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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第3章 魔銀の行方~技術者誘致編~
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第35話 ネイザーライドの鍛冶師たちⅠ

 城郭都市オスファを発った一行は王国国境を越え、ネイザーライド国へと入った。


 ネイザーライドは広いものの山脈が国土の多くを占め、住める土地は少ない。

 町としてはゲアストほどの大きな都市が一つしかなく、各地に村が点在するくらいだ。

 そして、この国に住んでいるのはドワーフと呼ばれる者たち。

 背丈は低く、男のドワーフは皆一様に髭を生やしている。鍛冶や加工といった工芸を生業とする種族。

 ネイザーライドは統一王国時代より王国の属国として、魔道具の生産や建築に携わっている国だ。


 一行が平野を進めば、遠くに見えていた建物や山々が、次第に輪郭をあらわにする。

 すそ野から山の中腹にかけて町が広がっていた。山の斜面を削った中腹には、段々畑のように建物が建ち並ぶ。

 ここが国名と同じ名の町、ネイザーライドだ。



 走る馬車の扉を開け、リーヴェは身を乗り出していた。

 黒髪がばさばさと風に煽られてなびく。


「すごいね! 色んな場所から煙が上がっている!」

「嬢ちゃん、早く場所変わってくれよ!」


 子供が駄々をこねるように、フェルゼンはそわそわと落ち着かない。

 そんなフェルゼンの様子を見て、リーヴェは笑みを零した。


「はい、どうぞ」


 リーヴェが席に戻るとフェルゼンが急いで立ち上がる。

 大きな体を揺らしながら扉に手をかけて外を覗いた。


「はぇー、なんだかすげぇな!」


 この旅に随伴している者たちは皆、ネイザーライドへ訪れるのが初めてだ。

 国名は知っているものの、初めて訪れる場所にリーヴェやフェルゼンは嬉々とした表情を浮かべていた。


「製錬の煙なのでしょう。ノードが農業の国なら、ネイザーライドは鍛冶の国ですからね」


 いつもならば、はしたないとエルザから注意されるところだ。

 しかし注意もせず、穏やかな声でエルザは説明する。

 満面の笑みを浮かべるエルザはミックを膝の上に乗せ、国宝を愛でるかのように両腕で抱えていた。



   ◆ ◆ ◆



 日が高く昇った頃、ネイザーライドの町に入った一行は、この国随一の高級宿屋へと赴いた。

 リーヴェとフェルゼンが見上げているのは二階建ての大きな建物。


「やっぱりオスファとは違うんだね」

「宿屋なんて泊まれればいいだろ」


 しかし、ただ大きいだけで、宿屋は木造の古びた建物。ところどころにある傷んだ場所の補修痕が目立つ。


 この建物は今回のような国外からの来客のための施設だ。

 国営の宿ではあるが、国賓に当たるような人物であれば泊まるのは王城となる。

 また、都市が一つゆえに宿の需要はなく、大都市であるオスファの宿とは比べるまでもなく宿泊施設としてのレベルは低い。


 周りに指示を終えたエルザが宿を見上げている二人の横に立つ。


「さぁ、お二人とも行きますよ」


 引き締まった表情のエルザはジークを伴い、宿の中へと進んでいく。


 エルザは宿の従業員と打ち合わせをする。

 事前にオスファを通して連絡はしてあるため、打ち合わせも滞りなくすぐに終わる。

 宿としては直近で来客の予定もなく、この建物自体がエルザたち一行の貸し切りとなった。

 すぐさまエルザが部屋の配置を決め、荷を搬入し終えると、それぞれがせわしく行動し始めた。


 一行がこの宿に泊まる期間は一週間の予定。

 すなわち、この一週間で成果を上げなければならない。

 遊んでいる時間はない。


 荷の開封もそこそこに、ネイアは宿で留守番、その他の従者は次々に町へと情報収集に繰り出していく。

 フォーマルなドレス姿になったエルザは、リーヴェ、フェルゼン、ジークを伴い、ネイザーライドの鍛冶師ギルドへと向かった。


 鍛冶師ギルドは宿から徒歩でも行ける距離だったが、エルザは馬車で向かうことを選んだ。


 ネイザーライドの通りを緩やかに進む馬車。

 その馬車には、ノードの国旗とソルダート家の旗が風に揺られてはためいている。

 通りを歩くドワーフたちは見知らぬ旗に、どこのものだと首を傾げていた。


「みんなこの馬車を見てるよ!」

「リーヴェ、子供のような真似はやめなさい」

「そうだぞ嬢ちゃん、俺たちはノードの人間なんだからな。俺たちの行動はすべてエルザ様の責任になり、ノードの評価になる」

『……場をわきまえろ』


