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第47話 占星の魔女姫Ⅲ

 ララは何をするでもなく、堕落した日々を過ごす。

 戦争は三ヵ月先か、半年先か。そう思っているうちに二年半ほど経っていた。

 されど、いまだララは戦争が起こると確信している。

 そのために、女神が予知という魔法を授けてくれたのだと信じていた。


 いつものように庭園で過ごすララに、カルラが声をかける。


「ララ様、ソルダート家のエルザ様がお越しになられました」

「ああ、そんな話があったね。ここに通していいよ」


 気だるげにララは指示をする。

 長らく会っていないエルザの突然の訪問。ろくな話ではないだろうと、ララはため息を漏らした。


 しばらくして、エルザともう一人、黒髪の少女がララの前に現れる。

 魔法学園では見たのことない顔。しかし、指輪をしていることからも魔法使いということはわかった。


 エルザと会話をしながら、ララは予知の魔法を発動させる。

 エルザの背後に、黒いモヤのようなものが付きまとっているのが見えた。

 これは死の前兆だ。

 時期はわからないが、そう遠くない未来にエルザは死ぬことになる。

 昔のようにエルザをからかいつつ、ララはその心を痛めた。


「で、そっちのちっこいのはどなた? 学園の後輩?」


 リーヴェと名乗った黒髪の少女を見たララは、同じように予知の魔法を発動させる。

 リーヴェの背後に黒いモヤは存在せず、不透明のモヤが背後を歪めていた。

 このように、背後が不透明な者はたまにいる。

 なぜ見えないかはわからないが、理由はなんとなく想像できる。

 見えない者は、たいていが権力であったり魔力であったりと力の強いものだ。


 リーヴェに近寄ったララは顔をまじまじと見つめる。

 もしかして、戦争を引き起こす側なのではないのかと。


「味方なのかな? それとも敵?」


 いや、それはないかとララは思い直し、椅子へと舞い戻った。

 久々の友人との再会だ。それに黒髪の少女(リーヴェ)とはなんだか気が合いそうな予感がする。

 お茶会を始めようとしたところで、険しい顔つきのエルザが話し出した。


「この度、私が特使としてネイザーライド――ドワーフの国に赴くことになりました。ララさんにはそれに同行していただきたいのです。ララさんはドワーフの国で修業していた身。その伝手をお貸しください」


 何事かと思えば、ネイザーライドに行くから一緒に行って欲しいとのことだった。

 そんなもの断るに決まっている。すべては無駄なのだと悪態をつき、くだらないとララは嘲笑する。


 そう告げると予想通り、怒りをあらわにしたエルザは帰っていった。

 何をしたってこのノードは終わるのだ。

 二人の背に向けて、ララは別れの手を振った。



   ◆ ◆ ◆



 カザーネ家にエルザが訪れてから数日後の夜のこと。


「え? 薬も酒もなし? ボク、あれがないと眠れないんだけど」

「申し訳ありません。旦那様から控えるように申し付けられていますので」


 頭を下げ、部屋から出ていくカルラをララは見送る。

 カザーネ家当主直々の命令を断れる者はこの屋敷にいない。

 カルラに当たってもどうしようもないと、久しぶりにララは素面のままベッドに入った。

 悪夢を見ないよう、女神に祈りを捧げて瞳を閉じる。


 しかし、予知夢はララの意志と無関係に発動する。

 ララの願いむなしく、また悪夢を見ることとなった。


 いつもの場所、ゲアストの西側にララは立っていた。

 ここは西のノベストとの国境付近の場所だ。

 目の前には国境となる山がぼんやりと見え、右手にはローバスト山脈が広がっている。

 この場所の特徴を冒険者に伝え、調査させた結果、やはりゲアストの西側だった。


 ああ、またこの夢だとララは嘆く。

 後は見えない人影に剣で突き殺されて終わりだ。

 ララは何もせず、ただじっとたたずみ、その時を待っていた。


 しかし今回の夢は、今までと少し違った夢だった。


 ふと、背後が騒がしく感じ、ララは振り返る。

 振り返った先、あったのは石を積み上げて造った立派な要塞が建っていた。

 それだけではない。

 要塞の周辺には武器を持った冒険者らしき複数の影がぼんやりと見える。


 冒険者らしき影が武器を掲げ、前進を始めた。

 呆然とした表情を浮かべるララの横を、いくつもの影が通り過ぎる。

 影の進む方向にララが目を向ければ、そこにいるのは剣を持ったいつもの人影。


 人影と冒険者たちの戦いが始まった。


 結果はいつも通り。

 簡単に冒険者たちは蹴散らされ、剣を携えた人影がララに迫る。

 そしてララが殺される。


 剣で腹を抉られたところでララは目が覚めた。

 汗でぐっしょりと濡れた寝間着。

 いつの間にか夜は明け、朝日が部屋に入り込んでいた。


「さっきの夢……」


 今までなかったことが起きた。

 なぜそうなったのかをララは考え、結論に至った。


「そっか、エルザが変えようとしてるんだ……」


 ララはベッドから跳ねるように起き上がり、部屋を飛び出した。


 この時間、ウッツは書斎にいる。

 ララは寝間着のまま、ノックもせずに執務室へと駆け込んだ。

 突然の訪問者に驚くウッツを前に、肩で息をするララは呼吸を整える。


「お父様聞きたいことがあるのですが。魔銀が産出したことについて、ソルダート家はどのように動いているのですか?」


 一瞬、難しい顔をしたウッツは話し出した。


「鉱床が発見されたのは西端国境付近のローバスト山脈だ。まずは――」

「西の地に要塞を造り、その過程で鉱床が発見されたということにするのですか?」

「……うむ。そうだ。資金繰りに苦労しているようで、まだ着工には至っていないが」

「カザーネ家は手を貸さないのですか?」

「もちろん貸してはいる。だが王国にこの件が露呈した場合に備え、出資は少なくしてある」


 ウッツにとって、久しく見ていないララの真剣な顔。

 ララが頭を下げた。


「全面協力してください。ほかの貴族に頭を下げるくらいならボクにでもできます。政略結婚でもなんでも受けます。だから――」


 二年以上、ララは堕落して過ごしてきた。

 こんな願いは自分勝手な願いだとわかっている。

 しかし、ララはこの機会を逃したくはなかった。

 小さな体を震わせてウッツの返答を待つ。


 そんなララをウッツは目を細めて見ていた。

 ララと会話をすることさえ久しいウッツは悩む。

 天秤にかけるのは、娘の願いとノードの行く末。

 比べるまでもないか、とウッツは口を開いた。 


「……わかった。ただ、条件がある。これからララは真面目に生きることだ。いいね?」


 ウッツの返事を受け、顔を上げたララの顔は満面の笑みで答える。


「はいっ!」


 ララはウッツの隣りに歩み寄り、その両手を高く上げる。

 それに気づいたウッツは立ち上がり、ララの小さな体を抱き上げた。


「お父様、ありがとう! お願いしますね!」


 ララがウッツの背中に手を回し、靄を払うように手を動かした。

 数年ぶりの親子の触れ合いに、ウッツは目頭を熱くさせる。


 抱きかかえられたララの瞳が輝きを放つ。

 その宝石のような緑の瞳が、未来を変えるんだと強く物語っていた。

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