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第05話 魔王城跡地にてⅡ

 ゆらゆらとした松明の炎が室内を照らす。


「ここが最奥部でしょうか?」


 狭い通路から部屋らしき場所に変わる。

 扉もない部屋の入口でリーヴェが松明を高く掲げると、通路と同じ石造りの壁や床が火に照らし出される。

 声の響き具合から、そこまで広くなさそうだった。


「何か奥で光ったぞ!」


 リーヴェの後ろから、覗き込むように室内を見ていたクルトが叫ぶ。

 押されるようにして小部屋の中に入ったリーヴェは、松明で奥を照らした。

 三人の視線の先、火に照らされ、浮かび上がったのは一つの箱。

 ただの箱ではない。

 一目で高価なものであるとわかるものだ。

 過度な装飾が施され、いまだ金の光沢を放つ宝箱が置かれていた。


 クルトとハイノは宝箱を確認すると互いに目を見合わせる。そこには愉悦に歪む顔があった。


 中身が空であろうと、この宝箱だけで価値は十二分。宝石や貴金属でも入っていれば億万長者。

 何はともあれ確認しなければならない。

 中身が何か、だ。

 ダンジョンにある宝箱にはミミックと呼ばれる魔物が住み着いていたり、罠が仕掛けられている可能性が高い。


「リーヴェさん、その宝箱開けてみてくれないか? 開かないなら開かないでいいから。僕とクルトは手が震えちゃって」


 リーヴェが二人を見れば、剣を持つ手は確かに震えている。

 顔に笑みを浮かべ、早く箱の中身を見たいと目が訴えかけていた。

 こくりと頷いたリーヴェは警戒することなく箱に近づく。

 左手に松明を持ち、膝をつく。

 上蓋に手をかけようと右手を伸ばす。


 その手が触れる前に箱がガタガタと音を上げて揺れ、軋んだ音を出しながら上蓋がひとりでに開いた。

 驚いたリーヴェは手に持っていた松明を床に落とし、思わずのけ反る。


 開いた宝箱の中でうごめく闇を、リーヴェの目が捉えていた。

 中から這いずるように現れたのは黒い触手。リーヴェの細腕よりも一回り大きいものが、箱の中から何本も現れる。


「ミッ、ミミックだ!」


 異常に気がついたクルトとハイノは悲鳴のような声を上げ、即座に身をひるがえす。

 細い通路を我先にと、争うように駆けていった。

 驚いて地面に座り込んでいたリーヴェは立ち上がることさえできず、暗闇に消える二人の姿を、ただ茫然と見ていた。


 隠し部屋の入り口まではそこまで距離がない。

 入り口から差し込む光は見えていたはずだが、いつの間にか暗闇に閉ざされていた。

 そして、入り口側から聞こえてきたのはどさりと人が倒れる音。それからカランカランと石床を叩く剣の音が響く。


 ここでようやくリーヴェは悟った。

 箱の中にいるのは危険なものであり、それが入口を塞ぎ、クルトとハイノを殺したのだと。

 箱から少しでも遠ざかろうと後ずさる。しかし、身がすくんだのか、体が上手く動かない。

 地面を転がる松明の明かりに、黒い触手が影のように浮かび上がる。それらはうねうねと身をよじらせながらリーヴェに近づいた。

 声にならない悲鳴を上げ、リーヴェは目に涙を浮かべる。

 このままでは殺されてしまう、とリーヴェは息を飲んだ。


 顔までほんの少し、といったところで触手がぴたりと動きを止めた。


『黒い頭髪……。お前は魔法使いか? 他の人間よりは強い魔力を感じる……』


 聞こえてきたのは声。いや、声というのはいささか語弊がある。

 この場所は狭い部屋だ。こんな場所で喋れば反響する。リーヴェの聞いたものはそんな声ではなかった。

 耳元で囁いたような声でもない。もっと近くから聞こえた。例えるならば直接頭に語りかけるような言葉。


 植物のように箱から生える何本もの黒い触手が、質問に答えろと動き、威嚇する。


「今の……はあなたが喋ったのですか?」

『そうだ。私の魔法だ。それで、お前は魔法使いなのか?』

「……はい。まだ……見習いとさえも呼べないですが」


『ふむ』と一声。

 宝箱は考え込む素振りのように触手を動かした。


『今は王国暦何年だ?』

「王国暦……ですか?」


 リーヴェはわからない、聞いたことがない、と首を横に振る。


「今は降神暦415年です」

