第42話 品評会Ⅲ
舞台上には次々に出場者が立ち、この品評会のために造った魔道具を披露する。
時折、鍛冶師でもある審査員が説明を挟みながら、ベルタたちは評価を紙に書き込んでいく。
審査員が記入している間、エルザは目を伏せ、先ほど言われたことを考えていた。
憧れの人であるミックの造ったものだからと、無条件に褒めてしまったのかもしれないと。
これからノードで造られるのだと、舞い上がっていかたもしれないと。
少し冷静に考えてみればわかったかもしれない。
魔道具は魔法使いでなくとも使えるという利点はあるのだが、戦いで使われるようなものは少ない。
出力は魔石に準じて弱く、魔法使いの魔法よりも劣るからだ。
周りに悟られないように。エルザはふっとため息を吐いた。
沈んだ気分の中、ガラスの向こうから大きな声が上がり、エルザは顔を向けた。
ドワーフたちが声を上げ、両の手を打ち鳴らし、わかに活気づく観客席。
「今年も1位はアベイテ工房ですかな」
エルザの隣りに座るベルントが周りに聞こえるように口に出す。
「おお、アベイテ工房のネイザー支店かい。これは期待しちゃうね」
舞台上に立ったアベイテ工房の出場者が、担いでいた円筒型の魔道具をどんと置いた。
銀色に輝く円柱の上に、流線型の板が何枚も取り付けられている。
「今回の品評会のために考案された魔道具と聞いています。扇風機と名づけたようです」
出場者が最終確認を行い、魔道具を起動させた。
流線型の板がゆっくりと動き出し、次第に回転が速度を増す。
回転する板が残像を残し、その向こうがぼやけて見えほどに高速で回り出した。
「あれは凄いな」
唸るように、顎に手を添えたメルヒオールが感嘆の言葉を放った。
「あら、メルヒーもそう思う? あたしの感覚もまだまだ捨てたもんじゃないね。あれは一目見て凄いと思ったよ」
この閲覧席にいる者たちの中で、もっとも地位が高い二人からの賞賛。
ネイザーライドの鍛冶師たちは互いを見合ってにんまりと笑う。
王国の鍛冶師たちは、この魔道具を造ったのがアベイテ工房でよかったと安堵する。
アベイテ工房の本店は王都にある。この技術が王国に広まるのは時間の問題だと。
この部屋にいる者たちの中で、エルザは一人、怪訝な表情を浮かべていた。
目を凝らして実演を見ていたのだが、単に風を送る魔道具にしか見えない。
エルザには、この魔道具をメルヒオールやベルタが絶賛する理由がわからなかった。
空調を整えるようなものであれば、この部屋にも同じようなものが備え付けられている。
氷と風の魔石を使った魔道具だ。
空間容積を計算しなければならないが、空調という面では部屋の魔道具のほうが遥かに高性能のように思える。
エルザは左隣に座るベルントに問いかけた。
「あれよりも、この部屋に使われている魔道具のほうがよさそうに思えるのですが」
ベルントが蔑むような視線でエルザをじっと見つめた。
「魔道具のことはあまり知らないようだな。あれの凄いところは風を送ることじゃない。駆動のやり方だ」
「駆動……ですか?」
エルザには一通りの知識がある。物を回転させる刻印があるのも知っている。
一般的に、回転の刻印は針を動かし、時計として使う。高価な魔道具ではあるが、普及はしているものだ。
しかし、言われてみれば、あれほど大きな板を回す魔道具を見たことがない。
出力の関係だろうかとエルザは考える。
エルザの肩をベルタの手がとんとんと叩いた。
「あの板を回す装置。水の中で使えるなら、船に積めば推進力となるだろ? 紐なんかを巻き取ることで、高所に荷を運ぶこともできるかもしれない。まさしく可能性の塊だよ」
「なるほど……」
周りの者たちが同意とばかりに頷く。
目新しい物を造れば評価されると考えていた。
そもそもが刻印について勉強不足だった。
