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箱持ちの大魔法使い ~箱の中身はかつての魔王~  作者: アーリーセブン
第3章 魔銀の行方~技術者誘致編~
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第30話 新居

 壁を隠すように本棚が設置された広い部屋。

 本棚には隙間なく本が並び、日焼けを防ぐために窓にはカーテンがかかっている。

 置かれている本はすべて魔導書であり、おおよそ3000冊もの本ががひしめき合うように置かれていた。


 ここはゲアスト南に建てられた新居の一室だ。

 一人で住むにはとてつもなく広い。

 一階には客室、食堂、厨房、浴場があり、二階には広めの部屋が並ぶ。


 二階の一室に、エルザ所蔵の魔導書が持ち込まれていた。

 この部屋は、さながら魔導書庫とでも呼べるだろう。


 魔導書庫の中心部、天井近くには大きな光の球が浮かび、周囲を明るく照らしている。

 その光の球の真下にはポツンと小さなテーブルが置かれ、そこでリーヴェが本を読んでいた。


 テーブルの上にはミックが置かれている。

 開いた上蓋からは黒い触手が伸び、触手は器用にも本をパラパラと捲る。


「魔法陣って使わないからわかんないけど、複雑なんだね」

『そう複雑でもない。形と役割を覚えるだけだな』

「そうなんだけどね」


 リーヴェは本をパラパラと捲り、魔法陣の図解が記載されているページを開く。


「円だけでも、吸収、制御、圧縮って三つも役割があるんだよ? 難しくない?」

『魔法陣を使う連中からすれば、私たちの魔法について同じような言葉が返ってくると思うがな。結局は慣れだ』

「むぅー」


 納得いかないといった様子でリーヴェは口を尖らせる。


 ――コンコンコン


 ドアがノックされ、リーヴェは扉へと顔を向けた。


「リーヴェさま、お夕飯の準備がととのいました」

「はーい! すぐ行くから下で待ってて!」


 本を閉じるとリーヴェは立ち上がる。


「ミックはどうする?」

『ここで本を読んでいる。私にかまわず行くといい』

「じゃあ、私のほうは消すね」


 二つ目の光の球が天井に浮かび上がる。

 リーヴェが魔法を解除すると、最初にあった光の球が粒となって霧散した。


 それを確認したリーヴェは部屋の外に出る。廊下を通り、階段を飛ぶように下りる。

 一階に下りると食堂へと入った。


 食堂では老齢の男と少女がリーヴェを待っていた。

 執事服を着た老齢の男性は、ソルダート家の執事であるジーク。

 白黒のエプロンドレスを着た少女は、ジークの娘であるレイネ。


 広すぎる家ゆえに家事全般を行うため、エルザの命によって来たのがこの二人だ。


 レイネはジークの義理の娘だ。

 捨て子だったレイネをジークが拾い、親代わりとなった。

 共にソルダート家で働いていたのだが、レイネが元捨て子との事実は変わらない。

 貴族の屋敷で働くには分不相応と、周りからレイネへの風当たりは強い。

 それを気にしていたエルザがここへと寄こしたという経緯があった。


 リーヴェがテーブルに近づくとジークが椅子を引く。


「どうぞこちらへ」

「いつもすみません」


 リーヴェの言葉にうやうやしく頭を下げたジークが料理の説明を始めた。



 今日の料理はノードで取れた卵と野菜をふんだんに使ったオムレツとスープ。

 説明を聞きながら、すぐさま食べ尽くしてしまうほどの美味しい料理だった。

 食べ終えたリーヴェは満足感に浸りながら、椅子に深く体を預ける。


 水差しを持ったレイネがテーブルに近づき、空になったコップを手に取ると水を注いだ。


「リーヴェさま! お水をどうぞ!」

「ありがとう」


 昔はこうやって頭を撫でられるのが好きだったと、リーヴェはレイネの頭を撫でる。

 触り心地のよい、さらさらとした茶色い髪。


 一瞬きょとんとしたレイネは顔をほころばせる。

 それにつられてリーヴェも笑みを零した。



   ◆ ◆ ◆



 早朝の水やりの仕事を終え、リーヴェはゲアストに戻ってきていた。


「魔法陣に使われてる形――刻印だっけ? そんなに種類ないんだね」

『種類がないのではない。まだ解明されていない刻印が載っていないのだ。リーヴェ、左に一歩ずれろ』

「ここに載っていない形をミックは知ってるの?」


 本から目を離すことなく、リーヴェは左に一歩ずれる。

 リーヴェは今、魔導書を読みながら大通りに向かって歩いている最中だ。


『ここに載っていないもので、アスタリスクというのはよく使っていたな』

「アスタリスク?」

『このような形だ』


 本の表面に(アスタリスク)の形が光の魔法で浮かび上がる。


「へぇー。どんな効果があるの?」

『これには魔力の集約の効果がある。その杖の内部に刻まれているものだ』


 リーヴェは脇に抱えた杖を見る。杖に巻かれた布がゆらゆらと風にそよいでいた。

 十字の迷宮に入った際、魔法を受けて曲がってしまった杖だ。

 エルザの力を借りてゲアストの鍛冶師に修理してもらったものの、いまだ完全には直っていない。


