第45話 占星の魔女姫Ⅰ
過去、ララ・エル・カザーネは占星の魔女姫と呼ばれていた。
しかし、それは過去の話。
かつてあった人望はなくなり、今では嘘つき、狂人、ノードに不調をもたらす者、などと陰ながらに言われている。
そんなララは降神暦398年、カザーネ家長子としてこの世に生を受けた
ララは産まれた時から異質だった。
銀色に光る髪。目にいたっては大地に芽吹く草木を想像させるような緑の瞳。
出産に立ち会った者たちは、その姿を見て驚いた。
産まれた当初、病気ではないのかと、王都から高名な医者が何人も呼びつけられる。
しかし診断の結果、赤子の体は健康そのもの。
類稀なるものではあるが、単に見た目だけの変異であると結論付けられた。
医者からの報告を聞き、ララの両親はほっと胸を撫で下ろす。
カザーネ家の人間だ。多少他人と違うほうが目立っていい。
両親からの愛情を受け、ララはすくすくと育っていった。
ララが5歳になった頃だった。
夜、真っ暗な部屋の中。寝られないララはベッドから起き上がった。
枕を持ち、ベッドから抜け出たララは部屋を出る。
小さな体に大きな枕。両腕でしっかりと抱え、薄暗い通路を歩く。
ララが目指す先は両親の部屋。
寝られない時、ララはよく両親のベッドに潜り込んでいた。
今日もそうしようと、両親の寝室に向かった。
部屋の前に着いたララは小さな手を扉に添え、音を立てないようにそっと開ける。
扉が少し開いたところで両親の声が聞こえてきた。
難しい言葉は理解できないが、断片的には聞き取れる。ララは耳をそばだてた。
――男の子が欲しい
その言葉を聞いたララは静かに扉を閉め、自分の部屋に戻っていく。
枕を抱えたままベッドに飛び込み、うつ伏せになったまま先ほどの言葉を考える。
「わたしがいらないってことなのかな……」
頭の中で必死に考えるが、答えはよくわからない。
いつの間にかララはそのまま眠ってしまった。
◆ ◆ ◆
翌朝、ララの専属メイドであるカルラが部屋の前に立ち、扉をノックをする。
「おはようございます。ララ様。カルラです。入りますよー?」
「はいっていいよ」
「は!? はいっ! 失礼します」
カルラは返事があったことに驚いた。
ララの専属メイドになってから二年経つ。この二年間、カルラが部屋に来る前に、ララが起きていたのは初めてのことだ。
ガチャリと扉を開けたカルラが部屋の中に入ると、ララはベッド中央にちょこんと座っていた。
「もう起きていらっしゃるなんて、珍しいですね」
声をかけつつ、カルラはララの様子をつぶさに観察する。
もし、病気にでもなっていれば大変だ。些細な変化に気づけなくては、専属メイドの名折れだと。
「ご気分は悪くないですか?」
「だいじょうぶ」
少し不機嫌そうだが、いつもと同じ可愛らしい人形のような顔を見て、カルラは笑みを零した。
大丈夫そうだと、カルラはいつもの業務に移る。
「今日はどのようなお召し物にされますか?」
衣装棚から今日のララが好みそうな服を見繕っていると、後ろから声がかかった。
「わたしと男の子のちがいってなに?」
意味のわからない言葉にカルラが振り返る。
「えっと、どういうことでしょう? 女の子と男の子の違いってことでしょうか?」
「……うん。それでいい。なにがちがうの?」
「それは……」
カルラは困る。もっともな違いは身体的な特徴であるが、この場でそのことを説明するには抵抗があった。
悩んでいると、言い訳のような妙案をカルラは閃いた。
「男の子は自分のことをボクって言いますね。これが違いです」
「そうなんだ! ありがとカルラ」
「ララ様のお役に立てたのなら幸いです」
笑顔を見せるララに対し、カルラの顔もほころぶ。
カルラは聞けば何でも答えてくれる従者。ララにとって、カルラはそんな認識だった。
問題の一つは早々に解決した。
両親が男の子を望んでいるならば、自分自身が男の子になればいい。
さすがはカルラ、とララは心の中でカルラを褒める。
ならば、もう一つの問題にも答えてくれるだろうと、ララは期待を寄せる。
それが昨晩寝られなかった原因だ。
昨日、アルバンが3歳になったエルザを連れ、カザーネ家を訪れた。もちろん、同性で歳の近いララもその場に同席する。
顔を緩めたアルバンの口から出るのは、いかにエルザが優秀かという話だった。
3歳にして本を読み、勉強していると。毎朝、女神の経典を読んでいると。エルザはきっとノードをよくしてくれると。
ララの父であるウッツ・エル・カザーネは、相槌を打って聞くばかり。
同じテーブルにつくエルザは、さも当然とばかりに素っ気ない顔をしていた。
このことにララは嫉妬した。
甘やかされて育ったララは文字の読み書きはできるものの、勉強は嫌いで本を読むと寝てしまう。
家庭教師には悪戯を仕掛けて追い返してしまう始末。
エルザのように、ララは父親から褒められたかった。
「ねぇ、どうしたらボッ、ボクはお父さまやお母さまにほめられると思う?」
「ボッ、ボク……?」
「なに? ボクの言うことにもんくがあるの?」
「い、いえ、滅相もございません」
ララが普段見せないような睨みを利かせた顔になり、カルラはすぐさま頭を下げる。
やってしまったということは後回し。
主の命に応えるべく、カルラは頭を働かせると、ウッツが零していた愚痴を思い出した。
「ララ様はこの先、このノードを引っ張っていくお方ですので、お勉強されると旦那様も奥方様も喜ぶと思います」
「おべんきょう……」
「魔法のことを学ばれてはいかがでしょうか? ノードに高名な魔法使いはいませんし、ララ様が有名になれば、お二方だけでなくノードの民が喜ぶかと思います」
「そっか……おべんきょうか……ありがとカルラ!」
ララにとってこの日が転機となった。
嫉妬の気持ちが転じ、やる気という炎をその身に灯す。
自ら進んで本を読み、家庭教師の言葉には素直に従う。
見ることすら嫌がっていた女神の経典を毎朝読み、朝晩と女神に祈りを捧げる。
成長期の子供が食べ物を欲するように、貪欲に知識を求めるようになっていった。
ララのあまりの変わりように、ウッツは目を大きく見開き驚いた。
事情を聞いたウッツは、それから毎日のようにララを褒める。
一部言葉遣いが変わってしまったが、それを不問とし、カルラに褒賞を与えたほどにウッツは喜んだ。
両親に褒められるようになったララは、それでも学ぶことを止めなかった。
もはや学ぶことは日常の一部と化し、逆にますます力を入れるほどになっていった。