どういった物が評価されるのか分析すべきだった。
あまりの不甲斐なさに、エルザは奥歯を噛みしめる。
◆ ◆ ◆
魔道具部門に出場していた全工房の披露が終わる。
舞台上には、主賓席にいたネイザーライドの鍛冶ギルドの者たちが立っていた。
これから順位発表となる。
呼ばれるのは上位20名までだ。
舞台横には険し顔つきをした出場者たちが控える。期待に胸を膨らませ、呼ばれるのを今か今かと待ち望んでいた。
エルザは主賓席の椅子に座り、肩を落としていた。
知られていない刻印を使った魔道具で1位を取る。そして、ノードのことを大々的に喧伝するはずだった。
しかし、審査員たちの反応を見る限り、ミックとグンターが造り上げた魔道具は1位を取れそうにない。
そんなエルザを見ていたベルタが声をかける。
「ノードの魔道具は20位以内には入ってる。ここへは職人の誘致に来たんだろ? ならばエルザ、お前が舞台上に行くといい」
「それは……」
これから表彰式が始まるが、表彰されるのは披露した出演者と聞いている。
いくら師の言葉としても、素直に従うのははばかられる。
ここは自国ではない。
この部屋にいるのは、王国の魔法ギルドと鍛冶ギルドの上に立つ者たちばかりだ。
伏し見がちになったエルザは周囲を窺う。
師であったベルタはエルザの言動を予測していた。
ベルタが大仰な身振りで周囲に睨みを利かせ、隣りに座る男を強い視線でその目に捉える。
王国魔法ギルドのギルドマスターであり、同時に王国宮廷魔法使いの頂点に立つメルヒオールだ。
「なぁメルヒー。弟子が3級魔法使いになった祝いに何かをしてやりたいのさ。これくらいかまわないだろう?」
「いや、しかしこの品評会の舞台に後援の者が立つなど――」
顔がぶつかりそうなほどベルタは顔を近づける。
吐息がメルヒオ―ルの顔にかかる。
70歳を超えたベルタだが、視線だけで殺せそうなほどの眼力でメルヒオ―ルを睨みつけた。
「姉弟子の言うことが聞けないとでも? ああ、そうだ。今度自伝本を出すことにしたんだよ。そこに賢者様のことも載せれば売れるかねぇ……」
「くっ……脅しとは卑怯なっ」
メルヒ―ルが視線をそらしたことを、許可と受け取ったベルタは振り返り、目尻に深いしわをつくって笑う。
「ほら、ここで一番偉いやつの許可も取れた。行っといで」
早く行けとばかりに、ベルタは手で追い払うような仕草をする。
「お師様、ありがとうございます」
立ち上がったエルザはベルタを敬愛の眼差しで見つめ、深く腰を折る。
建物を出たエルザは颯爽と舞台横に向かった。
◆ ◆ ◆
オスファに割り当てられた場所を間借りするノード一行はテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には箱に詰められた料理が並ぶ。
見事大役を務めたフェルゼンの横にリーヴェが座っている。
「グンターさん、嬉しそうでよかったですね」
「あんな感情の激しい爺さんがゲアストに来たら大変じゃねぇか?」
グンターに対して暴言のような言葉を吐くフェルゼンだが、その顔には満面の笑みをたたえる。
「どうでしょうね。案外と上手くやるかもしれませんよ?」
リーヴェはそう言いつつ、自分の皿に揚げた肉の塊をいくつも入れていく。
積まれた肉を豪快にフォークで刺して、リーヴェは口へと運んだ。
「おい、嬢ちゃん! 肉ばっかり取りすぎだろ!? みんなのぶんも考えて取れよな!」
「まだまだ料理はご用意してありますのでだいじょうぶですよー」
肉が山盛りとなった皿を、レイネがフェルゼンの前に置いた。
「おう、レイネ。あんがとね」
フェルゼンはフォークで肉を一刺しすると、口の中に放り込む。
「これだけ味が濃いと、酒が飲みたくなってくるな。……おっ、表彰式が始まるみたいだぞ!」
フェルゼンの言葉に一同が手を止め、舞台上に顔を向けた。
