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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第3章 魔銀の行方~技術者誘致編~
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第41話 品評会Ⅱ

 露店めぐりを終えたリーヴェたちが戻ると、魔道具部門が始まろうとしていた。

 声を大きくする魔道具を持った王国の司会者が舞台上に立ち、女神に捧げる言葉を述べると品評会の沿革について語り出す。


 リーヴェとレイネはテーブルにつき、買ってもらったノード豚の串焼きを口に頬張りつつ、賑やかになっていく舞台の方向に顔を向けた。


「始まったみたいだね。フェルゼンさんとグンターさんは行っちゃったし」

「ですねー。それにしても、ノード豚がこんなに高いなんて! しんじられません」


 レイネは家事全般を行い、食料の買い出しもするため、ゲアストで流通している食材の価格を把握している。

 ゲアストで買えば銅貨3枚ほどで買えるものが、ここでは大銅貨5枚の値段だった。

 10倍以上の価格差にレイネは憤慨しつつ、串焼きをむさぼるように食べる。


「やっぱりこんな国にながいはムヨーです! さっさとゲアストに帰りましょう!」

「ここにいるのも残り数日だからね。せっかく初めて来た国なんだし楽しもうよ」


 リーヴェがレイネを宥めていると司会者の宣言が終わり、舞台袖から一番手のドワーフが現れた。


 長い髭をリボンでまとめたドワーフが長筒の魔道具を担いで舞台上中央に立つ。

 身丈の半分ほどの長筒を縦に置き、観客に見せつけるように回した。


 銀色に光る筒の表面には、植物を模したようなレリーフが刻まれている。

 その文様は見事なもので、貴族が観賞用に飾ってもおかしくないようなものだ。

 一通り見せつけて満足に頷いたドワーフは、その筒を肩に担ぎ、魔道具を起動させた。

 観客席に向けられた円柱の面には丸十字が刻み込まれており、取り付けられた白い大きな魔石が光を放つ。


「光の魔道具……」


 リーヴェがぽつりと零した。


 フェルゼンが購入していたものを大きくしたようなものだった。

 しかし、今は昼前だ。

 かろうじて先端が光っているとわかるくらいで魔道具としての印象は薄い。


 その魔道具を披露し終えた出場者が誇らしげに舞台を降りていく。


「採点ってどうなっているんだろうね」

「審査員が10人の各10点持ち、満点で100点の採点ですよ」


 隣りに立ったジークがリーヴェの前に、お茶の入ったカップをことりと置いた。

 レイネの前にも同様にカップが置かれる。


「ありがとうございます。ジークさんお詳しいんですね」


 リーヴェは少し頭を下げ、カップを手に取ると口をつけた。


「情報調査の件で我々が来たのですから、これくらい知っていても当然です」

「じゃあ、解説お願いできますか?」


 長椅子に座るリーヴェは横に少しずれ、ジークが座れるように場所を空ける。

 そこに「失礼します」とジークが座った。


「先ほど一番手で出ていたのはエンプファ工房です。主に光の魔道具を手掛ける工房で――」


 工房の名前やどんな魔道具なのかをジークに解説してもらいつつ、魔道具品評会は進んでいく。



   ◆ ◆ ◆



 舞台近くに造られた建物が主賓席となる場所だ。

 建物の中には重厚感のある豪奢な長テーブルが置かれ、職人が丹念に手掛けた椅子が並ぶ。

 その前は全面ガラス貼りで、空調の効いた室内から舞台が一望に眺められるようになっていた。


 この場にいる面々が品評会の審査員ではあるが、その中にただ一人、審査員でない人物がいた。

 ベルタに無理矢理連れてこられたエルザだ。


 急遽用意された椅子に、エルザは肩身を狭くして座っている。

 静かな室内。

 口数少なく、伏し目がちに舞台の方へと顔を向けていた。


 エルザが緊張しているのは、その部屋にとある人物がいるからだ。

 長テーブルの中央、師であるベルタの隣りに座る人物。

