ◆
ネイザーライドに向け、ジークが出立した翌朝のこと。
ソルダート家に珍しい来客があった。
執事から話を聞いたアルバンは、その客を応接室に通すように申しつける。
今、動いている件で来たのだろう。アルバンは応接室に向かう最中、そんなことを考える。
アルバンが部屋に入ると、待っていたその人物がスカートの端を優雅に摘まみ上げた。
「お久しぶりです。アルバン様。ララでございます」
「ああ、久しぶりだね。まずは座ってから用件を聞こうか」
茶と菓子が用意され、ララは細い指先でカップをしなやかに持ち上げる。
肩ほどまでの銀髪。伏し目でもわかるほど大きな瞳。宝石のような緑の虹彩。
華奢な体を強調するような緑色のドレスが存在感を引き立てる。
庇護欲を掻き立てるララの姿にアルバンの心は惹きつけられる。
ただ、あまりに起伏がなく、すらりとした体。アルバンは心の中でエルザに軍配を上げた。
ララが持っていたカップをことりとテーブルに置く。
「それで? ここには何用で?」
「はい。現在ノードでは、魔道具製作のための計画が進められていると聞きまして。及ばすながら、ご助力したいと存じます」
「……具体的には何かあるのかね?」
ララが持つ魔法使いの資格は4級だ。
さらに、ララはこれまで表舞台にほとんど出たことがなく、影響力は小さい。
確かにカザーネ家の長子という箔はあるが、それだけだった。
眉間にしわを寄せ、アルバンは難しい顔をする。
そのアルバンに向けて、ララがにやりと口元を歪めた。
「今回の計画において、魔道具工房の建造も入っていますよね? それはどなたが設計を?」
「それは……」
魔道具工房は特殊な造りだ。
ノードの建築技師では造れない。王国の技師を当たったのだが、残念ながら魔道具工房を造れるような人材を確保できなかった。
建物の外壁だけ造り、ネイザーライドから誘致する鍛冶職人に聞きながら完成させる予定にしていた。
ララの見透かすような緑の瞳を見て、アルバンはごくりと固唾を飲み込む。
「その様子であればきちんと決まっていないようですね。私に任せてもらえませんか?」
「ララさんに……?」
魔法使いであれば、刻印のことを知っているのは当然。
しかし、魔道具工房の話となれば別だ。
訝しむアルバンを見て、予想通りだとララはくつくつと笑う。
「私はネイザーライドで四年間鍛錬を積んでいました。技術はありませんが、知識だけであれば熟練の魔道具鍛冶師にも引けを取らないと自負しています」
「おっ、おおおっ!?」
アルバンは唸る。
ララがネイザーライドに留学していたのは知ってはいたが、まさか魔道具関連に造詣が深いとは思いも寄らなかった。
「もう五年ほど前のものなりますが、当時の最新技術はすべて頭の中に入っています。それほど発展目覚ましい分野ではありませんので、心配いらないかと……」
ララがにこりと笑う。その顔に女神のような微笑みをたたえていた。
 




