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第24話 北の地へⅠ

 十字の迷宮から家に戻ってきた翌朝、リーヴェは冒険者ギルドに向かっていた。

 持つ杖は少し曲がっていて、その部分を隠すように手で握りしめている。


 早朝のゲアストは大通りでなくとも人通りは多い。

 仕事場に向かう者、開店準備をする者、野菜を積んだ荷車を引き、市場に向かう者などが見受けられる。


 町中を歩くリーヴェはいつもと違う視線を感じていた。

 リーヴェは横目で周囲を窺う。その視線は冒険者たちからの視線だった。ギルドでの受注を終え職場に向かう冒険者、これからギルドに向かう冒険者と。

 リーヴェに気がつくと、一様に視線を向けながらひそひそと話しをしている。


「こっち見てるけどなんだろね?」

『さぁな』


 大通りに着き、冒険者ギルドから延びる列の横をリーヴェは歩く。

 通り過ぎた列の後方からはざわめきが生まれ、リーヴェが立ち止まり振り返ると、冒険者たちは視線をそらして静かになる。

 今までにない反応に首を傾げながらも歩き続け、冒険者ギルドの入口に差しかかったリーヴェは並ぶ者に声をかけた。


「すみません。ちょっと通らせてください」


 声をかけられ、ギョッとした冒険者は慌てた様子で気づいていない者たちに伝える。


「おい、箱持ちが来たぞ。お前ら詰めろ」


 入り口に並ぶ冒険者たちは壁に体を密着させて通り道を空ける。

 会釈して隙間を通ったリーヴェは中に入るといつものようにテーブルにつき、受付が空くのを待った。


 リーヴェとエルザがゲアストに戻ったのは一昨日の昼のこと。

 娯楽の少ない町においては、噂話などは面白いものとなる。

 難攻不落とされた十字の迷宮踏破の噂は突風のように駆け巡った。


 噂の中心であるリーヴェを眼前に、列を作る冒険者たちは噂について話し出す。

 周りに聞こえるほどの大きな声で。

 もちろん、その賛美の称賛はリーヴェの耳に届いていた。


 以前は、黒髪ということもあり、奇異の目で見られていた。

 それとは注目のされ方がまったく違う。

 今は羨望と尊敬と、嫉妬すら入り交じったような目で見られている。


 これはこれで恥ずかしいのだが、誇らしくもある。

 心をくすぐられるような感覚を覚え、顔の表面が熱を帯びるのがわかる。

 手元の資料を高く持ち上げて、リーヴェは顔を隠すように視線を遮った。


 目は資料に向け、耳はそばだてるリーヴェ。

 しばらくすると、ざわざわとギルド内が一層騒がしくなり、悲鳴のような歓声まで聞こえてきた。

 何事かと、リーヴェは持ち上げていた資料を下にずらした。


 目の前にはリーヴェを見下ろす少女が立っていた。

 以前のように不穏な空気をまとっているでもなく、その表情は柔らかいもので、顔には笑みをたたえていた。


「あれ? エルザ様?」

「おはようございます、リーヴェさん」

「お、おはようございます。なぜここに?」

「北に氷柱狼狩りに行くんですよね? 私も行きますから」


 十字の迷宮を脱出した後、救出しに来たソルダート家の馬車に同乗してリーヴェはゲアストへと帰った。

 その際、エルザに根掘り葉掘り、これからの予定を聞かれていた。

 まさか同行するとは思わなかったリーヴェは困惑する。


 そんなリーヴェの様子を察知したのかエルザは口を開いた。


「私も弟子だからです。弟子は常に師匠に付き従い、教えを乞うもの。ですよね、ミック師匠?」

『う……うむ?』


 言質を取ったとばかりに、エルザは満面の笑みを浮かべてリーヴェの手を取った。

 リーヴェを無理矢理に立たせ、ミックを背負わせる。

 資料をカウンターに置くと、困惑するリーヴェの背中を押して冒険者ギルドから出ていった。



   ◆ ◆ ◆



 一台の荷馬車が穀倉地の道を進んでいた。


 魔王城跡地に向かった時、リーヴェが乗っていたような馬車ではない。荷車はしっかりとした木造のものだ。

 無骨ながらも、太く大きな木を使った造り。御者台には多少の揺れでも問題ないように緩衝材を挟んだぶ厚い敷物になっている。

 荷台には遠出のための食料や布など、二人では一ヵ月ほど暮らせる量の物品が積み込まれている。


 一番の違いは馬だ。

 ノードン種と呼ばれる馬であり、馬体は大きく寒さに強い。

 ノードでは軍馬として扱われている立派な芦毛(あしげ)の馬が二頭。


 荷車も馬もソルダート家所有のものだ。


「エルザ様って馬の扱い、お上手なんですね」

「当然です。幼少時より様々なことを習いましたから」


 手綱を握り、前を向いたまま、エルザは続けて言う。


「エルザ様はやめてくださる? リーヴェさんと私はもう姉妹弟子なのですよ」

「でも私は平民で、エルザ様は偉い貴族様で……」

「私がいいと言っているのですよ。さん付けも不要です」


 少し間を空けてリーヴェは口を開いた。


「じゃあ、あらためてよろしくエルザ」

「こちらこそ、リーヴェ」


 馬が蹄の音を鳴らし、荷馬車が進む。

 暖かい日差しの中、二人の少女が笑い合っていた。

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