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第03話 とある冒険者

 日が落ち、喧騒に包まれる酒場。

 一日の疲れを酒で癒す者たちが集まる中、二人の若い男の姿があった。

 向かい合って座るテーブルの上に並ぶのは、腹が膨れるだけと酷評される料理と度数が強いだけの安酒。

 間もなく二十歳を迎えようかという二人。名前はクルトとハイノ。

 どちらも革鎧に身を包み、腰にはショートソードをぶら下げる。肉体労働者のように日に焼けた肌。細身なれど引き締まった筋肉が窺える。

 二人はいわゆる冒険者という仕事をしていた。

 ただ、並ぶ料理からわかるように懐具合はかなり寂しい。


 冒険者にはランクがあり、上はAランク、下はFランクの6段階だ。一般的にはCランクで一人前と言われている。

 クルトとハイノはDランクの冒険者だった。

 すなわち、まだ一端と呼ばれるランクではないため、割りのいい仕事が回ってこない。

 学がなく、己の身一つで高収入を夢見て冒険者になったものの、世間の評価はローバスト山脈から吹き下ろす風のように冷たい。

 二人は仕事に対する愚痴をこぼしながら不味い料理を口に運び、それを安酒で流し込む。


 今日も二人は冒険者ギルドを通して土木作業に従事していた。

 最近はずっとそうだ。

 これでは日雇い労働者なのか、冒険者であるのかわからない。

 しかも、貰える給金は冒険者ギルドに上前をはねられるオマケつきだ。


「ほんっと、仲介手数料ってなんだよ!?」


 酒を呷り、顔を赤らめたクルトがテーブルにコップを叩きつけるように置いた。

 口から出るのは冒険者ギルドに対する恨み辛み。

 低ランクの冒険者は搾取されるだけだ、と。


「ギルド斡旋の派遣を優遇して使うなんて、どこもかしこも狂ってやがる」


 ハイノも頷き同意する。

 クルトと行動を共にしているため、境遇は同じだからだ。


 二人は互いの目を見て、深くため息を吐いた。

 このままでは何も得られず歳を重ねていくだけ。何かしらの行動を起こさねば、待っているのは暗い未来だけだと理解している。

 それでもクルトとハイノは協力して、少しずつではあるが金を貯めていた。

 唯一の楽しみは、こうして週に一度酒場で愚痴をこぼすこと。


「で、何か重要な話があるって?」


 ハイノがクルトを睨みつける。

 事前に話があると聞かされていたが、はっきり言えばロクなものじゃないと考えていた。

 今までも、何度かこんなふうに話を持ちかけられたことはある。それらはすべてまともな話ではなかった。

 明らかに騙されているような投資の話であったり、すごい魔道具だと買ってきたものは壊れていたりと、内容は散々たるものしかない。


 クルトが辺りを見回し、顔をそっと寄せて小声になる。


「今回のは絶対当たりだ。俺の長年の勘がそう告げている」


 同じように周囲を見たハイノは、怪訝な表情で顔を近づけた。


「あの情報屋のジジィいるだろ? 出所はそこからなんだが」

「ああ、あのじーさんか。で? って、出所ってことはもう聞いたってことか!?」

「もちろんだ」


 情報屋は金を支払ってからしか情報を出すことはない。

 払った金は二人の共有資金からなのは間違いない。

 腕を組み、自信有り気に頷くクルトをハイノは睨みつけ、また騙されたのかと胸ぐらを掴んで右拳をぐっと固めた。


「待て! 待てって! 最後まで話を聞けよ」


 にやけ顔を浮かべるクルトを見て、深いため息を吐くハイノ。

 払ってしまったものはしょうがない。今さら情報を忘れるからお金を返せなんて、まかり通るわけがない。

 後はその情報が有益なものであって欲しいと、ハイノは心の中で女神に祈りを捧げた。


「それで?」

「ああ、実はな、とある場所に隠し部屋が存在するらしい」

「もしかして東のダンジョンか?」


 隠し部屋。

 ダンジョンと呼ばれる遺跡にあるもので、その言葉通り入口が隠蔽された部屋のことだ。

 大抵は金銀財宝や貴重な道具があるとされている。

 ただ、このノード国ではほとんどのダンジョンは踏破され、残っているのは一つしかない。東にあるダンジョンだ。

 そこを守っている魔物が異常に強く、高ランク冒険者でも踏み込めない魔境の地。

 そんなダンジョンに潜っても、死ぬだけなのは目に見えている。

 また騙されたのかと、ハイノは蔑む目でクルトを睨みつけた。


