第27話 魔銀鉱床Ⅱ
岩肌にぽっかりと開いた洞――坑道があった。
坑道の入口には坑木が組まれ、吸い込まれそうな暗い闇が奥まで続く。
長い年月風雨にさらされたためか、組まれた坑木は虫食いだらけのようになり見るも無残な姿になっていた。
「これ……大丈夫なの?」
『こんなことになっていようとはな……。入口側だけかも知れないがどうする? 止めるか?』
「いえ、行きましょう。こちらは魔法使いが三人です。問題はないかと」
『それもそうだ』
「よしっ! それじゃあ行こー! 私が照明担当するね」
もはや光の魔法が特属となったリーヴェは、意気揚々と先陣を切る。
杖を振るい、頭ほどの大きな光の球を空中に浮かべた。
光の球が輝き、暗い坑道の中を明るく照らし出す。
「それほど大きなもの……魔力が持つのですか?」
エルザは疑問に思い、歩き出したリーヴェに尋ねる。
リーヴェのもっとも評価すべき点は、その膨大な魔力量だ。
だが、生み出した球はどう見ても大きすぎる。
「もちろんだよ」
『ほう……。考えたものだな』
ミックの言葉を聞いたエルザは光る球をつぶさに観察する。
大きく明るいだけで、他の魔法使いが使うようなものとの違いがわからない。
「師匠、何か秘密があるんですか?」
『この球はガワだけだ。中身がない』
「……なるほど。それなら魔力効率はかなりよさそうですね」
魔法使いの常識だと、照明魔法とは熱のない小さな太陽だ。
通常は握り拳より小さなものを生み出すのだが、これがまた燃費が悪い。
直接体内魔力を使う方法だと、この大きさでは間違いなく一瞬で気絶するため、リーヴェの出した光の球と同等の大きさを生み出すには魔法陣を使うしかない。
それでも魔素は無限に使えるわけではなく、光の球は数分と持たないだろう。
中身を空にする。
非情に簡単なことだった。
表面積と体積の比率を考えれば、使う魔力が大幅に減らせ、格段に時間も延びる。
ミックからセンスがあると言われたのにもかかわらず、そんなことにすら気づけなかったとエルザは奥歯を噛み締める。
エルザは口をつぐみ、前を歩くリーヴェの背を追った。
日が当たらない坑道内は、肌寒く感じるほどに温度が低くなっていた。
長い年月放置されていた坑道だ。魔物が住み着いていても不思議はない。
強い光でも奥までは照らせない。
視界の悪い中、緊張が張り詰め、冷たくなった汗が滲む。
リーヴェを先頭に、三人は注意深く歩を進める。
300メートルほど進んだところで、何事もなく最奥部に到着する。
坑道よりも少し広めに掘られた空間。その土壁には、そこかしこから大小様々な大きさの石塊が顔を覗かせていた。
「この表面のものだけでも、かなりの埋蔵量ですね……」
「この石っぽいのが魔銀なの? 白銀じゃなくて灰色っぽいんだけど」
『リーヴェ、光を消してみろ』
頷いたリーヴェが光の球を消した。
ふっと辺りが暗闇に包まれる。
数秒後、暗闇の中で石塊たちがほのかに光を放ち、輪郭をあらわにし始めた。
「きれい……」
リーヴェが感嘆の声を漏らす。
うっすらと青白く光る石は幻想的だった。
「これは魔銀結晶と呼ばれるものよ。私も初めて見ましたけど」
『そうだ。これが魔銀結晶だ。これに許容量を超えた魔力負荷をかけると液体金属に変わる。その後の加工には魔法以外の技術が必要だがな』
「とりあえず詰め込めるだけ採取しましょう」
ミックが光の球を浮かべ、周囲が明るくなる。
夢のような光景に目を奪われていたリーヴェの裾をエルザが引っ張る。
顔を見合わせた二人は動き出した。
魔銀結晶は植物のように、半ば土や岩に埋まっているだけだった。手で持つだけで簡単に壁から抜ける。
リーヴェの細腕ほどもある結晶を抜き取り、土を払っては口を開けた背負い袋の中に投げ込んでいく。
ものの数分で背負い袋は口紐が締めきれないほどに膨らんだ。
「こっちはいっぱいになったよ」
「こちらも」
リーヴェとエルザは互いに顔を見合って笑顔を零す。
「これで私の杖が造れるのかな?」
「調べてみないと純度もわからないですからね。それに、まだ技術者の問題もあるのですし」
エルザは笑顔から一変し、険しい顔つきに変わる。