 ミックとフェルゼンの言葉を聞き、エルザは静かに頷いた。

 言われてみれば、確かに子供のようにはしゃいでしまったと、リーヴェは顔を赤らめながら座る。


 静寂に包まれる馬車の中。カタカタと車輪の回る音だけが聞こえてくる。

 空気を換えようとリーヴェはエルザに尋ねた。


「鍛冶師ギルドに行くんだよね? そこで連れて行く人の試験をやるの?」

「既に鍛冶師ギルドには王国を通し、誘致の話はしてあります。後は派遣可能な人材のリストを貰い受け、連れて行く人材をこちらで選定するだけですね」

「じゃあすぐに決め終わるな。夜には飲み会か?」


 笑い声を上げるフェルゼンを突き刺すような視線でエルザが睨みつけた。


「そんなわけにはいきません。この国で魔道具を扱う鍛冶屋は100ヵ所以上。そこから選抜された人材なのですから、かなりの人数だと思います。技能、指導力、社会性、社交性、協調性、教養。色々と考慮しなければなりません。ノードに連れて行ける人数も限られていますので、熟考を重ね、選定をしなければ――」


 宿屋から鍛冶師ギルドまではそう遠くない。

 エルザが熱弁を振るう中、目的の場所へと到着し、三人は鍛冶師ギルドの前に降り立った。

 建物の入口にはネイザーライドの国旗、また槌をモチーフとした旗が揺らめいていた。


「あまり大きくないんだね」

「大きさは問題ではありません。ここは単に鍛冶仕事を統制するためだけの建物なのでしょうから」


 ネイザーライド鍛冶師ギルドはノード冒険者ギルド程度の大きさの建物だった。

 エルザを先頭に、三人は建物の中に入る。

 ノードより来た一行だとドワーフの受付嬢に伝えると、奥の応接室へと三人は通された。


 ここでしばらく待つようにと言われ、部屋のソファーに三人は並んで座る。

 壁際の棚には王国より賜れたものだろうトロフィーなどがいくつも並べられていた。


 エルザは感覚を研ぎ澄ませているかのように目をつむり、静かに座る。

 リーヴェは膝に乗せたミックを無言で撫でる。

 しかし、一番体が大きく目立つフェルゼンは腕を組んだり、きょろきょろと辺りを見回したりと落ち着きがない。


「フェルゼンさん、どうしたんですか?」

「いや、緊張しちまってな」

「……わかります。こんな雰囲気の場所って落ち着かないですよね」

「そういう割に、嬢ちゃんは緊張しているように見えないが?」

「最近、誰かさんに連れまわされたおかげで慣れちゃったみたいです」


 二人に挟まれて座るエルザがリーヴェを睨みつける。


「二人は単なる付き添いです。緊張していいのは私だけなのですよ」


 エルザとしては初の公式的な外交だ。

 失敗は許されない。

 この町に入ってから、エルザはピリピリと緊張した空気をまとっている。


 廊下から聞こえてきた足音が扉の前で止まった。


 エルザは膝の上の汗ばむ手を軽く握り込む。

 エルザがすっと立ち上がり、遅れてリーヴェとフェルゼンも立ち上がった。


 扉がガチャリと開き、紙束を抱えた一人のドワーフが部屋に入ってくる。

 入り口で一瞬止まり、ぎろりと大きな目で三人を見たドワーフは部屋の中央に進む。

 持っていた紙束をテーブルに置くとエルザの前に立った。


「ネイザーライド鍛冶師ギルド副ギルドマスターのベルントだ」


 エルザの眉間がぴくりと動き、目をわずかに細める。

 それは一瞬で上品な笑みへと変わり、エルザは口を開いた。


「ノード国より参りました。エルザ・エル・ソルダートと申します」


 エルザは深々と頭を下げる。

 リーヴェとフェルゼンの自己紹介は不要らしく、二人は頭を少しだけ下げて会釈をする。


 ベルントの背はリーヴェよりも少し低いが、横幅はフェルゼンのように太い。

 樽のような体つきのベルントが対面のソファーに座り、三人も同じく座る。


 ベルントの顔の半分は茶色の髭で覆われる。長い顎髭を何本かの三つ編みにし、さらに一本に束ねていた。

 その髭を愛でるように撫でながら、ベルントはテーブルに置いてた紙束を投げるようにエルザの目の前へと寄こす。


「これがこちらの国から出せる人材のリストだ」

「拝見いたします」


 エルザがテーブルに置かれた紙束を手に取り、視線を動かしながら捲っていく。


「王国からの命令通り、ちゃんと渡したからな。選定結果の連絡はまた三日後に。忙しいので私はこれで失礼する」


 紙束からエルザは顔を上げた。


「これで終わりなのですか?」

「何か問題でも?」


 何も答えられず、無言のエルザをベルントは見下ろす。

 唖然とするエルザを気にも留めず、ベルントはそのまま部屋から出ていった。

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