 その人物こそがベルツ王国魔法ギルドのギルドマスター、メルヒオール・ファル・ミリテアヴェアだ。


 白くなった長い髪に、白い髭をたくわえる。白を基調としたローブを着る老齢の男性。

 アルバンやクラウスとはまた違う。思わず頭を伏してしまいそうなほどの雰囲気をまとっている。


 メルヒオールは宮廷魔法使いの筆頭でもある。

 すわなち、この大陸における魔法使いの頂点に立つ人物だといえる。


 同じ空間にいることもはばかられる人物。

 しかし、恐縮しているエルザを気にも留めずにベルタが喋る。


「王国も陰湿なことするね。鍛冶師ギルドも一枚噛んでるんじゃないのかい?」


 エルザから品評会に参加する理由を聞いたベルタは、右へ左へと顔を動かした。

 長テーブルの左右に座るのは、王国とネイザーライドの鍛冶師ギルドの面々だ。

 鍛冶師ギルドの面々は互いに視線だけで牽制し合い、どこ吹く風と一言も発しない。


「お師様。品評会のことを失念していた私が悪いのです」

「エルザが納得しているならそれでいいけどさ」


 口ではそう言いつつ不満げな表情のベルタに、エルザは昔を思い出す。

 ベルタは本能のままに生きる人物だ。

 このままでは鍛冶師ギルドと揉め事になりかねない。


「お師様、終わったみたいですよ」


 エルザが舞台の方へと視線を動かすと、ベルタがつられて顔を向ける。

 舞台上で魔道具を実演していた出場者が、大手を振って袖に下がるところだった。


「ああ、ちゃんと審査をしないとね」


 ベルタを含め、審査員たちは手元の紙に評価を記入していく。


「あたしは初めて来たんだけどなんだかぱっとしないねぇ。メルヒーはどう思う?」

「……毎年こんなもんだな。魔銀の使用量と製作時間を項目に入れたのが(あだ)となったか」


 メルヒオールは白い髭を撫でながら、遺憾といった表情を浮かべる。


 魔銀の使用量と製作時間を入れたのは、メルヒオールの一存で性能評価書に加えられた項目だ。

 これにより適正な価値が見えてくると考えていたのだが、それは歪曲して受け止められてしまった。

 金をかけ、時間をかけ、贅を凝らす。

 工房は魔道具本来の性能よりも、見た目を重視するようになっていた。


「でも、今年は大丈夫。エルザたちが面白い魔道具を造ったんだろ?」


 ベルタはエルザに顔を向け、いたずらっぽく笑う。

 エルザはまっすぐに舞台を見つめ、真剣な面持ちで応えた。


「はい。今回の品評会において、1位を取ってもおかしくないと考えています」

「ほらね。期待しようじゃないか」


 ベルタは隣りに座るメルヒオールの肩を音が鳴るほど何度も叩く。

 メルヒオールは何も言うことなく、諦念の表情を浮かべていた。



 品評会は遅延なく進む。

 そしてフェルゼンとグンターが舞台上に姿を現すと、ベルタが周りに笑顔を振りまいた。


「あれがノード名義の出場者だろ? エルザ、解説を頼める?」

「承知しました。今回、出品したものは剣と盾。合わせて一組という形で出品しています。特に注目すべきは知られていない刻印を使用していることです」

「それは素晴らしいね」


 未知の刻印と聞き、驚き、声を弾ませるのはベルタだけであった。

 あらかじめ魔道具性能評価書に目を通している鍛冶ギルドの審査員たちは、未知の刻印が使われていることを知っている。

 メルヒオールはぴくりと白い眉を動かしただけだ。


「未知の刻印ね。まだ公開したくない情報もあるだろ。エルザの答えられる範囲だけでいいからね」

「はい。まずは実演を見ていただければと思います」


 審査員たちは一斉に舞台へと顔を向けた。


 舞台中央に陣取ったフェルゼンが剣を立てて持ち、観客に見せつけるように構える。

 それからゆっくりとした動作で、剣を振って踊るように舞い始めた。


 一番前に陣取る観客に向かって大きく剣を薙ぎ払う。

 ひゅんと風を切る音が鳴る。

 舞台袖に向いて突きを繰り出し、すぐさま上段に構えて剣を振り下ろす。


 魔道具とは日用品のような役割が強く、剣の魔道具は珍しい。

 珍しいものが出てきたと、観客席の熱気が高まった。


 フェルゼンが演武を披露している間、グンターは用意していた木人形を舞台上に設置していた。

