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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第3章 魔銀の行方~技術者誘致編~
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第43話 慰労会への乱入者Ⅰ

 窓から見える建物が夕日で赤く染まっている。


 品評会も終わり、ノード一行は宿泊している宿へと戻っていた。

 宿の一階では、ジークやレイネ、ソルダート家の従者たちが皿を持ち、右へ左へとせわしなく動いていた。

 広いロビーにはテーブルがいくつも並べられ、その上には湯気を立てる料理が並べられている。


 トップを獲れなかったとはいえ、品評会における結果は堂々の2位。

 この一ヵ月、力を尽くした者たちへの労いを込め、エルザの提案で慰労会を開く運びとなった。


 慰労会の準備が終わり、コップに注がれた酒が各自に配られる。酒を飲めない者に配られるのは果実水だ。

 全員の手にコップが行き渡るのを見届けると、エルザが口を開いた。


「皆様、本当にお疲れ様でした。それぞれができることをやった結果です。成果が振るわなくとも私に後悔はありません。それでは――乾杯!」

「乾杯っ!」


 コップを掲げるエルザに合わせ、その場の者たちが手を一斉に掲げた。


 慰労会が始まった。

 各テーブルに置かれる料理は様々だ。ノード、王国、ネイザーライドの郷土料理がそれぞれ並ぶ。

 料理を食べ、酒を飲み、和気あいあいと談笑する者たち。間もなくノードに帰ろうというのに味が恋しいのか、ノード料理が置かれたテーブルに多くの人が集まっていた。


 酒瓶を手に持ったリーヴェは一人、ロビーをうろつく。

 その背に木箱はない。騒がしいのは苦手だと、二階でミックは読書中だ。

 隅のテーブルで一人しんみりと料理をつつくグンターを見つけると、リーヴェは近寄って声をかける。


「グンターさんお疲れ様でした。2位だったのは残念でしたね」

「おお、娘っ子か。おっと、すまんな」


 リーヴェが酒瓶の口を前に出すと、グンターが空になっていたコップを手に取った。

 酒瓶の口をあてがい、リーヴェは酒を注いでいく。


 コップになみなみと入った酒。グンターはそれを見つめると、一息で飲み干した。

 ふぅと息を吐き出して目を細める。


「2位? 十分だ。披露の前は、たしかに疑う目が多かった。だが魔道具の性能を見た時、その魔道具が表彰された時、観客席にいる鍛冶師どもの目は輝きにあふれていた……」


 もちろん一位を取れたのなら、なおのことよかっただろう。

 グンターはトップを獲ると言ってはいたものの、それは重要なことではない。

 新しい刻印の可能性は存分に伝わったはずだと、グンターは満足感に浸っていた。


「お、爺さんやってるか?」


 グンターの隣りに酒瓶を持ったフェルゼンが現れる。

 フェルゼンは酒瓶を傾け、空のコップにどばどばと豪快に酒を注ぐ。


「ふん、若造の腰使いはなかなかだったな。ノードに行ったら、このわしが直々に鍛えてやるから覚悟しとけよ!」

「いや、俺は冒険者なんだが……」

「でも冒険者ってお金を出せば、なんでもやるんじゃないですか。このままグンターさんに弟子入りしちゃえばいいんじゃないですか?」

「嬢ちゃんまで……」

「く、くくく、はーっはっはっは!」


 何がおかしかったのか、突如グンターが笑いだす。

 少し呆けたフェルゼンとリーヴェも、つられて笑いだした。


 声高らかに笑い合う、そんな三人の元に近づく人影があった。


「何がそんなにおかしいのですか?」

「あ、エルザ」


 エルザは三人に視線を向けられると背筋をぴんと伸ばし、頭を下げた。


「お疲れ様でした。お三方には本当にお世話になりました。しかしノードに帰ってからが本番です。フェルゼンに鍛冶をやってもらうことも考えねばなりませんね」

「エルザ様まで……。でもソルダート家からの依頼だったら断れねぇんだけど」

「フェルゼンさんは冒険者よりも鍛冶師のほうがいいんじゃないですか? 大きな槌を振るう姿はかっこよかったですよ?」


 リーヴェがけらけらと笑った。

 フェルゼンが困った顔で笑いだし、今度は四人で笑い合う。


「私はほかの者にも声をかけてきますので」


 ひとしきりの話を終えたエルザがその場を離れる。


 リーヴェ、グンター、フェルゼンは一つの卓を囲み、料理を食べ始めた。

 共に何日も鍛冶場にこもった仲だ。魔道具製作に直接かかわった三人は、鍛冶場や魔道具、刻印の話で盛り上がった。



 開始から一時間ほどが経ち、それぞれが慰労会を楽しむ中、突如バンと宿の扉が勢いよく開かれる。

