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第26話 魔銀鉱床Ⅰ

 リーヴェとエルザが北の地からゲアストに戻り、数日が経過した昼下がりの時間。

 二人は町中を並んで歩いていた。

 鉱山に行く準備の買い出しだ。

 目指す鉱山は北の地からさらに西側にある。片道の距離も北に向かうより、約1.5倍近く長くなる。

 また、寝泊まりできるような場所もないため、そのぶん必要な物も多くなるからとエルザからの提案だった。


 ミックの判断で、魔法を使って収納できることをエルザには伝えていない。

 空を飛ぶ魔法に関しても同様にだ。


 ミックとリーヴェだけの旅であれば、それほど金銭はかからない。

 氷柱狼の討伐報酬、食肉、素材の納入で得た金額は大銀貨3枚程度。金貨1枚にも届かない。

 出費を抑えたいリーヴェではあったが、かかる費用はすべてソルダート家が持つとのことで、楽しそうにしているエルザを止められなかった。


 午前中は市場で食料品を買い、その後はエルザ行きつけの料理店にてランチ。

 そして午後の現在。

 道具や装備品を揃えるために、店を回っている最中だ。


 大通りにほど近い、高級店が建ち並ぶ場所。一つの大きな店に二人は入る。

 服や靴が並べられた広い店内。

 貴族や富裕層が使う店ともあり、リーヴェは肩身を狭くする。


「これっ! これとかいいデザインじゃない?」


 エルザが一足のブーツを指差し、リーヴェは棚に目をやった。

 デザインや素材などには目もくれず、まず最初に確認するのは値段だ。

 値札を見たリーヴェは目を大きく見開く。


「こっ、これが銀貨8枚!? 大銅貨数枚で靴なんか買えるのに……中古だけど」


 貧乏暮らしが身に染み付いているリーヴェにとって、靴は履けさえすればいいものだ。

 足さえ守られればいいと思っている。


「中古だなんてありえませんね。このお店ではこれくらいが最低ラインなんですよ?」

「ちょっとミックも何か言ってよ!」

『中古はどうかと思うぞ? それに、ここの支払いはエルザが持つと言ってるだろう?』

「ミック師匠の言う通りです。リーヴェ、それにあなたは年頃なんですから、もうちょっと見た目に気を使っては?」


 エルザがリーヴェの頭の上からつま先まで、舐めるような視線を投げかける。

 リーヴェは自分の恰好に目を落とした。


 一年ほど着ている黒いローブはずいぶんとくたびれてきている。

 ローブと同じ時期に購入したブーツ。靴底は擦り減り、日に焼けて色落ちもしていた。


「この際だから靴に合わせて新しいローブも買っちゃいましょう!」

「えぇー。いいよ。もったいないよ。まだ着れるんだし」

「さぁ、ブーツに合うローブを探しましょう!」


 裾をエルザがぐいぐいと引っ張り、ローブが置かれている場所にリーヴェは連れて行かれる。


『いいじゃないか。買ってもらえ』


 ミックは上蓋を動かしカタカタと鳴らす。


 その後もエルザにされるがままに引っ張られ、二人は様々な店を見て回った。



   ◆ ◆ ◆



 ミックの示した場所は、ゲアストから直線距離でおよそ三日間。

 荷が満載に積まれた荷馬車に乗り、リーヴェたちは鉱床のある場所を目指して出発した。


 用意周到なエルザは道のりの計画も立てている。

 初日は野営、二日目はノードの西端にあるエイン村に立ち寄る予定にしていた。


 出発から二日目の夕刻。


「エイン村が見えてきましたよ」


 村に着いたリーヴェたちは村の中に入る。

 エイン村の村人は100人にも満たない。この辺りの気候でしか育たない希少な薬草で生計を立てる小さな村だ。

 生活用品はすべて交易の商隊と物々交換のような形で賄っている。


 そんな商隊の馬車を見慣れているはずの村人でさえ驚くような荷馬車が乗りつけられ、村人たちは何事かと近寄ってきた。

 御者席からエルザがふわりと地面に下り、それにリーヴェも続く。

 周囲を囲むように距離を取る村人たちを前に、エルザが口を開いた。


「初めましてエイン村の皆様。私はソルダート家の者です。どなたかロラン村長の元まで案内してもらえますか?」


 馬車にはソルダートの家紋が入った旗が風にゆらめいていた。

 ここは貴族の息がかかった商隊が出入りする場所であり、村人でもソルダートの家紋は把握している。


 壮年の男がおずおずと一歩前に出た。


「そ、それでは恐縮ながら私が」


 その男に案内され、エルザとリーヴェは村の中心に建つ一軒の家に通される。

 エルザとリーヴェが家の中に入ると、右側に老齢の男が片膝をつき、頭を垂れていた。


 エルザはその老人を見下ろす。


「本日は公務ではありません。顔を上げなさい」

「はっ!」


 老人はエルザの言葉を受け、立ち上がる。

