第04話 魔王城跡地にてⅠ
馬が蹄の音を鳴らし、ガラガラと車輪の音が続く。
日が高く昇る中、長閑な道を一台の荷馬車が進んでいた。
クルトが御者を務め、使い古された荷台に座るのはハイノとリーヴェ。
「ただの調査なんだし危険はないよ。そんなに緊張しなくても大丈夫だからね」
「あ、はい。すみません。初めてのサポーターで上手く働けるかと考えてしまうと……」
「大丈夫大丈夫! リーヴェさんは初心者なんだし。さっきも言ったけど、やるのは簡単なことだからさ。して欲しいことはちゃんとこっちから指示するしね」
ゲアストを出て、およそ3時間経った頃。
ハイノはリーヴェの緊張をほぐすために声をかけていた。
現地に着くまでに上手く手懐けるのがハイノの役目だ。もし隠し部屋が見つかった場合、先陣を切って進んでもらうためにと。
ハイノは目の前に座るリーヴェを見る。
マーホガニーと呼ばれる木から削り出した杖を持ち、着ているのは髪と同じように真っ黒なローブ。
ところどころほつれ、みすぼらしいローブからは経済状況が窺える。
ローブから覗く細い手足に起伏のない体。その顔はまだあどけなさも残る。
珍しい黒髪ともあって、別の職に就いた方が良さそうに思えるが、もちろんそんなことは口にしない。
「見えてきたぞ!」
クルトの言葉に、ハイノとリーヴェは前方に身を乗り出した。
小高い丘に広がるのは瓦礫の山。崩れかけの城壁、途中で折れた石柱、大小の石が無数に散らばっている。
腰丈ほどの草に覆われ、苔が生え緑色に染まっている岩もある。
荒城になってから、いったいどれほどの時が経っているのだろうか。
貴族の屋敷が何棟も建てられそうな広い範囲に、かつて荘厳な城があったのだろうと思わせる残骸が転がっていた。
荷馬車を寄せられるだけ寄せ、一行は地面に降り立った。
「何度見てもすげぇな」
「ここが元魔王城なんですね……。初めて見ました」
ハイノに続き、言葉を発したリーヴェが見上げる。
見上げているのは崩れかけた城門だ。
扉は残っていないが、巨大な入口だったのだろうと思い起こされる門だった。
道具を持ったクルトが、顔を上げる二人のそばに歩み寄る。
「よし! じゃあ行くか!」
「それはいいとして、こんな広い場所でどこから探すんだ?」
「見当はついてる。大事な物は偉い人がいる場所の近くってのが相場だろ?」
自信有り気にクルトが先を歩き出し、ハイノとリーヴェはその後を追った。
石や岩が散乱する中を三人は進む。
内門をくぐり、最後の戦いがあったとされる広い場所を抜け、さらにその先を目指す。
城の最奥辺りまで来ると、クルトはその足を止めて振り返った。
「探すのはこの辺りだ」
元は平坦だったと思われる大きな広間。
見上げれば空が広がり、太陽の光が降り注ぐ。
天井は崩れ落ち、その破片だろう大きな岩や石が転がっている場所だった。
「それじゃあ調べるか。何かあったら声をかけてくれ」
三人はばらばらになって、辺りを調べ始める。
床を、壁際を、石をどかして注意深く調査する。
ほどなくして、最初に声を上げたのはリーヴェだった。
「ここの床、ちょっとだけ隙間があります!」
その声に反応してクルトとハイノはお互いを見合い、すぐさまリーヴェの元に駆けつける。
そこは段差があり、他の場所よりも少し高くなった場所だった。
その中央辺り、敷き詰められた石の床の一枚をリーヴェは指差している。
二人がリーヴェの指先に目をやれば、その一枚の一辺だけわずかな隙間があった。指がかけられるかどうかといった小さな隙間。
クルトが腰の剣を手に取り、柄頭をコンコンと打ちつける。同じように近くの床にも打ちつけた。
今度はしゃがみ込み、床に耳を当てて柄頭で床を叩いた。近くの床も同様に叩いたクルトは立ち上がる。
剣を持った手が、かすかに震えていた。
「当たりだ……。ここだけ床が薄い……」
役に立てたと笑みを零すリーヴェをよそ目に、クルトとハイノは顔を見合わせニヤリと笑う。
大きな岩の床板が外され、そこから現れたのは地下へと続く階段。
太陽の光が照らす中ではあるが、一人が通れるほどの小さな穴は不気味な暗さがあった。
数百年振りに日の目を浴びたのだろう入口からは、ひやりとした空気と湿ったカビの臭いが漂ってくる。
それは期待感を煽るが、未知のモノが待ち構えているかもしれないという危機感も同時に孕んでいた。
ハイノが用意していた松明に火を灯す。
松明を穴に入れ、炎の揺らぎに変化がないことを確認すると、手に持った松明をリーヴェに差し出した。
「じゃあリーヴェさん、先頭をお願いできますか?」
「え? 私ですか?」
役割を理解していないリーヴェは困惑の表情を浮かべた。
こうなることを察していたハイノは言葉を続ける。
「この道は狭い。一人ずつしか通れないでしょ? 先頭は松明を持った人が行くべきだよね。で、僕とクルトは剣を持ってる。何かあった時のために、両手がふさがっているとすぐに動けないんだよ。わかる?」
なるほど、と頷き、リーヴェは松明を受け取る。
「じゃあ宜しくな。頼りにしてるぜ、リーヴェさん」
クルトからも頼りにされていると言われたリーヴェは松明を強く握りしめ、地下に続く階段を一歩、また一歩と足を踏み出していく。
階段は十段ほどで終わり、通路は平坦なものに変わる。
松明を掲げると、目の前には先の見えない暗闇があった。
奥に続くのは真っすぐな一本道。高さはあるが、横幅は入口と同じく狭い。
リーヴェを先頭にして、三人は注意深く歩を進めた。
◆ ◆ ◆
暗闇が支配する部屋の中、石を引きずる音とわずかな光を感じ、それはゴトリと動いた。
まどろむ意識の中で、侵入者を察知したそれは感覚を研ぎ澄ませる。
響く足音から侵入者は三人であると判断する。
ここに人が訪れるのはいたく久しぶりだと思い出した。前に来たのがいつだったのかさえ曖昧なほど。
しかし、時間がどれほど経とうともやることに変わりはない。
訪れる人間は盗掘目的であることを今までの経験から知っている。
いなくなったところで、特に問題のない人間だとも。
幻影の魔法が発動し、真っ暗な部屋の中で淡く光を放った。