 くびれたようにへこみ、少し曲がっている。

 それを隠すために、リーヴェはへこんだ部分に布を巻いていた。


 ため息まじりにリーヴェは口を開く。


「この杖も早く直したいなぁ。そろそろエルザも動――」

『おい、リーヴェもう着くぞ』


「おーい」と遠くから声が聞こえ、リーヴェは声の方向へと顔を向けた。

 リーヴェの視線の先、冒険者ギルドの前で手を上げて振るニーナの姿があった。

 持っていた魔導書を木箱の中に入れたリーヴェはニーナの元に駆け寄った。


「すみません、おまたせしました」

「いやいや、全然待ってないからいいよー。で、今日はどこに行く?」


 魔導書に夢中で考えていなかったとリーヴェは悩む。

 しかし、悩んだのも数秒のことだった。


風花亭(かざはなてい)でもいいですか?」

「あそこ気に入ったんだ。いいよ。じゃあいこっか」


 二人は雑踏する大通りを並んで歩き出す。

 向かう先は風花亭という食堂だ。


 現在、リーヴェが魔法ギルドより受けている仕事は早朝と夕方前の時間帯。

 早朝の水やりを終え、ゲアストに戻ってくるのは昼前になり、夕方までは暇な時間となる。

 その空いた時間に冒険者ギルドに訪れていたリーヴェは、ニーナと昼食を取るのが日課となっていた。


 ノードは農業国。食料だけは普及しており、食べ物の物価は他国に比べて安い。

 それに伴って町中には食堂が乱立している。

 その中でも風花亭は量も多く、安く、美味く、さらに出てくるまでが早いと文句のつけようがない店だった。


 大通りを抜け、路地に入った二人は風花亭に着く。

 昼時はいつも行列ができていたのだが、最近は並ぶこともない。

 店内に入ったリーヴェとニーナは壁際の二人席に座った。


 リーヴェは壁に杖を立てかけ、ミックを膝の上に乗せる。

 ニーナはメニューを手に取ると、どれにしようかと悩みだした。


「リーヴェちゃんは何食べるの?」

「私は日替わり定食です。安くて色々楽しめるので」

「またまたそんな貧乏人みたいなこと言って……。この店にある高い料理を上から順に持ってこいって言えばいいのに」


 けたけたとニーナは笑う。


「そんなにお金を持っているわけじゃないので」


 日替わり定食は安く、しかも何品かのメインがついてくる。

 リーヴェにとって、この上なくお得な料理だった。


 ニーナの頼むものも決まる。

 給仕にオーダーを伝えると、すぐに料理が運ばれてくる。


「おまたせしました。日替わり定食とノード豚の野菜炒めです」


 テーブルに置かれた料理を前に、二人は女神への祈りを捧げると食べ始めた。

 日替わり定食のコロッケを口に運びつつ、リーヴェはニーナに質問する。


「ニーナさん、教えてもらいたいことがあるのですが」

「なーに? なんでも聞いて! でも答えられることだけね!」

「最近、冒険者の人って減ってません?」

「あー、そこに気づいちゃったかぁー」


 以前は町中にあふれていた冒険者たちをあまり見ない。

 昼時の食堂では冒険者たちが行列をなしていたのだが、最近はすんなりと入店できる。

 冒険者の人数が減っているとリーヴェは不思議に思っていた。


「なんでも西の地に色々建設するからって、かなりの冒険者がそっちに派遣されてんのよ」

「へぇー、そうなんですね」


 西の地と聞いて、きっとこの件に関与しているのだろうとリーヴェはエルザのことを思い浮かべた。


 ニーナがコップを手に取り、ぐいっと一気に飲み干した。

 ターンとテーブルへと叩きつけるようにコップを置く。


「それよりもあたしは悲しいよ。リーヴェちゃんが権力の犬になったみたいでさ。ソルダート家の子飼いになったって噂が流れているよ?」

「そんなことありません! 誰ですか、そんなこと言ってるの!?」

「え? クルトだけど」


 はぁとリーヴェはため息を漏らす。


「クルトさんに会ったら、違うって訂正しておいてください」

「りょーかい。まぁリーヴェちゃんも3級魔法使いになって、ノードのことに色々巻き込まれてるんだねー」

「そうなんでしょうか?」

「そりゃそうでしょうよ。最近は偉い人たちが何やら色々と動いているみたいだし」


 ニーナは楽しげにけらけらと笑いながら言った。


『情報収集は大事だぞ。動向が気になるなら、夕方にアンネからも話を聞いたほうがいいな』


 ミックの言葉にリーヴェはこくりと頷いた。

 いつも夕方の仕事が終われば魔法ギルドに寄っている。

 その時に、アンネにも話を聞いてみようと心にとどめた。


 仕事の話で思い出したと、リーヴェはニーナに告げる。


「明日は仕事休みなので、お昼は家で食べます」

「りょーかい」


 それから二人は料理を食べながら、他愛もない話を続ける。


 教会で配給を貰い、一人で食べていた頃とは大違いだ。

 こうやって他人と食堂で昼飯を食べることなど、想像しえなかった。


 よく笑うニーナにつられてリーヴェも笑う。

 食べ終えた後も、二人は楽しげに会話を続けた。

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