第15話 箱持ちの魔法使い
――冒険者。
そう呼ばれるのは過去の名残り。
冒険者と呼ばれ始めたのは今より400年ほど前、降神暦20年代のこと。
内戦によりあぶれた傭兵団が新しい土地や食材、鉱物を求め、各地を放浪したのが始まりとされている。
当時は未開の地が多く、魔族がいなくなったとて、魔物と呼ばれる危険な生物が跋扈する時代。
人々の生活する生存圏は狭かった。
それでも冒険者たちは果敢にも危険を顧みず、未知を求めて進んでいった。
この命知らずの冒険者たちのおかげで、国は土地を広げ、発展してきたと言えるだろう。
しかし、時代が違えば物事の考え方が変わるのは当然のこと。
過去とは違い、今の冒険者に昔のような気概はない。
危険な任務は極力避け、することは輸送の護衛、建物の建設、開墾といった農作業。
要するに何でも屋だ。
これはどこの国でも同じような状況であり、もちろんノードの冒険者も同様だ。
だが、ノードの場合は北のローバスト山脈に魔物が多数生息している。
年間に数度、貴族主導の元、冒険者総出での大規模討伐が組まれている。
国に所属する冒険者たちが協力し合うことはノード特有と言えるだろう。
◆ ◆ ◆
朝早くから家を出たリーヴェは町の中心部に向かっていた。
真っ黒なローブ、右手には銀色の光沢を放つ杖を持ち、背には木箱を背負う。
周りの視線を気にしていた以前とは違い、リーヴェは堂々と町中を歩き、目的地に向けてまっすぐ進む。
町の大通り、とある建物の前でリーヴェの足は止まった。
冒険者ギルドと書かれた看板を下げる二階建ての建物。
両開きの扉は開放され、そこからは長蛇の列がずらりと延びる。列は大通りに沿って続き、最後尾が見えないほど長く続いていた。
「すみませーん。ちょっと通してください」
魔法ギルドの建物に比べれば、今のリーヴェにとって冒険者ギルドに入るのは容易い。
列の脇を通り抜けてリーヴェが中に入ると、ロビーは多くの冒険者であふれ返っていた。
今日は仕事の受注が目的ではなく、時間もある。
リーヴェは空いていたテーブルにミックを降ろすと、椅子に座って受付が空くのを待った。
リーヴェのように、ここへ一人で来ている者は見当たらない。
受付を終えた冒険者たちは談笑しながら外に出て行く。
そんな者たちをリーヴェは少し羨ましそうな目で見つめていた。
しばらくして、列をなしていた者たちは仕事に向かい、騒然とした時間帯が終わったロビーの人影はまばらになる。
忙しい時間が終わったと、カウンターに並ぶ受付嬢たちも安堵の表情を浮かべていた。
そんな受付嬢たちの一人をリーヴェは見つめていた。
三つ編みにした茶髪の長い髪。すらりとした体形。エプロンドレスのような制服がよく似合う活発そうな女性。
立ち上がったリーヴェはミックを背負うと、その受付嬢の前へと足を進める。
「おはようございます。色々と聞きたいことがあるのですが」
声をかけられた受付嬢はリーヴェを見つめ返し、驚いた表情を浮かべる。
「もしかして……リーヴェさん?」
「え? 覚えててくれたんですか?」
思わず顔を明るくしたリーヴェは言葉を返した。
「まぁ登録したてのFランクでサポーターなんて頼む人なんていないしね」
受付の仕事では、多い日だと一日千人近くを相手にすることもある。
しかし、顔を覚えるのも仕事の一環だ。
初心者でありながら魔法使いのサポーターになりたいと言ったリーヴェ。そして何よりも珍しい黒髪。
一度見れば忘れることはなく、受付嬢はリーヴェの顔を覚えていた。
「冒険者登録してから全然ここに来てないでしょ。てっきり……。で、今日は何の用? 仕事探し?」
「ちょっとこの一年、色々とやってまして。今日は冒険者のランクを上げるために来ました」
カウンターに木箱を降ろし蓋を開ける。中から一枚の紙を取り出すと、リーヴェは受付嬢に渡した。
差し出された紙を受け取り、そこに書かれている言葉の意味を理解した受付嬢は目を見開く。
「ふぇ?」
口を開けたまま、受付嬢は紙に落としていた視線を上げた。
目の前には、口角を上げ、指輪をはめた右手を誇らしげに胸元に置くリーヴェの姿があった。
「私、魔法使いになりました。3級魔法使いのリーヴェです」
再度、紙に目を落とした受付嬢が口を大きく開く。
「こここっ、これって本物? 大丈夫? 公式で魔法使いの詐称ってかなり重い犯罪だよ?」
きょとんとしたリーヴェは口元に手をやり、くすくすと笑いだした。
「大丈夫です、本物ですから。ちゃんと試験を受けて通りました。3級魔法使いなら、C級冒険者になれるんですよね?」
「いやいやいや、ありえないでしょ! 本物なら確かにランクは上げられるけど、これ処理したらあたしも捕まっちゃうから無理無理無理無理!」
