第33話 城郭都市オスファⅠ
ゲアスト南部の荒野を発ったエルザたち。
ノードの国境を越えてベルツ王国領地内へと入った一行は、王国の国境砦で滞りなく入国の手続きを終え、さらに南へと進む。
旅は遅れもなく予定の日程通りに進んでいた。
これはアルバンとエルザが事前に綿密な準備をしていたからだ。
計画はこの旅の予定だけではない。
ノードは王国の従属国という扱いに近く、何をするにしても王国の許可を得る必要がある。
しかし、ネイザーライドから魔銀加工の技術者を迎えることに関しては、虚偽とも捉えられかねない申請をしていた。
国の発展のために魔道具製作の技術者を誘致したい。王国からの魔銀輸入を本格的に開始したい、と。
魔銀は王国産のものを使うとの建前だ。
技術者もまともにいない国で魔銀が産出したともなれば、王国に鉱山を押さえられかねない。
魔銀鉱床が見つかったと報告をするのは、技術者を招き入れ、加工技術の普及を図ってからだ。
いくらかの産出は王国に納めることになるだろうが、加工技術さえあれば、それなりの便宜があるだろうとアルバンは見込んでいた。
ただ、情報の露出だけは避けなければならない。
一つでも間違えば、すべてが水泡に帰す可能性もある。
ソルダート家主導の元、アルバンは箝口令を敷いて情報統制をしていた。
現状、魔銀鉱床の件を知っているのは三大貴族とリーヴェのみだ。
◆ ◆ ◆
王国領土の半ばほどまで進んだエルザたち一行は、王都の東に位置する都市オスファへとたどり着く。
馬車の小窓から外を覗いていたリーヴェが興奮気味に声を上げた。
「すごいね! 石壁で町が覆われてるよ!」
「王国の誇る城郭都市ですからね」
夕日に照らされ赤く染まった壁。その壁が視界の端まで続いていた。
オスファは全周を城壁で囲まれている城郭都市だ。
元は過去の魔族との戦争において主力駐屯地となった要塞拠点ではあるが、現在は交易都市としての役割を担う。
王国南部の鉱山で採掘された魔銀はこのオスファへと持ち込まれる。
また、ノードから輸出された農作物が運ばれるのもここだ。
北にノード国、南にネイザーライド国、西にはベルツ王国の王都。都市オスファは各地をつなぐ物資流通の要所となっている。
そのために人が集まり、物が集まり、現在は人口10万人近い巨大な都市に成長していた。
馬車が正門に着き、門番に止められる。
ほどなくして入場の許可が下りると馬車は動き出し、開かれた両開きの門を通り抜けた。
町中を進む馬車。
ここに来るまでの道とは違い、町中は馬車の揺れも少ない。
都市の中心部から離れた遠く離れた場所でも、道は石畳で舗装されているからだ。
周囲の景観もゲアストの大通りのような町並みが続く中、一行は中心部にほど近い宿に向かった。
町に入って二時間ほど経った頃、馬車から降りたリーヴェは口を大きく開け、目の前の建物を見上げていた。
本日泊まる宿は、魔法ギルドのような三階建ての豪華な建物だった。
振り返ったリーヴェはエルザに尋ねる。
「こんな高そうなところに泊まるの?」
「そうですよ。国民の血税ではあるのですが、我々はノード代表ですから。分相応のところに泊まらなければなりません」
馬車から降りた者たちにエルザは指示を出していく。
指示を受けた者たちは移動し、豪華な宿の前に残ったのは三人だけだった。
「ではリーヴェ、フェルゼンさん。行きますよ」
「ほかの人たちは別なの?」
「ジークたちには別の宿を手配しています」
宿の従業人に先導され、エルザが前に進む。
半裸に近いフェルゼンがのしのしと肩を揺らすように歩き、リーヴェはその後を追った。
天井から吊り下げられた魔道具が広いロビーを明るく照らす。
ロビーを抜け、階段を上り、二階にある大きな部屋にエルザとリーヴェは通された。
フェルゼンはこの横にある従者用の小さな部屋だ。
「おっきい部屋だね」
これが品がある部屋というものなのだろうかと、リーヴェは室内をきょろきょろと見渡す。
ちょっとしたダンスパーティーでも開けそうなほど広い部屋。
リーヴェは置かれている調度品を眺めたり、クローゼットを開けたり、何があるのか興味津々といった様子で部屋の中を物色する。
ミックを抱えたリーヴェはクイーンサイズのベッドに腰かけた。
柔らかな弾力で押し返してくるベッド。
ミックをベッドの上に置き、リーヴェは体を上下に動かして弾力を堪能する。
リーヴェがエルザに目を向ける。
エルザは持ってきていた荷物の中から何着かの服を取り出し、テーブルに並べていた。
「ねぇエルザ、ミックと一緒に外に行ってもいい? 観光がてらに町中を見て回りたいんだけど」
リーヴェは生まれて初めて国外に出たのだ。
この宿に来るまでもずっと町の様子を眺めていた。ゲアストの大通りとはまた異なる、華やかで賑やかな場所。
リーヴェは好奇心をくすぐられていた。
服を脱ぎ、柔肌をあらわにしたエルザが振り返る。
「それは駄目です」
「え? なんで?」
エルザはスパンコールがきらめく漆黒のドレスを手に持ち、ニコリと微笑んだ。
「リーヴェはこの後、会食があるからです」
「ええっ!?」




