第36話 ネイザーライドの鍛冶師たちⅡ
鍛冶師ギルドを出たリーヴェたちは宿へと帰ってきた。
部屋に戻ったリーヴェは椅子とテーブルを窓際に寄せ、そこから通りの様子を眺めていた。
テーブルの上に置かれたミックに話しかける。
「なんだかとげとげしい感じだったよね。エルザ、大丈夫なのかなぁ」
まるで厄介者を扱うかのように鍛冶師ギルドの応対は素っ気ないものだった。
それにショックを受けたのだろうか。
宿に戻ったエルザは紙を抱え、とぼとぼと歩き、部屋に戻っていった。
『エルザなら上手くやるだろ』
「そうなればいいんだけどね」
この地へ来たのはノードに技術者を誘致するという目的だが、リーヴェのためでもある。
杖は個人に合わせて造った方がいいとのミックからの助言もあり、リーヴェの杖は新造の予定になっている。
すなわち、これからノードに誘致する人物がリーヴェの杖を造るということだ。
リーヴェはテーブルに立てかけた杖に視線を落とした。
少し曲がり、それを隠すために布が巻かれた杖を見て、リーヴェの脳裏に疑問が浮かぶ。
ミックからこの杖は造ってもらったとしか聞いていない。
「この杖って魔族が造ったの?」
『これはドワーフに造ってもらったんだ』
「ミックってここに来たことがあったの!?」
北のローバスト山脈に魔銀鉱床があったことから、魔王城で造っていたものだとばかり思っていたリーヴェは驚いた。
『いや、昔は北の地にもドワーフの町があったんだ。そこで造ってもらった』
「……そうなんだ。でもドワーフって今はノードにはいないよね?」
北の地がどこを指しているのかリーヴェにはわからないが、ノードにドワーフはいない。それに王国の北側にドワーフの町があるという話も聞いたことがない。
『町は滅ぼされたんだ』
いつもと変わらぬ抑揚の声。
しかし、その声はリーヴェの頭の中に物悲しく響いた。
滅ぼしたのは魔族なのか、それとも――。
リーヴェはそれ以上追及することはなく、物憂げな視線を通りに向けた。
二人は無言のまま、時間だけが流れていく。
テーブルに両手を叩きつけ、リーヴェは立ち上がった。
「暇だしエルザの様子でも見てこようか」
ミックを抱えたリーヴェは部屋を出る。
隣りのエルザの部屋の前まで行くと、扉をノックした。
「リーヴェだけど、エルザいる? 入っていい?」
「どうぞ」と中から返事が聞こえ、リーヴェは扉を開けて部屋へと入る。
部屋の中、中央のテーブルの上には紙が散乱し、椅子に座るエルザが頭を抱えていた。
テーブルに歩み寄ったリーヴェは椅子を引いて座る。
「どうしたの? 何かあったの?」
「事がうまく運びすぎだと思ってたのよ……」
深いため息を吐いたエルザが話し出した。
「この選考者リストを見てごらんなさい。ほとんど新人の域を出ない者たちばかり。やられたわ……。王国からの指示でしょうね」
リーヴェが散乱する紙の何枚かを拾い上げ、経験年数の項目に目を通していく。
数枚見ただけだが、経験年数は一年前後の者たちばかりだった。
「新人じゃ駄目なの? 一から育ててもいいんじゃないの?」
エルザがリーヴェを鋭い眼差しで見つめる。
「リーヴェ、あなたはミック師匠なくして今の自分があると思う?」
リーヴェは膝に抱えるミックを見た。
ミックと出会っていなければ、今の自分は間違いなく存在していない。
顔を上げたリーヴェは首を左右に振る。
「そうでしょう? もちろん一から試行錯誤していくのも方法のうちです。ですが、それにはあまりに時間がかかります。蓄積された技術はつぎ込んだ時間に比例するようなもの。後継を育てるのはもちろんのこと、しっかりとした実績を出すには卓越した技術を持った指導者が絶対的に必要なのです」
選考者リストには100名以上の鍛冶師が名を連ねるが、まともな職歴のドワーフはいなかった。
ほとんどが鍛冶師として二年にも満たない者ばかり。最長の者でも三年にすら届かない。
「じゃあ、手当たり次第に鍛冶屋で直接交渉してみれば?」
「それも考えたんだけどね……」
情報収集に向かった第一陣が帰投し、エルザは報告を受けていた。
このネイザーライドでは、間もなく王国主催の品評会が開催されるとのことだった。
ドワーフとは工芸を生業とし、こと鍛冶に関しては執着心が強い。
この品評会でトップを獲るために鍛冶に携っていると言っても過言ではないだろう。
現在、ネイザーライドの鍛冶職人たちは、寝る間も惜しんで鍛冶仕事に打ち込んでいる。
そんな中、職人の引き抜きに行けば門前払いを食らうだけだ。