冒険者ギルド勤めだけあり、受付嬢は魔法使いに関する知識を持っている。
受付嬢の知るリーヴェは魔法をほとんど使えなかったはずだと。
そんな者がたった一年で3級魔法使いになるなんて、絶対ありえない。5級ですら無理難題。
紙は偽物。指輪も偽物。この少女は魔法ギルドを装った詐欺に騙されたのだという結論に至った。
手をばたばたと振り、受付嬢は体全体を使って拒否を示した。
あまりの騒がしさに、ロビーにいる冒険者、横に並ぶ受付嬢の視線が集中する。
『これはどうするんだ……?』
「どうしよう……」
こんなことになるとは予想していなかったリーヴェとミックは困り果てる。
魔法使いに認定されたと証明できるものは紙と指輪。
目の前で魔法を見せたからといって、信じてもらえるとは思えなかった。
「リーヴェさん!」
後ろから声をかけられ、リーヴェが振り返る。
そこには二人の男がいた。
日に焼けた褐色の肌。革鎧に身を包み、腰にはショートソードをぶら下げた二人の冒険者。
懐かしい顔を見たリーヴェは声を大きくする。
「ハイノさんにクルトさん! お久しぶりです!」
Fランク冒険者であるリーヴェをサポーターで使い、さらにミックに引き合わせてくれた二人。
リーヴェにとっては恩人である二人だ。
一年振りの再会に、リーヴェは笑みを零した。
「リーヴェさん……本当はすごい人だったんだな。いや、こう言っちゃあ失礼か。3級魔法試験、合格おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
こうやって他人から言われると、ふつふつと実感が沸いてくる。
ハイノの言葉にリーヴェは満面の笑みをたたえた。
「おい、ニーナ。リーヴェさんは本当に3級魔法試験に合格したすごい人なんだぞ!」
魔法使いとは地位も名誉も金もある。
冒険者で金を稼ぐとすれば、魔法使いの利権にあやかるのが手っ取り早い。
そのため、魔法ギルドで発表される合格者の名前をいち早く知るのは冒険者として当然のこと。
昨日の夜、掲載されている名前を見て、クルトとハイノは飛び跳ねてしまうほど驚いた。
クルトとハイノ、二人の友人である受付嬢。
二人の言葉でリーヴェが本当に3級魔法使いなのだと知ると、ニーナは顔を青くして体を震わせた。
「あ、あの、失礼しました。わっ、わたくし、合格者名簿にまだお目をお通しになっておらず……」
あわあわと慌てふためくニーナに、リーヴェは思わず噴き出してくすくすと笑う。
「ニーナさん。今まで通りで大丈夫ですよ。私は魔法使いになりましたが、貴族でもなくて平民ですから」
きょとんとしたニーナは表情を戻し、捲し立てるように喋る。
「えっ? ほんと? いやー、あたし堅っ苦しいのって苦手でねー」
「ニーナ! それはいくらなんでも砕けすぎだろう? ですよねリーヴェさん!」
「えっと、クルトさんも今まで通りでいいですよ? むしろ、今まで通りのほうがありがたいです! もちろんハイノさんも」
クルトとハイノはリーヴェの言葉に互いを見合わせた。
「そ、そう? じゃあ……これからもよろしく」
「あらためてよろしくな! リーヴェさん」
「えっと、C級冒険者ね。このあたしがさくっとちょっぱやで事務処理終わらせるから、ちょっと待っててねリーヴェちゃん!」
ニーナは手早く仕事に取りかかり、カウンターの前でリーヴェはクルト、ハイノと談笑する。
「登録の完了終わったよー」
「ありがとうございます!」
「それにしてもたった一年でランクを抜かされるなんてな」
「だな」
事務処理が終わり、ニーナはCランク冒険者カードをカウンターの上に置いた。
それを手に取ろうと、リーヴェが手を伸ばす。
「それじゃあランク変更手数料銀貨3枚でーす」
ニーナの言葉を受け、リーヴェは顔を歪める。
その目には虚無が宿る。伸ばしたまま止まり、ぷるぷると震える手。
「リーヴェちゃん、どしたの?」
座るニーナが覗き込むようにリーヴェを見つめた。
「なんでもないです……」
リーヴェは背負った木箱を降ろし、蓋を開ける。
中から布袋を取り出すと口紐を緩め、銀貨を3枚取り出してカウンターに置いた。
ミックに金貨を返すため、金を貯めようとした矢先の出来事。
リーヴェは震える唇を開いた。
「あの、C級冒険者で受けられる仕事って何かないですか? 単発でもかまいませんので」
「えっと、ちょっと待ってね」
ぱらぱらと手元の資料をニーナは捲っていく。
「うーん。C級になると即座に入れるような仕事はないかなぁー」
「C級じゃなくてもDでもEでも単価の高い仕事ってないですか?」
「それだとほとんど肉体労働になっちゃうけど、大丈夫?」