 大きな音と共に開いた扉。

 突然のことに、全員の視線が一斉に入口へと向いた。


 薄暗くなった外には、幾人かのドワーフの人影があった。先頭に立つのは鍛冶師ギルド、副ギルドマスターのベルント。

 そのドワーフたちがぞろぞろと中に入り、宿の入口には総勢11名ものドワーフが並ぶ。

 その顔は険しく、目つきは真剣そのもの。


「な、なんじゃあお前ら!?」


 グンターが叫ぶように声を上げると、ベルントが数歩前に足を出す。


「後ろの者たちはギルドを離れ、ノードに行ってもかまわないと言っている」

「わざわざ連れてきてくださったのですか!?」


 すぐさま状況を理解したエルザが、ベルントの前へと躍り出た。

 数名くらいは来るだろうと予測していたのだが、ベルントは除くとして、総勢10名もの鍛冶師が後ろに並んでいる。

 品評会で喧伝した当日に、これだけの人数が来るとは思いも寄らなかったエルザの顔が明るく変わった。


 エルザの顔に喜びが垣間見え、ベルントは内心で悪態をつく。

 ベルントのエルザに対する心証は悪い。


 品評会がある忙しい時期を狙ったかのようにノードからやってきた者たちは、貴重な人材を誘致するために来たという。

 好き好んで、誰が職人を放出したいと思うのか。

 断れるものなら断りたいが、王国からの依頼であり、無下にはできない。

 そのことがなおさら腹立たしかった。


 品評会に出ると聞いた時は、正気を疑ったほどだ。

 提出された魔道具性能評価書を見た時も同様にだ。


 しかし、品評会において、ベルントは考えをあらためざるを得なかった。

 未知の刻印を使った魔道具は素晴らしく、ベルントの心を震えさせた。


 ネイザーライドにない刻印の情報。それを持つノードに鍛冶師を派遣する。

 交易が盛んになれば、技術交流も行われることになるだろう。

 これは双方の国にとって利益になる。


 だが、今まで魔道具をまともに造ったことがないような国だ。

 鍛冶師の待遇は? 材料はきちんと揃うのか? 工房はまともなものができるのか?

 そんな国に派遣しても大丈夫なのだろうかと、ベルントは懐疑の念を(いだ)いた。


 後ろに並ぶ者たちも不安はあるだろう。

 未知の刻印に魅かれたものの、故郷を飛び出し、遠く北の地に行くのは勇気がいること。


 腕のある鍛冶師を派遣することが正しいのかどうか、ベルントは悩んだ。

 同様にほかのドワーフたちも悩む。未知の刻印のため、ノードに行くのが正しいのかどうか。


 こんな時、このネイザーライドでは決着をつける方法があった。

 ベルントはここに来た目的を話しだす。


「ギルドとして腕の立つ職人が離れるのは見過ごせんし、行きたいと言っている者たちにも、故郷を離れがたい気持ちがあるだろう」

「何を仰りたいのですか?」

「勝負だ。負ければ素直に従おう」

「……内容は?」

「酒合戦だ」


 ベルントは、扉が開けられたままになっている宿の外を指差した。

 そこには大きな酒樽が二つ、荷車に積まれているのが見えている。


「勝敗は簡単明瞭――」


 ベルントが内容を説明する。

 先に酒樽を底まで飲み尽くしたほうが勝者となる、非常に簡単なものだ。


 酒に強い奴は鍛冶も上手い。


 ネイザーライドにある格言。

 職人気質の傾向が強いこの国では、仕事で揉めるのはありふれたこと。

 そんな時、酒合戦で勝負をつけるのがネイザーライドの習わしだった。


「本来であれば同じ人数で行うのだが……酒に不慣れなこともあるだろう。グンターを含め、そちらは全員で参加するといい。どうだ?」


 ベルントの言葉に、真剣な表情に変わったエルザは頷づく。


「異存ありません」


 ドワーフたちが酒樽を運び込んでいる間、ノードの一行は片隅で輪になって並ぶ。

 皆の視線が集まる中、エルザはにやりと笑った。


「こちらに有利な条件です。完膚なきまでに叩きのめしてやりましょう。ここで勝てば、この旅は最善の結果で終えられます」


 エルザには勝てる自信があった。


 ノードは農業国であり、酒を造るのに適した穀物も生産している。

 冬に大量の雪が降るノードでは、豊富な雪解け水を使った酒造が盛んだ。

 寒い冬を越すために度数の高いものが多く、ノードの民と酒は切り離せるものではない。


 ノードには酒豪が多い。

 エルザが王国留学時代によく聞いた話だ。

 こちらにはフェルゼンやジーク、他の従者たちもいる。それにグンターもだ。


 人数の多いこちらが有利。

 ここで圧勝すれば、わだかまりもなく、ノードに晴れ晴れと凱旋できるとエルザは奮起を促した。

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