『降神暦……。聞いたことがないな。いや、それほど時間が経ってしまったということか。なるほど。では魔族はわかるか? 魔族は今、どうなっている?』

「魔族はいなくなったみたいです。大昔に」


 久方ぶりに得られた情報は悲報だった。

 その言葉に、宝箱は触手をしおらせる。

 魔族は滅び、残ってしまったのは自分ただ一人だけなのだと。

 もともと仲間意識は希薄であったが、それでも仲間と魔法の研究に没頭していた日々は忘れられない。

 思い起こせば昨日のことのようにも感じられた。

 これから先、何をして生きればいいのか。目の前の少女を殺し、再び眠りにつけばいいのだろうか。そんな思案を巡らせる。


 そんな時、ふと頭をよぎった。

 ずっと魔法の研究を目的に生きてきた。途中から魔王という立場があり、それもままならなくなったが。

 だが、魔王として情報収集に努める中、知れたことがある。

 人間の使う魔法だ。

 一つの魔法にこだわる魔族と違い、人間は幅広く魔法を使おうとしていた。

 最初期でさえ、魔族の使わない治癒魔法があったくらいだ。

 あれから長い期間が経っているのならば、人間の使う魔法はさらに発展していることだろうと。


 どうしたものかと考えていると、目の前の少女がおじおじと口を開いた。


「……あの二人を殺したように私も殺されるのでしょうか?」

『あの二人は魔法で眠らせただけだ。お前たちが生き残れるかどうかは返答次第としよう。お前の名は何という?』

「私は……リーヴェと言います」

『ではリーヴェ、お前たちを見逃してやる代わりに私を外に連れ出せ。私は今の魔法がどうなっているのか知りたい』

「それは命令ですか?」

『まぁ……命令だな。何か見返りでも欲しいのか?』


 そんな返答をされるとはつゆにも思っていなかった。

 松明の灯りが反射したのか、リーヴェの目は燃え上がっているようにすら見える。


「私に……私に魔法を教えてもらえませんか?」


 叫ぶように、懇願するように、リーヴェが箱にすがりつく。

 態度の豹変ぶりに宝箱は怯んだ。


『ま、待て待て。お前は私が恐ろしくないのか? 私は魔族だぞ?』

「もちろん怖いです。でも、私はおとぎ話でしか魔族を知りません。魔族は残虐で非道だと聞きますが、もしその通りなら、とっくに私たちは殺されていると思います」

『むぅ……』


「どうかお願いします、どうか……」と懇願し、地面に涙を落とすリーヴェの姿。

 その姿を見て、どうしたものかと宝箱は逡巡する。


 気になるのは、今の魔法がどうなっているのかということ。

 人間と戦うために魔法を知りたいわけじゃない。人間には完膚なきまでに負け、もはや同族もいない。

 また昔のように魔法の研究に没頭したいだけ。


 考えた結果、魔法を教えるのも悪くないとの結論に至った。

 研究において、多角的な視点は必要なものとなる。

 リーヴェが一端の魔法使いになれば、人間側から見る魔法の考え方も参考になるだろうと。


『交換条件か。いいだろう。その願い、聞き入れた』


 リーヴェは伏していた頭を上げた。


「あ、ありがとうございます! それで……なんと呼べばいいですか? 優しい宝箱さん? 優しい魔族さん?」

『優しい……。名前か。魔……じゃないな。ミミ……でもないな。ミックと呼ぶがいい』

「わかりました。ミックさん。これから宜しくお願いします。でも、その箱かなり重そうなの――!?」


 先ほどまで黄金色に輝いていた宝箱は消え失せ、いつの間にか古びた小さな木箱になっていた。


『あの宝箱は幻だ。魔法でそう見せかけただけのな』

「魔法ってすごいんですね……」


 起き上がったリーヴェは箱にそっと手を伸ばす。リーヴェの細腕でも簡単に持ち上げられるほど木箱(ミック)は軽かった。

 脇にミックを抱えたリーヴェは床に転がる松明を拾い上げる。

 それから、いつの間にか光が差し込んでいる入口へと向かった。



   ◆ ◆ ◆



 空を夕日が焦がす頃。

 眠ったままのクルトとハイノを荷台に積んだ荷馬車は町に戻ってきた。


 呆けた顔をしている二人と冒険者ギルドでリーヴェは報酬を受け取る。

 そしてリーヴェはミックを大事に抱きかかえ、家路を急いだのだった。

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