「ミック師匠、この鉱床を国で管理してもかまいませんか?」
『リーヴェの杖が造れる分があればかまわない』
エルザは右手を胸の前に頭を下げる。
「ありがとうございます。それではゲアストに帰りましたら、対価としてできる限りの金銭をお支払いいたします」
『私は金などあっても使わんぞ。それならリーヴェにくれてやれ』
「私に!? 私、何もしてないよ!?」
驚くリーヴェをエルザは見つめる。
「それではゲアストに戻ってからこの話は詰めま……何っ!?」
坑道の中、組まれた坑木がメキメキと悲鳴を上げる。
ドドドッと地震のように地面が揺れ、頭上からは砂塵や岩の破片が雨のように降り注ぐ。
『まずい! 崩落だ!』
ミックの言葉と同時に、リーヴェたちのいた場所につながる道が崩れ落ちていく。
『エルザ! リーヴェのそばに!』
透き通った障壁がリーヴェの周りを囲むように出現する。
狭い空間の中、土埃を乗せた突風が三人の周囲をまとわりつくように荒れ狂った。
轟音が聞こえなくなり、ほどなくして崩落は止まる。
「口の中がじゃりじゃりする」
薄目になった二人は口を手で覆う。
ミックの生み出した光の球が周囲を照らすと、周囲は砂塵が舞って霞がかっていた。
『ここは潰れずに済んだみたいだな』
坑道は完全に潰れている。
上から崩れた土や岩がリーヴェの足元まで流れ込んでいた。
転がる石を蹴飛ばしながら、リーヴェは埋もれた出口に近寄る。
「これ、どうするの?」
『こんな時のために練習しただろう?』
「土魔法!」
『よし、リーヴェ。お前の成果を見せてみろ』
杖を持った右手をぐるぐると回し、リーヴェは杖頭を土塊に向ける。
「土槍」
魔法が発動する。
杖が淡く光ると同時に土塊がぎゅっと音を立ててへこみ、魔法は効力を失ってしまった。
「あれ? 消えちゃった……」
『どうやろうとしたのだ? 説明してみろ』
「土槍で入口まで穴を開けるつもりだったんだけど」
『それではまだまだだな』
「私にっ! 私にやらせてもらえませんか!?」
右手を胸の前に、懇願するエルザの姿があった。
『よし、やってみろ』
自身を落ち着かせるように、エルザは一時の間を空ける。
土塊の前に立ったエルザが杖を掲げた。
「魔法陣展開」
魔法陣がへこんだ土塊に浮かび上がった。
「土槍」
土塊に穴が開き、広がっていく。ぎゅっぎゅっと踏みしめ、固めるように音が鳴る。
「あれ? 私の時と違う……。どうなってるの?」
『逆の発想だ。リーヴェは土の槍で穴を開けようとした。だが、エルザは土の槍の形をした空間を造っているんだ』
なるほど、とリーヴェは頷いた。
広がった穴をミックが魔法でさらに押し固め、三人は出口を目指す。
少しかがまなければならないほどの道を進む。
しかし、100メートルも行かないうちに、エルザの右手から杖が零れ落ちた。
杖の後を追うように、地面に両膝をついてエルザが倒れる。
「エルザ! 大丈夫!?」
「もう魔力が持たないみたい……」
そのままエルザは地面に倒れ、意識を失ってしまった。
気絶したエルザがふよふよとミックの魔法で浮き上がる。
『よし、続きはリーヴェだ。やってみせろ』
頷いたリーヴェは杖を掲げる。
「土槍」
杖が淡く光りを放ち、魔法が発動した。
◆ ◆ ◆
日が昇り、窓から差し込んだ朝日が室内を照らす。
ここはエイン村の宿舎だ。
昨日、日が落ちてからリーヴェたちは村にたどり着いた。
気力、体力、魔力と憔悴しきっていたリーヴェとエルザは夕食も取らず、すぐさまベッドに倒れ込んでいた。
『おい、リーヴェ起きろ』
「ん? んんー」
上半身を起こし、リーヴェは目を擦りながら辺りを見回した。
「あれ? エルザは?」
隣りのベッドは既に抜け殻となり、布が畳まれ置かれている。
『村の様子を見てくると早くから出かけたな』
「そうなんだ」
ベッドから抜け出したリーヴェはローブに袖を通し、ブーツを履く。
身支度を整え、朝食の用意をしていると、扉が開いてエルザが入ってきた。
「あ、おはようエルザ」
「おはようリーヴェ。やっと起きたのね。とりあえず朝食にしましょうか」
えへへと笑ってごまかすリーヴェと一緒に、エルザは朝食の用意に取りかかった。