「いや、違うって! そんなとこ行けるわけねぇだろ? もっと簡単な場所さ」

「……どこだよ?」


 踏破されたダンジョンは、念入りに調べられたと聞いている。

 ハイノは隠し部屋が存在する場所に思い至らなかった。

 そんな様子がわかったのか、クルトは満面の笑みで答えを告げた。


「魔王城跡だよ」

「魔王城……」


 答えを聞いてハイノはハッとした。


 町の北に存在する魔王城跡地。

 数百年前にあった人間と魔族の戦争。その戦争における魔族最後の砦。

 しかし、それは過去のこと。

 魔王を討ち取った後、人間側の勝利だと誇示、喧伝するために城が打ち壊されたのはあまりにも有名な話。

 今は小高い丘の上、城の残骸が積み上がっているだけの場所だ。


「なるほど……」


 ハイノは唸る。

 当時の状況はわからないが、調べ上げる前に壊していたのであれば、隠し部屋が現存していてもおかしくない。

 魔族の王の居城だ。

 仮に隠し部屋が存在するのなら、一生食い扶持に困らないほどの財宝が隠されている可能性がおおいにある。


「でもどうするんだ? 仲間を集うのか?」


 隠し部屋には、罠や強い魔物が居座っていることがあると冒険者の間では言われている。

 Dランク冒険者二人では心もとない。

 かといって高ランクの冒険者に依頼をすれば金がかかる。なおかつ、見つけた物次第では略奪され、殺される可能性もある。


「サポーターを一人雇おうと思っている。もう目星はつけてきた」

「サポーターか……。ランクは?」

「ランクはなんとFの女だ」


 ハイノは目に驚愕の色を浮かべるが、それはすぐさま消え去った。


「いや、それは逆に好都合か……」


 Fランク冒険者とは初心者も初心者。

 ギルドの依頼を一度も受けたことがないような登録したばかりの初心者だ。

 初心者であれば何もわかりはしないだろう。

 横取りされるような心配もない。例え捨て駒に使われようとも、そのことを理解すらできない可能性が高い。


「そのサポーターはどんなやつなんだ?」

「実はな……そいつ魔法使いなんだぜ」


 その言葉にハイノは再び驚いた。今度はすぐに消えることはなく、頭の中を思考の渦が駆け巡る。

 魔法使いは才能と金がなければなれない。

 魔法の才能とは血統だ。魔法使いのほとんどは貴族か大富豪であるのが常識。

 そして魔法使いの所属は魔法ギルドになる。

 魔法使いが冒険者ギルドにも登録することは稀ではあるが、登録した場合は魔法ギルドのランクが優遇されると聞いている。

 冒険者と違い、魔法使いは1級から5級のランクにわかれ、5級の魔法使いが登録すれば最初からE級冒険者になる。


「魔法使いでFランクってありえるのか?」


 クルトはにやりと笑って答えた。


「そいつ、自称魔法使いなんだよ。あまり世間を知らなさそうとも聞いてる」

「なんだ、自称かよ」


 ハイノは吐き捨てるように言った。


 自称魔法使いという奴は時折現れるのだ。

 数年間の冒険者生活の間、ハイノも何人かの自称魔法使いに会ったことはある。

 その全員が同じようなことを口にしていた。

 必ず名の知れた魔法使いになる。だから名前を憶えておけと。

 その後、噂話でも二度とその名を聞くことはない。

 評価できるのは、自称でも魔法使いと名乗る意気込みだけだ。

 そんな奴らは身の程もわきまえず、才能を開花させることもなく、勝手に潰れていく。


「知識がなさそうなら……上手く使えるか……」

「それから黒髪黒目なんだってよ。黒髪の人がいるなんて初めて聞いたよ」

「黒髪……?」


 クルトとハイノは冒険者だけあって、町はもちろん近くの村々にも頻繁的に足を運ぶため、人との関りは多い。

 気にしたことはないが、金、茶、赤やそれに近い髪色しか思い浮かばない。

 クルトは赤茶のような髪色であるし、ハイノは金髪だ。


「まぁいいさ。Fランクサポーターなら金もそんなにかからないだろ?」

「そうだな。でも女のランクが上がるかもしれないし、何よりもジジィが情報をばらまく可能性もある。早いに越したことはない。すぐ準備して出立しようぜ」


 これから先、財宝を手にして遊ぶ暮らしに思いを馳せる。

 成功を祝い、二人はコップを高く掲げて音を鳴らした。

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