 立てられた木人を確認したフェルゼンは舞うのを止め、木人と距離を取って対峙する。


 フェルゼンの持っている剣は剣身が80センチの真っ直ぐな両刃の剣。

 10センチと幅が広く取られた肉厚の剣だ。

 特徴的なのはその形。

 剣身の半ばほどまで先が二股に分かれている。

 二股の突き匙(フォーク)のような溝の根に、刻印が刻まれ、魔石が埋め込まれていた。


 フェルゼンは腰を落とし、構えた剣の切っ先を木人に向ける。

 大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に気迫を込めた声を放った。


「はぁっ!」


 魔石がほのかに光ると、剣の溝を滑走するように閃光が解き放たれた。


 一筋の光が走る。


 溝と同じような長さの光が尾を引きながら、木人の胴体に突き刺さる。

 胴体を貫いた光はその身を魔素に戻しながら消えていった。



「お見事っ!」


 両手を激しく打ち鳴らし、ベルタが子供のようにはしゃぐ。

 まずは成功と、澄まし顔のエルザはテーブルの下でぐっと拳を握った。


 胴に穴のあいた木人をグンターが担ぎ上げて片付ける。

 それからグンターは木箱から丸い盾を取り出し、先ほど木人が置かれていた場所に立った。

 両手で盾をしっかりと持ち、腰を落として構える。


 グンターとフェルゼンが10メートルほどの距離を取り、互いに見合う。


 フェルゼンが剣切っ先をグンターに向けた。

 ほのかに剣の魔石が光り、二股の根元から光が放出される。


 吸い込まれるように迫った光が盾に当たると弾けるように消え去った。

 盾が少し跳ね上がり、グンターが後ずさる。


 構えを解いた二人は舞台中央に寄ると、持っていた剣と盾を誇らしげに掲げ、揃って頭を下げた。

 沸き立つ観客から拍手が雨のように降る中、二人は誇らしげな顔を浮かべて舞台を降りていく。


 無事に終わったとほっと胸を撫で下ろし、エルザは魔道具の説明を始めた。


「まず剣ですが、合金ではなく純魔銀製となっています。特徴としては先が二股に分かれており、その根元に刻印があります。刻印は集約と放出、光です。これにより、質量を持った光の矢のようなものを射出できます」


 ベルタはニコニコとした顔をエルザに向け、ほかの者たちは耳をそばだてる。


「そして盾ですが、こちらも純魔銀製です。こちらは減衰、そして大円とは違う吸収の刻印が刻まれています」


 審査員の鍛冶師たちは驚愕の表情を浮かべる。

 エルザが説明した中には、知られていない刻印が四つも入っているのだ。

 言葉を発しないまま、視線だけで互いを見合った鍛冶師たちは点数を紙に記入していく。


 審査員の中でただ一人、表情を変えない者がいた。

 メルヒオールだ。


「ノードは魔族のいた地。過去の技術か」

「それはつまり……魔族の使っていた技術とおっしゃるのですか?」


 ドワーフのベルントがメルヒオールに尋ねた


「いや、そうとは言い難い。古文書を読み解く限り、刻印の体系は二つある。一つはもちろん我らの使うもの。もう一つは魔族と異なる種族が使っていたようだ。その種族は魔族によって滅ぼされたのだろう」

「さすがは賢者様。その深淵なる知識には感服いたします」


 その場にいるベルタ以外の者がのメルヒオールに頭を下げる。


「ただ、知られていない刻印だとしても、評価はそこまで高くない。質量を持った光を飛ばせる? ほかの魔法で代用可能だ。しかしながら盾のほうは面白い。吸収、効果を打ち消すと言ったか?あれには可能性を感じるな」

「あたしも同意見だね」


 賢者と呼ばれるメルヒオールから評価され、エルザは安堵する。

 しかし予想よりは低いものだ。

 手放しでほめられるような高い評価になるものだとばかり考えていた。


 不服そうなエルザの顔に気づいたベルタが理由を答える。


「メルヒーの意見は魔法使い最高峰からの意見だからね。今まで見た工房の中じゃ一番だよ」

「あ、ありがとうございます」


 ベルタは隣りに座るエルザの肩を、音が鳴るほど何度も叩いた。

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