ニーナの目には、貧相な体つきのリーヴェの姿が映っていた。
「入ってきたばかりの仕事があるだろ?」
「あ、それならあるかも!」
ハイノの言葉に席を立ったニーナがぱたぱたと奥に走り、紙束を持って戻ってきた。
ぱらぱらと紙束に目を通し、その中の一枚を差し出す。
「これなんてどう?」
差し出された紙を受け取り、書かれた内容にリーヴェは目を通す。
「東の女神教会から手紙を受け取り、西の女神教会に渡す。報酬、銀貨1枚」
破格の内容にリーヴェは即断する。
「これ受けたいです!」
「はいよー」
リーヴェは振り返り、クルトとハイノに頭を下げた。
「すみません。ありがとうございます」
「いやいや、いいってことよ。助け合いなんだしさ」
「そうそう。リーヴェさんがそのうち、俺たちを雇ってくれればいいからさ」
「わかりました! 何か仕事があればお願いしますね!」
「処理終わったよー」
ニーナから依頼の紙を受け取ったリーヴェは三人に頭を下げ、木箱を背負うと冒険者ギルドを出て行った。
リーヴェが立ち去ると興奮気味に三人は喋り出す。
「リーヴェちゃんってすごいよね。たった一年で3級魔法使いなんてさ。冒険者でいえば一年でC級になるくらい?」
「いや、もっとすげぇだろ!? B級くらいじゃねぇか?」
「よう、クルトにハイノじゃねぇか」
声をかけられ、クルトとハイノが振り返ると、そこには五人の男たちが立っていた。
立派な装飾の施された革鎧に、それぞれがロングソードや戦斧を持ち、腰には弓と矢筒を持った者たち。
「あ、白狼の皆様……」
リーヴェと入れ違いに、冒険者ギルドに入ってきたのは五人の冒険者。
全員がBランク冒険者であり、ノードでは名の知れた白狼というチームだ。
商隊の護衛からちょうど帰ってきたところであり、報告のため冒険者ギルドに訪れていた。
白狼のリーダーであるフェルゼンが前に出る。
クルトとハイノよりも頭一つほど身の丈は高く、鍛え抜かれた肉体は鋼を連想させるもの。
革鎧の隙間から見える地肌には傷跡を覗かせ、歴戦の戦士という雰囲気を醸し出す。
剃り上げられた頭。それにより強面の顔が強調され、二人は震え上がる。
「あんだ? さっきの新米冒険者の話してんのか? けったいな髪色しやがって。木箱なんて背負って行商人か?」
「リ、リーヴェさんはすごい魔法使いなんですよ」
フェルゼンのリーヴェを卑下するような言い草に、思わずハイノは言い返す。
「あの女、魔法使いなのか。それにしちゃあ見ねぇツラだったな。ってことは新人魔法使いか」
白狼は長期の仕事を終え、ゲアストに戻ったばかりだ。
これから魔法ギルドに赴く予定でいた。
「今年の試験には、あの氷槍のエルザ様がいるんだったよなぁ」
「そのエルザ様と3級試験同率一位合格なのが、あのリーヴェさんだ。どうだ、すごいだろう?」
クルトの言葉に白狼のメンバーは騒めいた。
エルザと同じ順位であるのなら、相当な腕の魔法使いなのだろうと。
「まじかよ!? そりゃすげぇな! それはいいとして……なんでお前らD級冒険者ごときが3級魔法使いと知り合いなんだ?」
ハイノが前に出る。
「冒険者として一年ほど前、仕事を共にしてね」
「ほう。ってことは3級魔法使いで冒険者か。そんなすげぇヤツなら、二つ名もすぐ決まるな」
「既に二つ名はあるさ」
腕を組み、クルトは得意満面に答える。
「箱持ちだ。箱持ちの魔法使いリーヴェ」
「ほう、箱持ちか。だからあんな恰好をしてんのか。なるほどねぇ。名前を覚えといて損はないな」
ニーナの前にずいと進んだフェルゼンは紙をカウンターの上に置いた。
「ニーナ、任務の決済を頼む」
「はいはいー」
仕事の完了報告を終え、金銭を受け取った白狼の面々は魔法ギルドに向かうべく、すぐにその場を立ち去った。
「クルト、よく箱持ちなんて二つ名知ってたな」
「へぇー、リーヴェちゃん箱持ちなんて二つ名で呼ばれてるんだ。もう二つ名があるってすごいね」
「俺が決めた」
「へっ?」「えっ?」
「今、俺が決めた」
「それいいの!? やばくない? あ、あたし聞かなかったことにするから!」
慌てるニーナをクルトは見下ろす。
「ニーナ、お願いだ。箱持ちって二つ名を広めてくれ……。なんでもするから……」
ニーナは少し考えた後、満面の笑みを浮かべた。
クルトの前に手を差し出し、その手を上下に動かす。
「銀貨1枚」
クルトは腰の袋の中から銀貨を1枚取り出すと、ニーナの手の平に銀貨1枚を落とした。
「おい、クルト。そんな金渡して大丈夫か?」
「これは仕方のないことだ。それに共有資金からだから大丈夫だ」
それを聞いたハイノはクルトの胸ぐらを掴み、右拳をぐっと固めた。