審査員であるネイザーライドのドワーフたちが舞台上に並び、ドドンとドラの音が響く。
「20位入賞、エアデ工房! 前へ!」
工房名が呼ばれ、入賞者が舞台上に立つと、観客席にいるドワーフたちから歓声が沸き起こった。
表彰状をもらった各出場者たちは去り際に一言述べ、舞台袖に帰っていく。
その度に拍手が巻き起こる。
もちろん、ノード一行も手が痛くなるほどの拍手を送った。
20位から4位までの工房が呼ばれたが、いまだにグンターの名前はでない。
上位に入っていると確信しているノード勢はそわそわとしだした。
「まだグンターさん呼ばれませんね」
「もしかして、本当に1位を獲っちまったか?」
舞台上をリーヴェとフェルゼンは見守る。
「3位入賞、バルト工房! 前へ!」
3位の工房が呼ばれ、バルト工房のドワーフが舞台に上がる。
表彰状を受け取り、一言述べたバルト工房の出場者が舞台上から去った。
「2位入賞、ノード所属、グンター! 前へ! ……グンター! 前へ!」
ついに名を呼ばれたと、リーヴェたちは顔を見合わせた。
ノード一行は全力で手を叩き、喝采を舞台上へと送った。
「2位入賞 グンター 前へ! ……グンター! 前に!」
ベルントが名前を呼ぶも、舞台上にグンターが現れない。
「……あれ? グンターさんどうしたんだろう?」
「あの爺さん、びっくりして腰抜かしてるんじゃねぇの?」
リーヴェが心配していると、一人の少女が舞台上に姿を現した。
「あれ!? エルザ!?」
「なんでエルザ様が?」
「今日のエルザさまもおきれいですねー」
審査員のドワーフたちも想定外のことだったのか、慌てる様子が見て取れる。
しかし、すぐに審査員たちは落ち着き払い、そのまま表彰に進んだ。
表彰状を受け取り、一礼したエルザは舞台の先に立った。
すると、袖から飛び出すように現れたグンターが手に持っていた魔道具をエルザへと渡す。
振動の力を増幅させる刻印が刻まれた魔道具だ。
それを受け取ったエルザは舞台上から観客席を見回し、魔道具を口に当てる。
「ネイザーライドの皆様、はじめまして。北のノード国より参りました、エルザ・エル・ソルダートと申します」
突然のことに観客席は騒然となっていた。しかし、それを気にも留めずにエルザは続ける。
「この国には、魔道具鍛冶師の勧誘のために来ました。我がノードには刻印の情報があります。先ほど見てもらったように、この国ですら知られていない未知の刻印です。ですがノードには魔道具鍛冶師がいません。魔道具鍛冶師を、あなたたちのような情熱あふれる職人を、ノードは欲しています。我々は残り数日、国営宿に滞在しています。ご興味のある方は是非ともご来訪ください」
言い終わったエルザが深く頭を下げると、今までよりも一層観客席が沸き立った。
耳を澄ませて聞いてみれば、肯定的な意見ばかりが聞こえてくる。
顔を上げたエルザは満足げな表情をたたえ、再度周囲を見渡すと舞台袖に下がっていく。
エルザが舞台袖に下がると、そこにはグンターが待ち構えていた。
エルザは申し訳なさげに持っていた魔道具をグンターへと渡す。
「すみません。グンターの晴れ舞台をかすめ取るようなことをしてしまって……」
酒を飲んでいるわけでもないのに、グンターの顔が赤く染まっていた。
「いや、かまわんよ。もう満足だ。満足なんだ。わしの求めていたのは富や名声ではない」
くしゃりと顔を歪めたグンターが、大粒の涙をボロボロと零し始めた。
あふれだす涙が頬を伝い、地面を濡らす。
「観客席の職人たちの顔を見たか!? 新しいものに挑戦するという流れが欲しかった。これでもう十分だ。わしはノードに行こう。わしはやるぞ! わしは一人でもやるぞ!」
グンターは人目をはばからず、泣きながら高らかに宣言するのだった。