 曲がった腰を矯正するように、背筋を伸ばしてかしこまった。


「私はソルダート家が長子、エルザ・エル・ソルダートです。あなたがロラン村長ですか?」

「はい。この村の代表を務めさせていただいているロランです。あの、本日はどのようなご用件でここへ……?」

「今日、宿を一泊頼みたいのですが可能ですか?」

「ええ、それはもちろん可能ですが……。いかんせん人里離れた場所ですので、おもてなしするにも……」

「それには及びません。食材に関してはこちらの手持ちがあります。量はありますから、この村の方にも配布しようかと思っています」

「……寛大なるご配慮に感謝いたします」


 ロラン村長は深く頭を下げる。


 その後、商隊の使う宿舎へと二人は案内された。宿舎といっても大きくなく、平屋の一軒家だ。

 荷車から必要なものを持ち込んだ二人は夕食の準備に取りかかった。


 リーヴェとエルザは大きなテーブルの上に料理を並べていく。

 並べ終わると二人は椅子に座り、食前の祈りを女神に捧げた。


「さぁ、それではいただきましょう」

「いただきまーす」


 エルザは慎ましやかに料理を口に運び、リーヴェは大きく切った肉の塊にかぶりつく。


「それにしてもさっきのエルザはかっこよかったね。なんだか大人って感じで」

「それなりに振る舞いに関しては学んでいますからね」

「堅苦しい感じで私には無理そうだよ」

「リーヴェ、あなたも3級魔法使いなのだから、それなりの立ち振る舞いはできないと駄目ですよ。ですよね、ミック師匠」

『まぁそうだな。知識の深さは言動に現れるものだ。リーヴェもマナーというやつを学んだ方がいいかもな』


 ミックからも言われてしまい、リーヴェは肉を咥えたまま顔をしかめた。

 エルザの行きつけの店でランチを食べた時にも注意されている。


 話題をそらすべきだと、リーヴェは疑問に思っていたことを尋ねた。


「そういえばなんでこの村に寄ったの? 別に野営でもよかったんじゃない? 今日はまだまだ進めたよね?」

「物事を進めるには、まず計画が必要なのですよ。計画を立て実行し、不備があればまた考える。そうすることで成長――」

「迷宮に一人で突っ込むのも計画のうちだったの?」


 エルザの顔が苦悶に満ち、見る間に赤みを帯びてくる。


「あっ、あれは勝算あってのことだったのです! ちゃんと不時に備えて撤退も視野に入れていたんです! そもそも計画を立てるとは――」


 耳をふさぎたくなったが、そうするとますますエルザは怒るだろう。

 無言になったリーヴェは黙々と食事を続けた。



   ◆ ◆ ◆



 エイン村を出たリーヴェたちが北に向かうこと一日半。

 目の前にはローバスト山脈が視界の半分を埋めるように高くそびえ連なっている。

 速度を落とした荷馬車が荒れ地の中を進んでいた。


『この辺りは変わらないな……。もうすぐ着くぞ』


 リーヴェとエルザの髪が強い風に煽られてなびく。

 その風にはほのかに潮の香りが混ざり、二人の鼻孔をくすぐる。

 海風が入り込む影響だろう。草木はほとんどなく、無骨な岩が転がる山肌が広がっていた。


「ミック師匠、入口はどの辺りでしょうか?」

『山麓より少し登ったところだな。馬車では斜面がきついかもしれん』


 ミックの先導に従い、山の麓まで赴いた一行は馬車から降りる。

 道具を詰め込んだ袋を背負い、リーヴェとエルザは坑道の入口に向けて歩き出した。


「それにしてもミックの魔法はすごいよね」

「ええ、本当に」

『あんなもの、知識を蓄え、考え、練習あるのみ。それから努力と根性だな』


 岩肌の斜面。馬車は登れず、置いていくこととなった。

 陰になる草や木もない場所。

 魔物の姿は確認できないが、鉱床へと向かっている間に馬が襲われる可能性もある。

 そのため、ミックが魔法で土の壁を造り、簡易的な小屋として馬を避難させていた。


「私にもあのような魔法ができるでしょうか?」

『そうだな。センスという点ではエルザのほうがリーヴェを遥かに凌駕している。知識もある、思考力もある。後は自信を持つことだ』

「……ありがとうございます」


 恥ずかしげにうつむいたエルザがぽつりと言った。


「えー私はセンスないってこと? 土の魔法だってすぐできたのに!?」

『リーヴェはあれだ。あふれる魔力がセンスを凌駕しているんだ』

「……それ、誉め言葉?」

『誉め言葉だぞ?』

「えへへ。そう? ありがと」


 一行が登山を開始してから一時間ほど。


『見えてきたぞ』


 山の陰、荒い岩肌に坑道の入口が姿を現した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中古の靴は水虫が心配/(^o^)\
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