入国禁止にはならないまでも、ネイザーライドの鍛冶師ギルド、鍛冶職人全員を敵に回す可能性がある。
エルザは目の前に散乱する紙を見て、再度ため息を吐いた。
そんなエルザを見て、自分に手助けできることはなさそうだとリーヴェは立ち上がった。
「邪魔しちゃったみたいでごめんね……」
「いいえ、大丈夫です。心配してくれているのですよね」
重苦しい雰囲気に呑まれた部屋の扉を静かに閉める。
リーヴェが自分の部屋に戻ろうとしたところで、階段にフェルゼンが立っているのが見えた。
部屋に戻ったところでやることがないリーヴェはフェルゼンの元に行く。
「フェルゼンさん、何やってるんですか?」
「ん? なんだ嬢ちゃんか」
声をかけると両腕を組んだフェルゼンが振り返る。
「何って警護だよ警護。俺が連れてこられた理由ね」
ガハハと高らかな笑い声を上げ、フェルゼンは白い歯を見せた。
「嬢ちゃんは外出するのか? それなら俺もついて行くんだが」
「ついて来るんですか?」
「ああ、そうだ。エルザ様からは嬢ちゃんの護衛を第一に頼まれているからな。外出するようなことがあれば付き添えって」
「勝手に外出してもいいんでしょうか?」
「この国は治安もいいらしいし、俺もついていくんだ。誰かに出かけるって伝えておけば何の問題もないだろ」
ノードに帰国する日まで、リーヴェには何の予定もない。
『私もこの国の中を見て回りたいんだが』
腕のミックに視線を落としたリーヴェは顔を上げた。
「じゃあ出かけるんでフェルゼンさんもついて来てください」
「おう!」
出掛ける準備を終え、一階に下りたリーヴェはレイネを見つけると呼び止める。
「レイネちゃん! フェルゼンさんと一緒に出掛けるね」
「わかりましたー。暗くなる前には帰ってきてくださいね。エルザさまが怒っちゃいますので」
「わかったよ。じゃあ誰かに聞かれたらよろしくね」
リーヴェとフェルゼンは宿を出て、ネイザーライドの町へと繰り出した。
◆ ◆ ◆
「鍛冶の国ってよりも加工の国って感じですね」
「まぁそうだが、やっぱり魔道具を扱う店が多いな」
歩く通りには多くの店が並ぶ。
ゲアストだと食堂や農作物を売る店ばかりなのだが、ここでは逆だ。
木を加工した民芸品を扱う店、金属を加工した武器や防具を扱う店、魔銀を加工した魔道具店が軒を連ねている。
並ぶ商品のほとんどは国外需要に向けたもの。
このネイザーライドには王国の商人が訪れる。店先に並べられた品々は、その商人たちに宣伝するためだ。
ゲアストでは見ない珍しい品々が並び、二人は足を止めては手に取って眺める。
棒状の魔道具を持ったフェルゼンに気づき、リーヴェは近寄った。
「それ、なんですか?」
リーヴェは魔道具についての知識がほとんどない。
形状からはどのように使うものなのか、まったく想像できない。
「ん? これはファイヤースターターってやつだな。野営の必需品だぜ。やっぱりネイザーライド本場の魔道具は一味違うな」
『そこの点火部に十字の刻印があるだろ』
リーヴェは陳列されているファイヤースターターの一本を手に取る。
棒の先端にはキャップが付いている。それを外すと、そこには十字に切られた溝があった。
十字の溝の奥には赤い魔石が見えている。
「これが刻印かぁ。フェルゼンさん、これどうやって使うんですか?」
「先端をこうやって押し当てるんだ。するとな、十数秒もすれば火がついちまうって寸法よ」
陳列されている棚に、フェルゼンは丸棒の先を押し当てる。
数秒も経てば、白い煙が上り、木の焦げた臭いが漂ってきた。
「魔法使いでなくとも使えるんですね」
「そりゃそうよ。これは魔素を使うタイプだからな」
『これはまずいだろ』
「え?」
二人の前にドワーフの店主が現れる。
顔を赤らめ、目尻を上げ、樽のような体をわなわなと震わせていた。
「こらぁ! お前ら何やっとんじゃい!」
「す、すみません!」
リーヴェとフェルゼンは店主に頭を下げる。
フェルゼンはファイヤースターターを倍の値段で買わされることとなった。
金を支払った後、逃げるように二人はその場を離れる。
「いやー酷いぼったくりにあったな!」
「あれはフェルゼンさんがどう見ても悪いじゃないですか。行動はすべてエルザ様の責任になり、ノードの評価になる、でしたっけ?」
「……嬢ちゃん、エルザ様には内緒にしてくれよ?」
「フェルゼンさんって案外抜けてるんですね」
「完璧な男よりも、ちょっと抜けた男のほうが魅力的だろ?」
「なんですか? それ」
リーヴェが笑うとフェルゼンも笑う。
その後はフェルゼンの希望で、二人は武具屋を見て回るのだった。




