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第46話 占星の魔女姫Ⅱ

 魔法の勉強も始めたララは7歳になっていた。

 しかし、魔法の才はあまり伸びてはいない。

 魔法陣も手の平ほどの小さなものしか出せず、まともに使えるのは指先から出る小さな光の魔法だけだった。


 このままでは駄目だと、ララはウッツに嘆願する。

 ノードの2級魔法使いに学ぶより、王国の1級魔法使いに学びたいと、ララは王都行きを希望した。


 ララの直訴にウッツは悩む。

 カザーネ家の子息はララ一人しかない。さらに、まだ7歳の女児だ。

 渋ったウッツではあったが、ララの勢いに負け、一年間だけとの約束を交わしてしまった。


 王都に向かったララは1級魔法使いの師の元、必死に勉強に励む。

 されど魔法の腕が上達することはなく、瞬く間に約束の一年が過ぎていった。


 不満を抱くララはネイザーライドに教えの上手い魔法使いがいると聞き、再度ウッツと交渉する。

 ウッツを説得したララはネイザーライドへと向かった。


 しかし、そこでも魔法の腕は伸び悩んだ。


 ただ、ネイザーライドでララは別の学問に出会うことになる。

 それが魔道具製作に必要な刻印技術だった。

 ネイザーライドにいる魔法使いは、魔銀の加工補助をしている魔法使い。ララの師も無論のことだ。

 ララは刻印という技術に魅かれ、刻印の勉強も合わせて始めた。



   ◆ ◆ ◆



 ネイザーライドで四年経ち、ララは12歳になっていた。

 年に数度はノードに帰っているものの、13歳からはイーゲル魔法学園への入学が決まっている。

 入学のために、ララはノードへと帰国することとなった。


 王国の1級魔法使いを師に持てるような家など、ノードにはほとんどない。

 一流魔法使いの教えを受けたこともあり、学園においてララに知識で敵う者はいなかった。

 されど実技において、ララは下から数えるほうが早い。


 ララは今まで以上に魔法の鍛錬にも尽力し、熱心に女神に祈りを捧げた。

 しかし、その努力が報われることなく、ほとんど魔法を使えないララは魔法学園を卒業する三年生になっていた。


 三年生になった夏の頃、努力しても成果が出ず、日々悶々と過ごしてたララに変化が訪れる。

 突如、ララに稀有な特属が発現することとなる。

 それが予知という魔法だった。


 それはとある日に見た夢から始まる。


 夜、女神に祈りを捧げ、ベッドに入ったララは夢を見た。

 それは父であるウッツが病気になる夢だった。

 顔に斑点が出る王国の風土病。致死率が高かったのは遠い昔のことで、投薬だけで簡単に治る病だ。

 しかし、今ではかかる人も少なく、王国の風土病のため、ノードにその薬はない。


 目覚めたララはぼんやりとした寝起きの頭で考える。

 たまに見る夢とは違い、臨場感のある夢だった。

 夢があまりにも現実的に思えたため、訝しみながらもララは王国領のオスファより薬を取り寄せる。

 それから一週間後、ウッツはその風土病にかかり床にふすことになる。

 そのことにもっとも驚いたのはララだった。


 最初は偶然だと思っていたララだったが、次第にその力を開花させていく。


 家に訪れる者を言い当てる。手紙の内容を言い当てる。相手が何を言おうとしているのかがわかる。

 数秒先のことがララには何となくわかるようになっていた。


 予知の魔法に気づいた時、ララは体を震わせた。

 文献にも載ってもいないような魔法。聞いたこともない魔法だ。

 自身が女神に選ばれたのだと、ララは歓喜に酔いしれた。


 ララは一心不乱、この魔法の鍛錬に没頭する。


 当初、数秒先の未来がおぼろげに見通せるようなものだった。

 それは鍛錬を重ねるにつれ、数秒先から数分先へ。数分先から数十分先へ。数十分から数時間と、着実に効果を延ばす。


 それからは予知夢を何度も見た。

 夢の場合、起こる時期は不明だが、目視と違ってかなり先のことまで見通すことができた。

 建物の崩落、大通りでの馬車の事故、病の流行、農作物の豊作や不況、豪雨など。


 夢の内容はウッツに告げ、対策が取られた。

 このことにより、世間にララの存在が広まることとなる。

 類稀なる予知という魔法。

 その可憐な姿も相まって、人々はいつしかララのことを占星の魔女姫と呼ぶようになっていった。


 ゲアストからノード、ノードからオスファ、オスファから王国へと占星の魔女姫の噂が広がる。

 王国の有力貴族から話を聞きたいと使者が訪れるようにもなり、ララは一躍脚光を浴びる。


 望んでいた力を得て、順風満帆に時は流れていた。

 ゲアストから雪も消え始め、ララが魔法学園の卒業を控えた頃のことだ。


 夢を見た。

 ララにはそれが予知夢であるとすぐにわかった。


 立っていたのは見覚えのある場所だった。

 ゲアストの町中、ララは一人で戦っていた。

 なぜ戦っているのか、誰と戦っているのかまではわからない。(もや)がかかったかのように、窺い知ることのできない相手。

 ララは力尽き地に倒れ、体に剣を突き立てられる。

 夢の中、体に走る激痛。燃えていくゲアストの町。焼け焦げた臭いが鼻をつく。


 ララはベッドから飛び起きた。

 まだ部屋の中は暗く、人差し指の先から光を出して部屋を明るくする。

 ぐっしょりと汗に濡れた寝間着。寝間着を捲り、刺された腹を確認するが傷もない。


「さっきのは予知夢……? このゲアストで戦争が起きる……?」


 水差しからコップに水を入れ、ララは煽るように飲んだ。


 夢の内容をウッツに報告するかララは悩む。

 予知も完全ではない。外すこともままある。

 戦争がここ、ゲアストで起きるなんて突拍子もないことを伝えるのは戸惑われた。


 誰にも相談することができず、ララは数日を過ごす。


 その間、毎夜同じ夢を見た。

 一人戦う自分が殺される。そして、戦火に燃えるゲアストの町。


 夢の内容は時折変わった。

 ある時は二人で戦っていた。

 そのもう一人の顔は見たことがあるものだった。ソルダート家のエルザだった。


 戦う場所も様々だった。

 ゲアストの町中、町の外、ノードの南、おそらく西の国境付近であろう場所。

 しかし、結果はすべて同じこと。

 見えない相手に殺され、どこかが焼け落ちる光景で夢は終わる。


「これを見せるため、女神様は私に力を……?」


 未来に起きることであると確信したララは、ウッツの元に赴く。

 執務机につくウッツに、真剣な眼差しのララが夢の内容を告げた。


「……このゲアストで戦争が?」

「間違いないです」

「いつ頃起きるのかわかるのか?」

「……わかりません」


 今までに予知夢は何度も見ているが、それぞれ事が起こるまでの時間はばらばらだった。数日先のこともあれば、二ヵ月、三ヵ月先のこともあった。

 草木や花、天候で推測したいが、周囲はおぼろげに見えるために難しい。

 今までの傾向から考えると、予知夢では三ヵ月ほど先までしか見えていない。


 険しい顔つきのウッツがララに尋ねる。


「数ヵ月先に戦争が起こるような情勢ではない。ララとて予知を外すことは今まで何度もあっただろう?」

「……そうですが。でも、これは必ず起こることだとボクは思います! ソルダート家とサニテーツ家と協力して軍備を整えましょう!」


 ため息を漏らしたウッツは、ララをたしなめるような口調で注意する。


「ララ、その話はもう終わりだ。このノードで戦争など起きんよ。軍備を整えるにしても、王国からの許可はすぐに下りないだろうし、莫大な資金がかかる。おいそれとできることではない」

「……わかりました」


 これは必ず起こること。

 このままではゲアストが、ノードがなくなってしまう。

 執務室を飛び出したララは、そのままソルダート家に向かった。

 エルザに願い出て、ララはアルバンとの謁見をする。


 アルバンの執務室。ララはウッツに語った内容を二人にも話した。

 そしてウッツから言われたことも同じように語った。


 目を見開いて聞いていたアルバンが喋り出す。


「ウッツの言う通り、今は外交上の問題はなく平和そのものだ。これから戦争が起こるとは考えづらい」

「ララさんにはそのような未来が見えているのですか?」

「必ず起こります! 必ずノードは戦火に見舞われます! どうかご助力を」

「……すまない。聞かなかったことにするよ」


 ララの予知の魔法。長期間先を見ると、外れる可能性が高いことをアルバンも知っている。

 今の情勢、このノードで戦争が起こるなど想像できない。

 戦争ではなく、大規模な火災が起こるのではなかろうかとアルバンは考えた。


「……もういいです」


 唇を噛み締め、一言そう告げたララはソルダート家を飛び出した。

 ソルダート家から飛び出したララはサニテーツ家に訪れ、同じように説明する。

 しかし、そこでもよい返事は得られなかった。


 真剣に受け止めない者たちに業を煮やしたララは、別の貴族たちにも触れ回る。

 今にノードが大変なことになると。

 もちろん、ララの話を真剣に聞く貴族はいなかった。

 貴族の元をめぐっている間、ララはカザーネ家の私兵に捕らえられ、家に連れ戻された。

 連れ戻されたララはウッツから激しく叱責され、自室に軟禁される。


 ララはまたあの夢を見る。

 確実に起こることだと自分の中の魔力が訴えかけていた。


 数日後、屋敷を抜け出したララは、ゲアストの大通りで人々に訴えかけた。

 ララは叫んだ。

 力の限り。その小さな体を震わせて、体の奥底から声を出して。


「今にここで戦争が起こる!」


 叫ぶ少女(ララ)に目を向ける通行人たち。

 頬はこけ、目の下には黒いクマ、乱れた髪。鬼気迫る顔で叫ぶ少女の姿。


 誰であるかは一目瞭然だった。

 銀の髪に緑の瞳。このノードにそんな人物は一人しかいない。


 可憐だった少女の姿は、見るも無残な姿になっていた。

 間もなくして、私兵に捕らえられ連れていかれるララを見て、人々は噂した。

 カザーネ家の令嬢は狂ってしまったのだと。


 それからララは昼夜問わず徹底した監視の元で暮らすようになる。

 ララは夢見ることを恐れ、夜は睡眠薬を服用し、酒を煽って寝るようになった。


 予知の依頼も断り、断れないような依頼は嘘の内容を教えた。

 魔法学園卒業後、5級魔法使いに合格したものの、ララは日がな一日庭園で過ごすようになっていた。

 ゲアストが焼け落ちるその日まで、と。

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